第12話『車内での一幕』
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柩在列車の一号車に乗り込んだ私たちはそこで、既に席に座っていた黒い振袖を身に纏った女性――クロヴィスの師匠さんと、そしてなぜかやたら薄着のゴドー元神父と、合流を果たした。
「……なんだ」
「いえ、こっちがなんだ、なんだけど……」
「いやこっちもなんだ、なんだが」
なんで若干怒っているのよ……。というかこの元神父、近寄って見てみると髪が濡れているし、妙に清潔感のある香りも漂っていて、明らかにお風呂あがりといった感じだ。一応着るものは着ているけれど。
「次から、葬儀を始める際は一言欲しいものだな。あと十分早かったら、私は全裸で車内に転移していたぞ」
「そ、そう……」
真顔でそんなこと言わないでほしい。
もしや新手のボケなのかと思いながらも、絵面を想像してちょっと微妙な気分になる私だった。
しかしそれで納得がいった。
元神父の言によると、どうやらペイルの歌声を合図に幕を開けるこの葬儀において、車外に居る乗客は強制的に車内に転移する仕組みらしい。
いえ、私たちは自分の足で乗り込むことができたから、正確には月の海に移動するまでの間に自力で乗車するのが難しい人が転移する、というのが妥当か。
確かにそれは、全員で配慮し合いたいところね。お風呂に入った直後に呼び出されるのも充分億劫だけれど最悪の場合……いえ、ちょっと考えたくない。
それはある意味、記憶の流出より恥ずかしいことだ。
「――で、今回対戦するのは誰だ?」
長い脚を向かいの座席に乗せながら、師匠さんが言う。
その問いに答えたのはもちろん、弟子であるクロヴィスだ。
「俺の番です、師匠。相手は――」
「そっちの、ハイネ、だったよな。ふーん、頑張れよ弟子ぃ……って言いたいところなんだけどな」
「なんです?」
意味深に目を細めた師匠さんに、緊張した様子でクロヴィスが問う。
何となく、お前じゃまだヤツには敵わん……的な台詞が飛び出しそうな雰囲気だけど、しかし一拍置いて師匠さんが指摘したのは、もっと初歩的な事実だった。
「……お前、得物持ってきてないみたいだけど、それでやれんの?」
「――――あ」
間の抜けた声を漏らした、クロヴィスだった。
言われてみれば、確かにそうだ。ここ数日クロヴィスは自らの魔導具である機械刀を常に携帯していたのだけれど、しかし先ほど外出証を取りに行った際、それはロッカーに預けてしまったのだ。
アプステラ生は大抵、制服の一部であるループタイに施された宝石――人工魔石をパルマとして登録している。もちろん王道とされる杖や箒なんかを使っている生徒もいるが、今は省エネの時代とかで、持ち運びがしやすいかどうかという観点から選ばれないことが多い。
だがその潮流に反するように――クロヴィスのパルマは刀である。
それを選んだ理由を私は知らないが、さすがに宝石と比較すれば荷物になる代物だし、それに街中に持っていこうものなら、いくらアプステラ生でも騎士から職務質問されかねない物でもある。
彼はそれを自覚していた。よって万が一の面倒事を避けるため、刀を学院に置いていく判断を下したのだ……が、まさかこんなことになるとは。
列車はもう月の海『サザンクロス』に到着し、上空を周遊している。
さすがに今から取りに行ける感じではない。
「……ま、まあやってやりますよ」
明らかに緊張の糸が切れた様子で言うクロヴィス。と、そのまま。
「つーか師匠、前言ってた俺の魔力属性の件ですけど」
本当に何気なく、近くの座席に手を突いて腰を下ろした――瞬間。
「これが終わったらちゃんと聞かせ、てぇぇぇぇぇ――――⁉」
彼は暗闇の中に落ちていった。私のときと同じように座席の上部が抜けたのだ。
「どうぞ、お客様もお好きな席に」
私たちの後ろに立っていたバニーガールさんが、ハイネに向けて告げる。
まるで黄金に輝く満月のような瞳。それを静かに見返し、ハイネは小さく頷いて、落ち着いて座席に身を預け、そのまま納柩された。
それを見届け、バニーガールさんは先頭車両へと続く扉の隣に設置されたアナウンス用のマイクを手に取り、機械的ながらも柔らかさのある声を紡いだ。
『――出柩いたします。葬儀の間、この列車は停車いたしません』
――レバーが引かれ、スイッチが押される。
がこん、がこん、と駆動音が連続し、列車の下部から二基の柩がパージされる。
その摩訶不思議な光景を窓越しに眺めていると、やがて列車は緩やかに降下し、月の海の水上に円形の線路を形成――着水した柩を見守る観客席のように、ぐるぐると周回を始めた。
なるほど……これが列車側から見る景色なのね。
なんて幻想的な、あるいは外連味に溢れた光景を眺めていると、視界の隅でペイルパープルが揺れた。
「ねえ、師匠さん。これ、クロヴィスのところまで投げられる?」
そう言ってペイルが師匠さんに差し出したのは、前回の葬儀で使っていた剣だ。
やはり私が使う聖剣のように、普段は虚数空間に収納しているらしく、クロヴィスのように物理的に持ち歩かなくても、その場でぱっと取り出せるようだ。
そしてそれをクロヴィスにということは、得物――つまり武器を持たない彼に、その剣を貸し出そうという考えらしい。
「ん? ああ、いいよ」
師匠さんもその意図を汲み取ったらしく、快諾して剣を受け取った。
「…………」
「どうかした?」
剣を手に、柄から切っ先までじっくりと事細かに観察する師匠さん。
その表情にはこれまでの飄々とした感じはない。
「や、これと似たようなの、昔オレの友達が作っててさ。懐かしくなった。もっともこいつは中身のない完全なる器――あいつのとは方向性が違うがな。だが中々の職人技であることに変わりはない。ここに何が入るのか楽しみにさせてもらうよ」
懐古。郷愁。そういった想いを滲ませながら、満足そうに口角を上げた師匠さんは、先頭車両のほうを見つめた。
「なあバニーさん、ちょいとドア開けてくれるか?」
「かしこまりました」
左側のドアが開く。すると師匠さんはそこから剣を構えて投げる――ことはせず、なんととんでもない身のこなしで軽々と列車の上に移動し、そこから。
「と――ッ!」
刀身が空気を割く音が聞こえた。まるで槍投げのような感じで剣を投擲した師匠さん。綺麗な軌道を描いた剣は、五秒となく柩の隣に着水した。
いくら重力が普段の六分の一とはいえ、さすがに人間離れした身体性能だ。
……一体何者なのだろうか、彼女は。
そうしてまた身軽な動きで車内に戻ってきた師匠さんに、ペイルは微笑む。
「ありがとうね、師匠さん」
「気にするな」
一言告げて、再び楽な姿勢で座席に座る師匠さんだった。
視線を窓外に移す。見ればちょうど、柩の中から二人が出てくるところだった。
「あれ、なんだか服が変わってる……?」
先ほどまで学院の制服を着ていた二人だけど、今はなんていうか、騎士団の制服っぽいというか、軍服とか舞台衣装みたいなモノに変わっている。
クロヴィスは赤を基調とした恰好で、ハイネは全体的に限りなく白に近い薄青といった感じ。と……目を凝らして観察していると、バニーさんが隣に来て言う。
「あれこそ葬儀における正装――『死装束』です。マリモ様とペイル様のときは進行を優先いたしましたが、今回は手順通り、柩の中でお二方それぞれのお心を反映した衣装が紡がれました」
「心――」
それは即ち、起源。翻って――運命。
再度二人に目を向ける。死装束なる衣装に絡みつく花を見る。
クロヴィスのアトロポスの輪は右腕のようだ。花はリューカデンドロン。
対するハイネのアトロポスの輪は左足首。花はセントジョーンズワート。
互いに見合う二人。そろそろ場が動き出す。
そんな緊張感が、こちらまで伝わってくる。
私は席に着こうと周囲を見渡した。手近なところに座ってもよかったが、ここに来てから一度も声を発していない、どころか積極的に気配を消しているルカの動向が気になったのだ。
そうして探してみたところ、ルカは私たちから少し離れた場所――元神父から一番離れた席に座っていた。
ペイルに視線で訴える。ルカは元神父に強い警戒心を抱いている、と。
私たちは頷きあって、ルカの心を波立たせないよう静かに近付き、隣に座った。
ルカは何も言わない。きっと私たちの気遣いなど見透かした上で、何も。
私は窓を見つめた。この眼が捉えるのはクロヴィスとハイネの対決――だけでなく、窓ガラスに微かに反射するルカの表情も含まれていた。
無論、葬儀のことも気にしてはいる、けれど。
それと同じくらい、話し合えれば分かり合えるというスタンスでありながらも、あの男を一方的に無視するルカの姿勢が、その胸中が――気がかりだった。




