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働かなくても良い世界に身をおいて  作者: 〇新聞縮小隊
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 みのりに先んじて、今年、あおい兄ぃが大学を卒業した。

 何の仕事に就くのかは本人の希望にもよるが、雇うかどうかの企業側の意思によって決定されてしまう。

 つまり現在の労働市場では会社の力の方が中世の様に強いのだ。


「「「あおい兄ぃ。役所に就職おめでとう!」」」

 家族で、お祝いをするために、今日はごちそうが食卓に並んだ。

 役所などの窓口も既にAIになっているのだが、AIの対応だけでは不満に思ったり、理論的な判断のできない人もいる。そういう人に対応するために、大卒の人たちが数人、各役所で働いているのだ。

 あおい兄ぃはそんな役所の一つに就職が決まったのだ。


 現代では、仕事を持っているからといって結婚相手として優秀ということもない。

 ベーシックインカムにプラスアルファの賃金が入ってくるので多少贅沢はできるが、みんなが遊んでいる時に、時間と体が拘束される職業持ちは、一般的な市民からすると伴侶としてはイマイチと思われているのだ。


 もう少しすると、出生率が驚異的に低くなったことから、フリーセックスの波に席巻されるので、伴侶が働いて収入が増えた上、浮気相手と遊ぶなんていうのが理想と思われる時代がすぐそこまで来ているのだが、あおい兄ぃが就職した頃はまだ、就職が何かのアドバンテージになったり、デメリットになる事はなかった。


 数年後、僕も大学を卒業することになった。

 家では、僕とあおい兄ぃと妹の涼香の三人だけが小学校を卒業でき、大学まで行けたのはあおい兄ぃと僕だけだった。

 涼香は早い内に嫁に行ったので、高校までしか通っていない。


 卒業を目の前に就職先を探す毎日だったが、先日とある民間企業に就職できた。

 兄と違って民間なので、兄の仕事のやり方を参考にすることができないかもしれないと、少し不安をおぼえたが、とにかく働かないと何も始まらない。働く権利を得るために、大学まで通ったと言って良いのだから。


 就職初日。4階建ての自社ビルに出社し、送られて来たIDカードを入口に翳し中へ入る。

 AIの受付がおり、そこでもIDカードを提示する。

 ここで面倒でもAIにIDカードを見せないと、警備AIに連行されるので、まずは受付へと入社の案内には書いてあった。

 受付AIがカードを確認すると、受付のすぐ後ろの壁が変形しエレベーターが現れた。

 中に入ると、勝手にドアが閉まり、エレベーターが動きだす。

 再びエレベーターのドアが開いたのは3階で、ドアがズラッと並んだ廊下を床のライト型ガイドに従って移動する。奥から3番目、廊下の右側のドアに入る様にライトが点滅した。


 その部屋には机が一つと壁一面の大きさのPC画面、小さな冷蔵庫や電子レンジ等が置いてあり、机の上には僕の名前のプレートが置いてあった。

 とりあえずデスクに座ると、PCが勝手に起動されて、僕の声と指紋の認証を始めていく。

 一通り、PCの登録が終ると、徐に中央の画面に社長の映像が映し出され、僕の入社を寿いでくれた。

 何故、映像の人物が社長と分かったかというと、画面のテロップで役職と氏名を映し出していたから。

 入社の挨拶が済むと、就業条件の細かな確認の後、仕事の指示などが一通りあり、社長の映像が終わった。

 この会社に出社してから人間は1人も見かけていないが、僕の他に数人はいるはずだ。

 だが、終業時間まで誰にも会わずに一日が終わった。


 その後、数年間、時々社に顔を出しているが、僕の他の社員には4度しか会っていない。

 元々、自宅勤務が多い事もあり、会社へ出社する機会が少ないのだ。それは他の社員も同じなので、なかなかお互いの顔を見る事もない。

 電話で顧客と話す事はあっても、社屋で面談する事はめったにない。社内ではペーパーレスが叫ばれて久しいので、顧客に対しても、全てメールでのやり取りになっている。なので他の社員の声も殆ど聞いた事がない。

 一度知り合いになってしまえば、ランチを一緒に食べたりする機会も生まれるのだが、元々母数が少ないので、一緒にランチを食べる同僚は1人しかいない。


 こんな没交渉な環境で働いているが、僕はこうやって働けるから、世界を動かしている一員と自負を持つことが出来ている。次兄の様に働かずに趣味にのみ没頭している者はただただ生きているというだけで、何を楽しみに生きているのだろうと思う事もある。

 苦痛も少ない代わりに、喜びも少ないのではないかと思うが、次兄から言わせれば僕や長男の様に、働かなくてもいいのに働いている奴は馬鹿なのだそうだ。


 最近ではゲーム人口が増え、ゲームに血道を上げている者も多く、ゲーム内での発言や、モンスター相手の戦闘における失敗が原因で、殺人事件などが頻発している。

 本来は遊ぶためにあったゲームが、彼らの生きる目的になっているかの様だった。

 僕としては学校に入る前に丁寧に文字や計算を教えてくれた次兄が、そんな事件に巻き込まれる事が無い様にと祈るばかりだ。


 僕たちが40代になったころ、小学校入学時に操作された生殖機能についてネット界隈でささやかれ始め、ネットユーザー同士の会話から端を発し、その半年後には子供がいる家庭は、小学校受験に成功した者が築いた家庭が殆どだという事が判明した。

 国民は怒りまくったが、既に処置されてしまっている人体からは、子供は生まれない。

 クローンを作る技術はあっても、ベーシックインカムしか収入のない者に、そんな贅沢は夢の夢。

 大体、クローンは子供が欲しい人のための技術ではなく、怪我や病気、四肢の欠損に備えるための技術とされているのだ。つまりはお金持ちのための医療技術なのだ。


 どっちにしてもベーシックインカムしか収入のない者は、金持ちに比べ短命、或いは長く生きていても病気持ちだらけなのだ。

 国を動かしている政治家も殆どが金持ち連中で、国民が一般市民の候補者に投票しても、自動開票のシステムが結果を改ざんするので、本来当選するべき候補者が国会に足を踏み入れる事はない。

 これらの事は、あおい兄ぃがこっそり僕だけに教えてくれた。どうやら職場で仕入れた情報らしい。


 あおい兄ぃの話を聞いて、あれこれ真剣に調べた結果、僕は気づいてしまった。

 ベーシックインカム制度が始まる前から、日本は他国に押さえつけられ、食料も燃料も他国より高い金で購入させられ、発がん性物質といわれるトランス脂肪酸や保存料等を含む食品しかスーパーで売られておらず、民主主義を貫き通すために必要とされる健全なマスコミや投票したくなる様な候補者の不在でまともな社会ではなくなっていたことを・・・・。


 そのツケが、ベーシックインカム制度の導入で大きく仇をなし、国民を働く事のできる層、或いは資産を豊富に持っている層と、今や働く事すら許されない層に分けてしまった事を。

 家畜や奴隷の様に扱われているのに、それに気づかない多くの国民。

 働かなくても食べていけるし、ゲームや動画、読書、スポーツ等で好きな事だけをしていられるので、自分たちが家畜扱いされているのに気づけないのだ。

 子供を産む事が許されないのだけが問題と思っており、その他の問題には無知なまま、その生涯を閉じる。


 どこが分岐点だったのだろうか。

 僕の国が、僕の家族が、僕がこんな世界で生きなくてはならなくなったのは・・・。


ベーシックインカムという言葉からつらつらと思う事を書いてみた『なんちゃって』の近未来です。

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