第20話『若きヴェルターの決意』
♰
八月一日。夏休み初日。
ふたりで雨宿りしていたガゼボから走り去り、ペイルと別れた俺――クロヴィス・ヴェルターは、寮に戻りハイネ・ヨハネス・ヒルデブラントの部屋を尋ねた。
結果は空振り。
帰省の準備をしていたあいつのルームメイト曰く、外出中とのことだ。
とはいえヒルデブラントの屋敷に帰ったわけではないそうなので、おそらくは例の傭兵業か、あるいは別の仕事でもこなしているのかもしれない。
……ったく。本人から直接話を聞くのが手っ取り早いってのに。
仕方ない。俺はその足で寮の食堂に向かい、クロヴィススペシャルセット(鉄分多めの貧血予防食)を融通してもらう。
それを食した後自室に戻り、魔導具に師匠特性の魔力弾倉を装填、引き金を引いて魔術式を展開。
よし、これで多少の怪我は緩和される。
ルームメイトは帰省中。つまり止められる心配もない。
では、さて――――――自殺行為を始めよう。
心身共に準備を整えた俺は、自らの魔力を励起した。
♰
翌日、八月二日。
やはり不在を貫くハイネに若干の苛立ちを覚えながら、俺は外出証を申請。
そして着の身着のまま、西区の邸宅街に居を構えるヒルデブラント邸を訪れた。
「ハイネの実家……見るのは二度目だけど、さすがに圧巻だな……」
この中央都市の上流階級が集う一等地。
先月の初頭辺り、マリモさんがこんな感じの屋敷で働いてたらしいけど……少しは作法とか聞いてくればよかったか?
まあ後の祭りだ。ペイルの話じゃあ昨日は外泊してたらしいし、その機会はなかっただろう。
だから俺は……この笑えるほど少ない手札で、やるしかないんだ。
虚勢でも何でも張って背筋を正し、俺は開かれた門扉を抜けて敷地内に入る。
屋敷の正面扉まで行き、設置されたボタンを押す。
すると少しして、スーツに身を包んだ二十代ぐらいの男が出てきた。
「突然押し掛けてしまってすみません。自分はクロヴィス・ヴェルターといい、ハイネくんのクラスメイトです」
俺がすかさず言ってアプステラ魔術学院の制服を見せる。
すると男は丁寧な所作でお辞儀をした。
「これはこれは、お初にお目にかかります。私はこのお屋敷で第二執事を任されております、クルトと申します」
執事に第二とかあるのかよ……と内心思いつつ、俺は薄ら笑いを返す。
「どうも初めまして――なんて、実はあなたの顔を見るのはこれで三度目なので、自分としては少し違和感のある挨拶なのですが」
「と、申されますと?」
「一度目は四年前。偶然この屋敷の近くを通りかかったときに。そして二度目はつい最近、北区のトランクストリートにあるバーガーショップで」
「バーガーショップ、でございますか……」
否定も肯定もせず、白々しい笑みを顔に貼り付けて、曖昧に言うクルト。
……ま、すんなり認めるとも思っちゃいないけどさ。
悪いがここで止まってるわけにはいかない。力尽くでも突破させてもらうぜ。
「して、本日はどのようなご用向きでしょうか」
「現当主――アーノルド・ヒルデブラント殿にお目通り願いたい。ご子息に命じられた仕事について話がある」
「……少々お待ちくださいませ。確認を取ってまいります」
大仰に言ってみせると、クルトは屋敷の中へと踵を返した。
玄関先で放置される辺り、完全に無礼な客だと思われているのだろうが……まあ、本命が釣れてくれるなら構わないさ。
五分ほどして戻ったクルトは、どうぞ、と短く告げて俺を屋敷の中に入れた。
「クロヴィス・ヴェルター様です」
そうして大広間を通り抜け、廊下を進み、足を踏み入れた応接間で俺は。
「……ああ、案内してくれてありがとうクルト。初めまして、ヴェルター君。ハイネの父のアーノルドです」
――アーノルド・ヒルデブラントと対峙した。
アーノルドは椅子に座ったまま、精悍な顔に嵌め込まれた眼で俺を射抜く。
それは警戒心や敵対心を抱いている眼差し……ではないな。
俺という存在がこの先何を成せて何を成せないのか。
そして自分にどのような利益不利益をもたらすのか。
顔を合わせただけで相手の過去から未来までをも見透かそうとする――――いや、既に見透かし、もう見切りを付けた色で。
つまるところ。
既に見終えた映画に対して『また見てほしければ新しい映像でも付け足してみろ』と言っているような、そんな傲慢さを孕んだ眼差しだった。
年齢は初老ってところだがこの男、断じて老いさらばえた者などではない。
酸いも甘いも噛み分けてきた経験を転化した、強靭なプライドを飼っている者。
……これはちょっと、敵う相手じゃねえかもな……。
「今日は私に用があるそうだね?」
「ええ、ハイネに任された仕事について」
緊張で乾いた口を動かし、何とか上擦らないよう声を紡ぐ。
「ふむ。ときにヴェルター君、お茶はいかがか。よければクルトに用意させるが」
「結構」
「そうか。多少肩に力が入っているように見えるが、要らぬ気遣いだったかな?」
「……そちらが人払いをする必要がないというなら、こちらも問題はありません」
俺は入り口に立つクルトを一瞥してから、魔導具の柄に手を置いた。
わざわざ乗り込んできたのだから当然、二対一に陥るリスクなど望むところだ、という交戦さえ示唆する強気の意思表示だ。けど。
「勇敢な若者は嫌いではないよ。それが息子の友人であるならば余計に。きっとハイネとは良い競争相手なのだろうな。礼を言うよ」
アーノルドは一切揺らがない。むしろ余裕綽々。『必死に背伸びをする子供』という見世物をつまらなそうに見ている感じだ。やばい、帰りてぇ……。
「では、どうぞ話してくれたまえ、ヴェルター君」
「……悪いが前置きは苦手なんでね。単刀直入に訊かせてもらう。あなたはハイネに――ゴドーを暗殺しろと命令したな」
俺は言葉遣いを崩し、声音に力を込めて、精一杯睨み返してそう告げた。
これはこの先、生半可な虚飾では通じないと判断してのことでもあったし、同時に取り繕うほどの余裕を失ったがゆえの臨戦態勢とも言えた。
「ふむ……それで?」
「あなたは葬送機関という組織に関わってる。あの男を消そうとしているのは、組織にとって不都合なことを記憶されているから」
「それで?」
「……転生者狩りは送葬機関が敷いたシステムの一つだった。だがゴドーは逮捕される前後に機関を裏切り、今はその存在を世間に暴露しようとしてる。バレるとヒルデブラント家もマズいことになる。だから始末したいし、ハイネも従わざるを得ない。もっとも二の足を踏んでるのか、成果は出てないようだが――」
「それで? 前置きが苦手だと言うのは私の聞き間違いだったかな。一体いつになったら、本題に入ってくれるのだろうか?」
頬に人差し指を添え、挑発でもなんでもない冷静な指摘を行うアーノルド。
「……っ」
神経を逆撫でられる感覚。それがもたらすのは、どうしようもない憤りだ。
臆している己への怒り。自覚している未熟を指摘される怒り。それに何も反論できない怒り。それは、底の先にまだ底があったような最悪の気分で。
奥歯を噛む。割れんばかりの力で。
考えろ。想像しろ。この圧倒的なまでに上から見限って来る大人に、一泡吹かせてやる光景を。理屈じゃない感情で、無鉄砲でも衝動だけでも、舐めるなと一発ぶん殴ってやる反抗の時を。
俺がアンタより弱いというのなら、今この場で強くなって見返してやる。
本題だったな――ああ、いいぜ。そんなに聞きたいなら言ってやるとも。
「――――俺がゴドーを始末する」
怒髪、天を衝く。良くも悪くも怒りで吹っ切れた俺はそう言い放った。
「……ふむ」
すると、アーノルドは初めて表情を変化させた。
ほんの微かではあったが確かに、これは意外だ、という感情が見えた。
俺は続ける。
「必要なら表向きの手柄はハイネのモノでいい。だがその代わり、俺を機関に入れろ。アンタたちが『ペイルライダー』と呼ぶモノの情報――その全てが欲しい」
「……なるほど」
「もっとも、アンタが『ペイルライダー』を知らないほど下っ端だってんなら、俺は自分の間抜けを呪いながらさっさと帰らせてもらうが」
「――いや、その心配は不要だ。いいだろう。君がゴドー・アダムズの記憶を持ってきた暁には、機関入りに助力しよう。求める情報はすぐにでも手に入るよ」
「いいのかよ。そんなあっさり」
「君の要求は私にとっても都合がいい。ならば、成果を持ってくるチャンスの一度ぐらいは与えてやるとも」
「なら取引成立だ。すぐに取り掛かる」
話が決まった以上、用意しなければならない物があるからな。
ゆえに俺はそそくさと踵を返した、のだが。
「待ちなさい――最後に一つ尋ねてもいいかな、ヴェルター君」
「…………?」
意外な呼び止めに、首を傾げる。
するとアーノルドは最後の最後にやっと立ち上がって。
「もし、君の大切な人が目の前で死にそうになっていたとする」
外の景色が見える窓辺へと歩きながら。
「そして君の手には、降りかかる死を払いのける手段があるとしよう」
こちらを見向きもせず。
「さて、君はどうする?」
よく分からない問いかけをしてきた。
「――そんなの、助けるに決まってる」
迷いなく答える。……まあ、今まさにそうしてるわけだしな。
そしてアーノルドも俺がそう答えることを予測していたのだろう。
背を向けたまま、男はこう付け加えるのだ。
「たとえその手段が、死を見知らぬ他者に押し付けることだとしても?」
「…………。逆にアンタはどうするんだ?」
大切な人を見殺すか。見知らぬ他者を殺すか。
「当然、私も助ける。何に代えても」
……そんな問答を最後に、俺はヒルデブラント邸を後にした。
成果は上々といっていい。
葬送機関だのゴドーの暗殺だの、ぶっちゃけ確証があったわけじゃない。俺がアーノルド・ヒルデブラントに言ったことの大半はハッタリだったのだ。だがこれで確認が取れた。気合い入れて可能性を検討した甲斐があったぜ。
しかし……上手くいきすぎたことが逆に不自然に思えなくもない。
私にとっても都合がいい――か。
アーノルドの都合とは機関の都合と同じと考えていいのだろうか。
そもそもゴドー暗殺の件、ハイネに与えられた情報が少なすぎないか?
あいつは機関について知っているのだろうか。
葬儀が始まったあの夜、もしもあいつが気を失ってなくて、そのままゴドーの暗殺を成し遂げていた場合……葬儀はどうなっていた?
まさか……ゴドーの暗殺は何かの隠れ蓑で、本命は別にあるのか?
だとすればゴドーの記憶は手札になり得るのだろうか?
答えなんか出るはずもない。だがいずれにしてもだ。
利用できるモノは利用して、上手いこと立ち回るしかない。
でなければペイルも、ハイネも、そして俺自身も――――前に進めないから。
♰
そろそろ日付が変わるという頃になって、ようやく部屋の扉が空いた。
帰宅した部屋の主は、明かりの付いた室内を見て怪訝そうな表情を浮かべ、椅子にだらりと身を預けている俺を明緑色の双眸で一瞥。
疲れが溜まっているのか、光の加減で真っ白に見える白金の髪を乱雑に掻き上げてから、一言。
「ベッドには上がったか?」
「……は?」
なんだ。てっきり不法侵入に呆れられてるのかと思ったのだが。
そして『実家に旅立ったお前のルームメイトからきちんと許可は取った』と反論してやるつもりだったのだが……なんか思ってた反応と違うな。
「触れてもないけど……なに、そんなに潔癖だったの、お前」
「……そんなところだ。それで何の用だ? これでも忙しいんだが」
「ん」
俺は懐から取り出したブツをハイネへと放った。
「……魔石? 何の術式が刻まれている?」
「それを通して見たモノを記録する術式。要はカメラ。もうすぐペイルが葬儀を開くから、そこで使う。あの元神父を殺すぞ」
「――――――は?」
目を剥くハイネ。
「何驚いてんだよ。そっちだろうが、暗殺しようとしてんの」
「……鎌をかけているのか?」
「はっ、悪いが話はもうそういう段階じゃねえんだよ」
こっちはもうある程度の事情は知ってるんだからな。
……とはいえ絶対に失敗できないことだ。
少しでも情報確認はしておいたほうがいいか。
「いいか、俺はゴドーの記憶を手土産に機関に入る。機関のことは?」
「……おそらく、存在だけは。不審な出来事を調査すれば必ず突き当たる見えない壁、このヘリオスレッタの影に潜む謎の勢力……違うか?」
「てことは親父さんは言ってないわけか」
「やはり養父も一員なのか?」
「ぽいぜ。俺も詳しくは知らないが……お前もお前で、ただ二の足を踏んでたわけじゃないのは分かった」
おそらくはハイネ自身も暗殺に対し疑問か反発を抱いたのだろう。
だからここ数日は、単独で調査をしていたってところか。
それで葬送機関の存在の片鱗を嗅ぎつけたっていうんだから、ペイルに教えてもらって知った身としては多少の敗北感を覚えるが……まあ、情報を掴んだのではなく掴まされたという可能性もある。何とも言えないな。
「ともあれ昼間、親父さんと話を付けてきた。成果を出せば俺は機関に入れる。そうすればこの葬儀にまつわる情報を手に入れられる」
ペイルの情報とその使命。葬儀の果てに待つ結末。
そしておそらくは俺の過去のことも……。
それらを知ることができたなら、望まぬ終わりを避けることだってできるかもしれない。
少なくとも何も知らず、何の覚悟もできないまま、それを迎えるということはなくなる。
「……だから殺す、か。その前にマリモと話したいところだが……」
「ま、本当に死ぬかどうかはあのオッサン次第だ。その気があればこっちに戻ってこれるし、一度殺した事実に変わりはない。約束は守ったことになる」
「ダメだ」
「あ?」
「そんな屁理屈が通じると本当に思っているのか? そもそも機関に入れるというのもただの口約束だろう? 考え直せ。今オレのほうで調べを進めているから――」
「言っちゃ悪いがお前の調査とやらでこれ以上何かが掴めるとは思えねえな。だったらここは相手の懐に飛び込んででも――」
「馬鹿を言え。養父は乱心した。今はお前という無知な子供を騙し利用してもおかしくない状態なんだ! お前のそれは自殺行為だ! 勇敢であることと無謀をはき違えるな!」
「――ッ、この頭でっかちが! いずれにしてもゴドーの記憶は機関に対する手札になる! それでもう段取り組んでんだから言われた通りに動きやがれ!」
「オレはお前や養父に使われるための道具ではない! だからオレはオレの手で、今度こそこの日常を……!」
そのときだった。
『――遠ざかる君の背は 行方知れずの恋 永遠のフリ できずに 見送るしかない』
時刻は午前零時。
満月から少し欠けた青白い月が、中空へと昇りきった夜の下。
「――――歌。ペイルか……?」
『涙 恐れ 何も 無いけど馬車に 乗るよ』
「ああ、時間だ」
今宵もまた、星のように輝く水粒を降らせながら。
『誰もがみな求める 自分の墓標 本当の さいわいを――――――』
柩在列車は乗客を乗せ、北の湖から月の海へと向かう。




