六・会話してみた印象は(ライラ視点)
本日二度目の更新です。
まさかの名前呼びの許可が貰えるとは思わず、歓喜のあまり少し前のめりで、こちらも名前で呼んでもらうようにお願いした。
「では、私もライラと。父が総務に在籍しているので、同じ理由ですわ」
(前のめりに気付かれていませんように!どうかそのまま名前を呼んでくれますように!)
「ああ、レイクス準男爵の。それではお言葉に甘えてライラ嬢と。……なぜこんな人気の無い場所で?女性一人では危険です」
スマートに名前を呼んで貰え、歓喜に湧く内心を見せない様に心掛け、同じ長椅子に座って貰える様に奥へ詰めた。
ベンジャミン様は素直にその場に腰掛けてくれた。二人の間に一人分の空間が空いていて残念に思うが、これから詰めて貰えるように頑張れば良い。その空けた空間も、私を淑女としてきちんと扱ってくれるという証明にも思えてくるのだから、顔が良いのはずるい。
(さて、後輩と見合い相手に負けた気がして……だなんて言えないし、嘘にならない程度に上品に纏めておこう)
「その……非常に個人的で言い難いのですが、池の側で見掛けてしまったのです。……先月私とお見合いをした方が、その……私の同僚と二人きりで……。その方とは婚約には至りませんでしたが、流石に気不味くて」
この話の内容で、私とベンジャミン様も現在二人きりだと意識してくれれば儲けものだし、同情でも良いから優しくして貰いたいという女心も汲んでくれればと思う。
「あ、……そ、れは、何と言うか、一人になりたくもなりますね……」
私の思惑通りとは行かなかったが、余りこういった事には免疫が無いのか、それとも私という異性と二人きりだと思ってくれたのか、たどたどしくはあったが優しい声を掛けてくれた。
「彼等が会場に戻るまで時間を潰したかったんです。お酒を飲んで顔も赤くなってしまいましたし……」
更にまだ暫くは会場に戻りたくないと匂わせて、紳士ならここで私を置いて行く訳がないという状況で、強制的に二人きりの時間を伸ばす。
思考を巡らせる顔を見せない為にも、少し俯いて、でも背中がみっともなく丸まらないように気を付けた。足のつま先を揃えて両手も膝で揃え、自身の細身の身体を生かして頼り無げに見えるように工夫もした。
(あら?何だか思ったよりもじっとりとした視線を感じる気が……)
ひょっとして少しは異性として見て貰えたのだろうか。だとしたら嬉しいが、流石に先程からずっと見過ぎである。流石に居た堪れなくなり、顔を上げ呼び掛けた。
「あの……ベンジャミン様?」
「うん。……イイな。……何かイイ。目元を染める姿は滾るな」
(凄い目で見てたァ!たぎる?『滾る』と言いました!?その前に『イイ』って、『何かイイ』ってどの辺が……!?ていうか普段はそんな話し方なのね!?)
どろりとした目で見られている事に驚きつつ、遠慮せず語って下さい是非詳しく!と言いかけたところを寸前で飲み込み、辛うじて疑問に思ったと分かる一文字を声に出せた。
「………………え?」
私の声で我に返ったのか、ハッとした後に慌てた様にベンジャミン様は顔色を変えた。
「いえっ、すみません、酔っている人間の戯言と捨て置いて下さい!……うわ、酷いな俺……」
ベンジャミン様は、がばりと頭を下げてから、そのまま膝の上で自らの発言に頭を抱えてしまった。
一見どんな事でも淡々と熟すように見える彼が、私の前で慌てふためき猛省に駆られる様は情けなさもあってぐっと来た。
(何かイイわ!ちょっと可愛い……!)
「本当……何考えてたんだ……!」
後悔しきりといった様子のベンジャミン様だが、私はしかし、ここぞとばかりに追い打ちを掛けることにした。
(だってもっとそんな様を見たいんだもの!)
「…………何を考えていらしたの?」
さあ白状しろとばかりに、いっそ静かに問い掛けると、思わずといった様子で視線だけを上げた彼とばっちり目が合ってしまった。その様子は、画家がこの場に居ない事が許せない程に、私には魅力的に見えた。
羞恥に震え、赤面した美形の男の上目遣いなど、この世の中の宝であるに違いない。
夕焼け色の瞳は情けなくも潤み、普段凛々しい眉はぎゅっと中心に寄りながらも目尻に向けて下がっている。形の良い耳や頬は勿論、すっと高い鼻の先まで赤い。
見ない等という気遣いも無く、しっかりと瞼に焼き付ける勢いで見詰める。こんなに崩れた表情は、二度と拝めないかも知れないのだ。
彼は本当に恥ずかしいらしく、内容は話したくないと訴えかけてきた。
「いえ……。流石にそれは勘弁して頂きたく……。本当に。……警邏に突き出されたくはありませんので」
私相手に色々想像をしていた事を仄めかし、頼むからこれ以上は勘弁して欲しいという様に、彼は許しを請うように表情をへにゃりとさせてみせたが、それで許すほど私は優しい性格をしていないのだ。残念。あと、その顔も記憶に焼き付けたい。
更に追い詰める言葉で自白を促せば、葛藤が分かる様な唸り声を上げた。
「折角のお話できた夜ですもの、教えてくださいな。……二人の記念として」
「……ぐ」
ここで、更に駄目出しを仕掛ける。
「さぁ、何が『イイ』のか、どの辺りが『滾った』のか……教えて下さいな?」
気の所為にはしないし、しっかり聞こえたぞと言外に示して、もう退路は残されていないと自覚してもらう。
哀れ追い詰められた彼は、私との結婚生活や、その上で閨まで想像した事を懺悔する様に打ち明けた。
通勤のくだり等は『乙女か』と思うが、私はもし彼の妻になっても仕事は好きにして良いようだと分かり、そこは安心できた。




