第11話『二度目の葬儀』
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私がハンバーガーを載せたトレーを、ハイネがドリンクを載せたトレーをそれぞれ受け取り、席のほうへと向かう。
すると窓際の奥の席から、ルカが軽く手を振ってくれた。
店内は満席に近かったが運よく良い場所を取れたみたいだ。
私とハイネはトレーを置いて席に座る。
席順としては窓際からペイル、クロヴィス、私。
そして向かいの席にルカ、ハイネといった配置だ。
昼間のこともあるしペイルとクロヴィスを二人きりにしたいお節介心はあったのだけれど、ルカ側の席には買い込んだ荷物が置かれ、一人分の枠を埋めてしまっている。それを無理やり詰めるのも不自然なので、こういった形になった。
各々注文した商品を取っていく。すると。
「ん……俺ちょっとガムシロ取ってくるんで、先食べてていいですよ」
「あ、うん」
立ち上がるクロヴィス。彼が頼んだドリンクはアイスティーだ。
ううむ……このお店、シロップやスティックシュガーなどはセルフサービスなのだが、誰もコーヒーを頼んでいなかったので必要ないと思い込んでいた。
こういうときルカや、かの麗しき家令であったなら、予めさりげなく確認を済ませておき、再び席を立たせることなど無かっただろう。
「くっ……」
クロヴィスが通りやすいよう移動しながら、悔しさの拳を握る私だった。
「なにやってんすか?」
「……人生、日々勉強というのを痛感しているのよ……」
「あ、いつものやつっすね」
軽く流された。最適すぎる対応だ。
とりあえず席に座り直すと、今度は向かいのハイネが、持っていたハンバーガーを置いて立ち上がった。
「……すまない、オレも少し席を外す」
言って、返事をする間もなくお手洗いのほうへと行くハイネ。
包み紙を開けていたのをわざわざ中断してのことだ。単なる用向きにはちょっと思えなかった。もしかして……誰か知り合いでも居たのだろうか。
無作法だと思いつつ、ハイネの背中を目で追いかける。その直後だった。
「いただきます。はむ――――――ッ、んぐ⁉」
隣からとんでもない声が聴こえた。
「ペイル⁉」
急ぎ振り返ると、ペイルは苦しそうに喉を抑えて、テーブルに倒れ込むように半身だけ突っ伏していた。
「……ぁ、ぐ……っ……毒が入ってた……」
「め、滅多なこと言わないでよ……!」
ペイルに近付きながら言う。
ここは飲食店だ。もし本当に毒が仕込まれたというのであれば、それが今あの厨房でだとするなら、他のお客の品物にも混入している可能性がある。
ペイル個人か、無差別か。どちらのパターンかはまだ分からないが、いずれにしても今騒ぎ立てればパニックが起きる。
それは不用意に起こしていいものではない。が、そう落ち着いてもいられない。
白い肌ゆえに上気しているのが一目で分かるペイルの顔。額や首筋に急激に滲む透明な汗。何かが起きているのは確定的に明らかなのだから……!
「ルカ、ペイルを診てくれるっ? 必要ならすぐに結界を展開するから!」
結界自体はすぐに張れるが、毒が魔術起因でなければ無効化はできない。そこで痛みだけを取り除くのは逆に危険だと判断し、高等部唯一の治癒魔術の使い手であるルカに協力を要請する、と。
「あの、マリモさん。これ今朝のと同じやつですね」
ペイルの手からぽろりと転げ落ちたのだろうバーガーをキャッチしていたルカが、冷静に言った。
「え?」
ルカが手に持ったバーガーをこちらに見せてくる。
小さな噛み口、まだ到底中心部には達していないながらもあふれ流れている……深紅のソース。それが何であるかは分からないが、しかしよくあるケチャップでないことだけは一目瞭然だ。
一応ルカに治癒魔術をかけてもらいつつ、私は包み紙をチェックする。
ふむ……この混雑具合だ。
少なくとも毒物の購入よりは全然あり得る出来事だと言えるわよね。
「なにやってるんですか?」
ガムシロップを手に戻ってきたクロヴィスに、私は導き出した結論を提出する。
「いえその……クロヴィスが頼んだ物とペイルが頼んだ物、包み紙が入れ替わってたみたいで」
「え⁉ ってことは激辛食っちまったのか……! おいおい大丈夫かよペイル」
「……のどがいだい」
涙目上目遣いで、なぜかピースして言うペイル。喉が痛い記念だろうか。
「確かこういうときは水じゃなくて牛乳とかヨーグルトとかがいいんだよな……」
クロヴィスが注文口のほうを振り返る。
あの列ではすぐに用意するのは無理だろう。
「元からその予定だったし、ガムシロ入りの紅茶でいけるか……? ほら、これ」
クロヴィスは素早く自分のアイスティーにガムシロップを混ぜて、ペイルに渡した。両手でそれを受け取ったペイルは、そっとストローを咥えて一口。
「……ん、少し楽になった。また助けてくれたね、クロヴィス。ありがとう」
アイスティーを返すペイル。
「そのまま飲んでいいって。代わりにそっちの水貰えたらそれで」
「でもその激辛? 食べるんだよね? あ……私のも一口食べる?」
「ええっと……じゃあ……これだけ受け取っとく」
しぶしぶアイスティーを受け取るクロヴィスだった。
「ルカもありがとう。君の治癒魔術、純粋な想いが伝わってきて、なんだか自然と笑顔になったよ。今度必ず、何かお返しをするから」
「見返りを求めてのことではないので、お構いなく。というか治癒は確かに……」
ペイルの柔らかな笑みに微笑み返すルカ。
それから彼女はすぐに、思案するように視線を落としたが……なんだろう。
何やら思うところがあったらしいルカの様子を不思議に思っていると、近付いてくる足音があった。ハイネだ。
「……戻ったが、何かあったのか?」
「ちょっとね」
色々あったがようやく、みんなで食べ始めることになった。
繰り広げられる他愛ない雑談。内容としては先ほどあった出来事のことや、申請中のペイルの部屋について。夏休みにしたいこと。それから次第に話題は、葬儀のことに移ろいだ。
やはり現状、誰もが嫌でも気にせざるを得ないトピックなのだろう。
歳月の幻灯が再生されたとき、柩から飛び出してアナスタシスの福音とやらが鳴ったときの感覚を尋ねられたりした。
そうして私の体験談を改めて一通り話し終えたところで。
「なあ。次の葬儀、相手になれよ、ハイネ」
クロヴィスが言った。
対するハイネはそのホワイトブロンドの前髪の奥に瞳を隠して、小さく呟く。
「……なぜだ」
「あ? らしくないな。こういうときは大抵、先陣切るタチだろ。それとも、負けるのが怖いのか?」
「お前がオレに勝てたことがあったか? 筆記でも、実技でも」
「だけどまあ、本当の意味での実戦はまだやったことないからな。つーか俺が訊いてるのは、俺に負けることじゃなくて記憶の流出が怖いのかってことだよ。言っちゃなんだけどお前、明らかに怖気づいてるだろ」
どうやら彼の異変に気付いていたのは、私だけではなかったようだ。
「――――」
そこで初めて、ハイネは顔を上げた。クロヴィスの瞳を見返すハイネ。しかしその視線は迷いを――いや、思索を秘めているように感じられた。
彼は何かを考えている。
おそらくはクロヴィスが指摘したように、記憶の流出のリスクについてだろう。
当然だ。誰にだって他人に知られたくないことの一つや二つは存在するものだし。それに、忘れたくても忘れられない記憶があると、さっきハイネ自身が言っていた。
加えて彼は転生者……もしかしたらそれは、自身の一度目の死の記憶に関わることなのかもしれない。決して触れられたくない、心の傷なのかもしれない。
それか――――それか、あるいは。
目蓋を閉じる。脳裏によぎった可能性を振り切ろうと努める。
よくないことを考えてしまった。もしハイネのアトロポスの輪が切られたら、歳月の幻灯が発動したら、彼が機関の刺客かどうか確かめられる……と。
いや、百歩譲って、そうでなかった場合はまだいい。
けれどあの男の根拠なき推測が的中し、もし本当にハイネが刺客だった場合……彼の身はどうなる?
刺客が一人とは限らない。
指示役のような立場の者が見張っているかもしれない。
ならばその正体が露呈した場合、彼には一体、どのような処分が下される――?
……正直、考えたくもない。
それにもっと可能性を挙げるなら、彼がアナスタシスの福音を鳴らすこと自体、叶わないということもあり得る。ハイネ自身がそれを拒絶するという最悪の結末だって……あるかもしれないのだ。
「…………」
沈黙はハイネのものであり、私のものでもあった。
こうなれば私が経験者という立場を建前に、再び参戦を表明するしかないか……とひとまずこの場を取り成そうとした、そのときだった。
「――分かった。その挑戦、受けよう」
クロヴィスの誘いに、ハイネが乗った。
彼のコバルトグリーンの瞳を覗く。
迷いや葛藤は見えない。自棄になった感じでもない。
少なくともそれが、彼自身の意思を以て下された選択であることは窺えた。
「ペイル、頼めるか?」
「うん、いいよ」
「え? いま?」
『――終の銀 世界梯子 翔け上がる 回帰の海』
止める間もなく歌い出すペイル。それは昨日湖畔で耳にした、月へと向けられた歌そのものだった。
……話には聞いていたけれど、こうして直接目にすると不思議な気分になる。
『別つ水面に 飛び 泣き 濡れた 七つの十字架 抱き直される 泡――』
本当にペイルが歌っていたんだという感もあるし、彼女の脳に直接響くような神秘的な声が、魂をくすぐるようで、気持ち良くて……と、いけないいけない。
もし本当にこれから列車が来るなら、まだやっておくことがある。
「…………」
あれだけ混雑していた店内が、ペイルの歌に耳を傾けるために静まり返る中で、私はいそいそと丸められた包み紙と空になったカップを回収し、近くのダストボックスへ投入する。
そうして退店準備を整えたところで、ちょうど、沈む夕陽に影が差した。
「――来たか」
列車が店の外の大通りに到着する。驚きの声を上げる通行人。今さらだけどあれ、乗客だけに見える代物とかではないみたい。
客観的に見れば周囲への配慮が足りない迷惑学生の行いそのものだが、葬儀に対する緊張とペイルの神秘、そして非日常に対する高揚が、恥ずかしながらそれを忘れさせていた。
若気の至り、なんて美化していいモノでは断じてないが。
それでも、世界がまるで私たちを中心に回っているような――呆れるほど青い全能感に包まれながら、私たちはお店を出て列車に乗り込んだ。
『柩在列車――次の駅は月の海『サザンクロス』、『サザンクロス』――』
バニーガールさんのアナウンスが響き渡り、列車が出発する。
昼でも夜でもないこの黄昏の時、二度目の葬儀が始まる――――。




