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ビニース・ザ・ムーンロード -恋と列車と月に捧げる葬儀-  作者: 悠葵のんの
第二章《サザンクロスを廻る列車》
22/25

幕間『心象スケッチ』

     ☆


 八月二日のお昼頃。宿泊施設のチェックアウトを済ませた私は、ペイルへのお土産だけ調達してから学院に戻ってきた。

 南側の門から入り、森を抜けて。

 そうして校舎、女子寮、男子寮の三方向に繋がる噴水広場へと辿り着いたところで――声をかけられた。


「こんにちは」


 挨拶をくれたのは、黒い外套で身を包み、腰に西洋剣を携える――騎士だった。

 このヘリオスレッタの治安維持を担う組織――騎士団に所属する人物だと一目で分かる装いをした、二十代前半ぐらいの赤髪の男性。

 そんな人が、人の良さそうな笑みを浮かべて、噴水の縁に腰を下ろして、軽くこちらに手を振っている。


「どうも」


 軽く頭を下げ、挨拶を返して女子寮への帰路に着く。

 すると。


「え――ちょっと待って待って!」


 呼び止められる声がしたので振り向いた。

 騎士さんは足を組んで座ったまま、やれやれって感じで両の掌を広げている。


「君さ、騎士が学院の中にいるの不思議に思わないわけ? ほら……心当たりあるでしょ?」


 はて。心当たりとな。少なくとも転生者狩り事件のときにお世話になった、騎士団支部の一人……とかではなさそうだけど。ん、いや待てよ。


「……もしかして護衛の方ですか。葬儀に選ばれなかったと聞いていたので、てっきり帰ったものかと」


「とんだ職務怠慢ヤローだね、それ。違うから。確かに追い出されはしたけど、こうして近くには待機してるから」


 つまりこの人が、ゴドーの護衛兼監視役として同行していた人……。

 確かゴドーは、ヤツのことは忘れろとか、敵でも味方でもないとか、ちょっと不穏な匂わせをしていたけれど。


「ええと、それで私に何か?」


「反応薄いなぁ……。いやほら、ボクって一応監視役だからさ。様子を知っておきたいってワケ。元気そう? 彼」


「はあ……まあ、元気だと思いますが。なぜ私に?」


 直接訊けばいいのに、と思い尋ねてみると。

 赤髪の騎士は笑顔のまま言った。


「君、彼にとって祈りの具現、みたいなとこあるだろ? なに、これでも彼とは長い付き合いだからね。それぐらいの察しは付く。だから君から見た彼の印象を知りたかったんだよ」


「…………」


「一度形を成した空想《いのり》は消せない。その記憶《じょうほう》は必ず世界に刻まれる。それがたとえちっぽけな粒子のようなモノだとしても。だが――永遠は不変を意味しない。少なくとも見る側にとっては」


「何を……言って……?」


 なんだろう、この感覚。

 胸の内側をまさぐられているような。

 私の中の聖域を、土足で無遠慮に踏み荒らされているような。

 どこにというわけでもなく、漠然と感じる――不快感/嫌悪感。


 私はほとんど無意識のうちに固唾を飲んでいた。

 そんな私の姿は、赤髪の騎士にどう映ったのか。


「ま、元気そうならいいや。教えてくれてありがとう。ボクはこれで行くね」


 たっ、と颯爽と立ち上がった騎士は、私が歩いてきた道を遡るように、南側の門へと歩き出した。ひらひらと手を振りながら。


 ……形を成した空想は消せない。

 私は何となく、指先で虚空を撫でた。

 虚数空間に格納された慈愛の剣――その柄に、触れるように。


 そうしてしばらく立ち尽くしていると、偶然ハイネが通りかかった。

 どうやら彼もまた外泊から戻ってきたところらしく、このあとも外出するそうで、話の流れから、ペイルと合流して三人で昼食を摂ろうということになった。


 その後、ハイネから噴水前で話していた相手のことを訊かれたのだけど。

 そこでようやく私は、あの赤髪の騎士が自らの名を名乗らなかったことと。

 そしてなぜか私自身。


 ――名前を尋ねようとは微塵も思わなかったことに、気が付いたのだった。


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