幕間『心象スケッチ』
☆
八月二日のお昼頃。宿泊施設のチェックアウトを済ませた私は、ペイルへのお土産だけ調達してから学院に戻ってきた。
南側の門から入り、森を抜けて。
そうして校舎、女子寮、男子寮の三方向に繋がる噴水広場へと辿り着いたところで――声をかけられた。
「こんにちは」
挨拶をくれたのは、黒い外套で身を包み、腰に西洋剣を携える――騎士だった。
このヘリオスレッタの治安維持を担う組織――騎士団に所属する人物だと一目で分かる装いをした、二十代前半ぐらいの赤髪の男性。
そんな人が、人の良さそうな笑みを浮かべて、噴水の縁に腰を下ろして、軽くこちらに手を振っている。
「どうも」
軽く頭を下げ、挨拶を返して女子寮への帰路に着く。
すると。
「え――ちょっと待って待って!」
呼び止められる声がしたので振り向いた。
騎士さんは足を組んで座ったまま、やれやれって感じで両の掌を広げている。
「君さ、騎士が学院の中にいるの不思議に思わないわけ? ほら……心当たりあるでしょ?」
はて。心当たりとな。少なくとも転生者狩り事件のときにお世話になった、騎士団支部の一人……とかではなさそうだけど。ん、いや待てよ。
「……もしかして護衛の方ですか。葬儀に選ばれなかったと聞いていたので、てっきり帰ったものかと」
「とんだ職務怠慢ヤローだね、それ。違うから。確かに追い出されはしたけど、こうして近くには待機してるから」
つまりこの人が、ゴドーの護衛兼監視役として同行していた人……。
確かゴドーは、ヤツのことは忘れろとか、敵でも味方でもないとか、ちょっと不穏な匂わせをしていたけれど。
「ええと、それで私に何か?」
「反応薄いなぁ……。いやほら、ボクって一応監視役だからさ。様子を知っておきたいってワケ。元気そう? 彼」
「はあ……まあ、元気だと思いますが。なぜ私に?」
直接訊けばいいのに、と思い尋ねてみると。
赤髪の騎士は笑顔のまま言った。
「君、彼にとって祈りの具現、みたいなとこあるだろ? なに、これでも彼とは長い付き合いだからね。それぐらいの察しは付く。だから君から見た彼の印象を知りたかったんだよ」
「…………」
「一度形を成した空想は消せない。その記憶は必ず世界に刻まれる。それがたとえちっぽけな粒子のようなモノだとしても。だが――永遠は不変を意味しない。少なくとも見る側にとっては」
「何を……言って……?」
なんだろう、この感覚。
胸の内側をまさぐられているような。
私の中の聖域を、土足で無遠慮に踏み荒らされているような。
どこにというわけでもなく、漠然と感じる――不快感/嫌悪感。
私はほとんど無意識のうちに固唾を飲んでいた。
そんな私の姿は、赤髪の騎士にどう映ったのか。
「ま、元気そうならいいや。教えてくれてありがとう。ボクはこれで行くね」
たっ、と颯爽と立ち上がった騎士は、私が歩いてきた道を遡るように、南側の門へと歩き出した。ひらひらと手を振りながら。
……形を成した空想は消せない。
私は何となく、指先で虚空を撫でた。
虚数空間に格納された慈愛の剣――その柄に、触れるように。
そうしてしばらく立ち尽くしていると、偶然ハイネが通りかかった。
どうやら彼もまた外泊から戻ってきたところらしく、このあとも外出するそうで、話の流れから、ペイルと合流して三人で昼食を摂ろうということになった。
その後、ハイネから噴水前で話していた相手のことを訊かれたのだけど。
そこでようやく私は、あの赤髪の騎士が自らの名を名乗らなかったことと。
そしてなぜか私自身。
――名前を尋ねようとは微塵も思わなかったことに、気が付いたのだった。




