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崩さずにはいられない  作者: 菓子カンの中


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7/8

七・その顔を崩したい

(終わった……)


 ベッドでその白い首に顔を埋めた様子までしっかり想像した事までも聞き出され、結局俺の尊厳やら品位やらは死に絶えた……。抜け殻の様になりながらも次に掛けられる言葉は軽蔑か侮蔑かと怯える。逆に上辺だけだと分かる様な優しい言葉を掛けられたりしたら、暫くは立ち直れる気がしない。優しさは時に凶器になり得るのだ。


(どうか神々よ、この愚かな俺をお許し下さい!慈悲を!)


 先程神々に見捨てられたばかりだというのに、こんな時ばかり願うのはどうなのだろう。きっと天上では呆れられているに違いない。


「ベンジャミン様は、今夜の懇親会に出席されているのだから、勿論結婚に向けた出会いを期待してらしたのでしょう?」

「はあ……。まぁ、そうですね。……父からもせっつかれていまして」


 覚悟していたどの反応とも違い、ライラ嬢は普通に話せる内容の話題を振ってくれた。答えたくない会話では無かったことに心底安堵して、これ幸いとばかりに回り始めた頭でぼんやりと返事をした。


「では今夜こうしてきちんと自己紹介を済ませた上、()()()想像までできていたようなので、私は候補に入っているという認識で合っています?……その、結婚相手として。少なくとも親しくなれる異性として」

(―――……女神か!)


 色々と想像されて気持ち悪いだろうに、情けない姿を晒す男にもきちんと向き合ってくれる人間はそういないだろう。ライラ嬢は誠実と慈悲の女神に違いない。

 先程まで下がっていた気分も頭も持ち直した。もっと親しくなりたいし、食事に誘えば受けてくれるだろうかと、しっかり目を見てどんな反応も見逃さない心構えをした。

 『親しくなれる異性として』……?勿論だとも!『結婚相手として』、だと?つい先程、想像の中で予行練習もバッチリ終えている。

 声が震えないよう気をつけて、慎重に返事を返さなければ。


「俺で良ければ想像した以上の事も是非お願いしたい」

(私で良ければ考えてください。ライラ嬢と親しくなる為にも、今度食事でもご一緒しませんか?)


 少し考える為に間を要したが、彼女は片手を頬に添えて返事を返してくれた。


 「まあ、予想以上に情熱的に求めてくださるのね。…………少し恥ずかしいですが、嬉しいと思います」

「……………………あ」

(間違えたあぁぁぁ!!俺の本音ぇぇぇ!!いやでも照れて笑いながらのこの返事ならば好感触なのでは!?え、イケちゃうのか、俺!?でも流石にこんな言い方じゃ身体だけが目当てと思われかねない!)


 今度こそ内心をダダ漏れにしないよう、慎重に食事に誘うべく言葉を選びながら話した。隠せずに自身の口が裏切って零した本音は流石に駄目過ぎて、借家に帰ったら羞恥で転げ回る事確定だ。


「先ずは、お互いを知るために食事でもご一緒しませんか?勿論、今夜のような大人数では無く……二人きりで」


 今度はきちんと誘えた事に安堵した。少し余計な事も付け足した気もするが、薄暗い中でも分かる程にライラ嬢の顔が赤くなったので、結果として俺と二人で出掛けるとしっかり意識してもらえたようだ。


「嬉しいです。……その、では、次のお休みを伺っても?」

「次は明日なんです。流石に急が過ぎるでしょう?ライラ嬢こそ、次の休日は空いていますか?」


 今夜の明日では気の利いた場所も予約出来ないし、ささやかな贈り物も用意できるかどうか。勿論彼女とならふらふらと街歩きをしても楽しいに違いないだろうが。


「私も、明日はお休みなんです。……先ずは気負わずに出掛けてみませんか?水運ギルドの側に美味しい海鮮のお店があるんです」


 誘ったのはこちらだったはずが、ライラ嬢はしっかり者のようで、明日の予定と店まで瞬く間に約束されていた。酔っているにしてもこれでは紳士として情けないので、ここは何か一つでも格好を付けて、彼女にときめいて貰いたい。

 頭を悩ませながらも一つ思いついたので、人気があるらしいこの顔に免じて喜んでもらえる事を期待して、勇気を出して実行した。


「では明日、昼の一つ前の鐘が鳴る頃にお迎えに上がります。ライラ嬢からお誘い頂いたので、これから二人の関係を深める意志があると受け取ります。……明日は口説かれる覚悟をしてから出て来てくださいね」


 我ながら少し気障だとは思ったが、ダメ押しでライラ嬢の手をそっと持ち上げて、振りではなくしっかりとその白い指先に口付けを落とした。


「……っ、はい。宜しくお願いしますぅっ」


 仕事中の様子からは想像も出来ないような、語尾のひっくり返った彼女の返事に確かな満足を覚えた。普段は平静で真面目なのであろう彼女が、俺の起こしたささやかな行動一つでその様を崩すのは酷く甘美で……癖になりそうだ。

 妄想の中で組み敷いた話をした時も平然として見えた表情が、こんなささやかな触れ合いで照れて焦ったものに変わっている。

 耳年増、という事なのだろうか、実際の触れ合いには不慣れな様子が垣間見えて、ぐずぐずに甘やかして崩してやりたくなる。


(思った以上に可愛らしい女性(ひと)なのかも知れない)

「本当に楽しみです。二人きりのデート」


 職場でも見せた事の無い、恐らく魅力的な女性を自分のものにできる期待を存分に含んでいるであろう笑顔で、脅しつけるように、逃さないと言外に告げた。


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