五・会話してみた印象は
夫婦生活を妄想する変態がいます。残念ながら主人公です。
書類を届けに来てくれた時に印象として残ったのは、キビキビ歩く姿がまるで周囲を威嚇しているみたいだと思った事と、話す内容が簡潔で分かりやすい、という事だった。
今夜改めてライラ嬢を見ると、キリリとした目元と眉が涼やかで、きっちり纏めた黒に近い焦げ茶の髪と伸びた背筋も相まって、とても真面目そうに見えた。ご両親が大切にされたのだろうと、その育ちの良さそうな姿から伺えた。
その堅そうな雰囲気の中、薄暗い中でも分かる濃い桃色の唇が、ぽってりとしていて柔らかそうに見えて、急にそわそわした落ち着かない気分になってしまった。
背は俺の顎に届く位の高さだろうか。殆どの女性が届いて胸辺りなので、やはり彼女も背が高い方だ。
「では、私もライラと。父が総務に在籍しているので、同じ理由ですわ」
「ああ、レイクス準男爵の。それではお言葉に甘えてライラ嬢と。……なぜこんな人気の無い場所で?女性一人では危険です」
ライラ嬢が奥にずれてくれたので、二人で少し間を空けて長椅子に掛け、そのまま会話を続けた。しっかりとした話し方は聞き取りやすく、酒でぼやけた思考でもきちんと理解出来た。
仕事中はキビキビとした印象だったが、今夜はそれとは違って少し気の抜けた柔らかい様子に見えたので、こちらも少し気が緩んでしまう。
整った顔立ちの妙齢の女性が、こんな風に薄暗い中に居ては危険もあるだろう。お節介だとは思うが、待ち合わせなら相手が来るまで話し相手位にはなれるし、涼もうと来たのなら会場に戻る時にエスコートもできる。下心が全く無いとは言わないが、顔見知りなのだし紳士としての小さな親切としておいて欲しい。
「その……非常に個人的で言い難いのですが、池の側で見掛けてしまったのです。……先月私とお見合いをした方が、その……私の同僚と二人きりで……。その方とは婚約には至りませんでしたが、流石に気不味くて」
「あ、……そ、れは、何と言うか、一人になりたくもなりますね……」
頭の中に先程聞いたあの艶声が蘇り、こちらもつられて気不味くなった。やはり屋外の不特定多数が近くにいる状況は、艶本を始めとする妄想の中だけが良いようだ。こんな風に目撃されたりしたら、自分なら羞恥で転げ回る自信しか無い。
「彼等が会場に戻るまで時間を潰したかったんです。お酒を飲んで顔も赤くなってしまいましたし……」
明るい場所ならその赤くなった顔をはっきら見られたのかと、少し残念に思った。きっと仕事中のキリっとした顔とはまた違って、艶っぽい魅力的な表情だった筈だ。
(表情を崩した様を見たいと思うのは、魅力的な異性相手なら当然だな)
失礼にならない様に気を付けながらも、少し俯くほっそりとした白い首筋から、華奢な肩、糊の効いたブラウスに隠されたやや控え目な胸元から膝に揃えた繊細な指先、品の良い靴が包むつま先までじっくりと視線を走らせた。
(うん。何かイイな……)
女性にしては背が高い方だが、華奢な身体は抱き締めれば腕の中にすっぽりと収まりそうだ。仲を深めたら仕事で見せる顔とは違う他の魅力が出てきそうで、ついつい色々な表情を想像してしまった。
懇親会に出ているし見合いをしたのだから、少なくとも結婚する意思は有るのだろう。
もしもの話だが、俺と結婚した彼女が妻として隣に立ってくれたのなら……。爽やかな朝日の中を共に職場まで通勤したり、時間が合えば夕市で買い物しながら帰ったりもするかもしれない。ちょっとした仕事の愚痴とか言われちゃったり……。見下ろすと彼女と目が合って、夕日に照らされた彼女が信頼と愛情を込めて微笑んでくれる……、とか。
夜になりベッドを共にしたのなら、恥じらいながらも受け入れてくれるだろうか……。
白いシーツの上に、普段はきっちり整えてられている髪が乱れながら広がる様は、きっとそれだけで欲をそそる。彼女の細い指を絡め取るようにベッドへ押し付け、それからこの白い首筋に顔を埋めて――……。
長時間魅了されたように眺め過ぎたのだろう。ライラ嬢が無言の時間が長い事に気付き、俯けていた顔を上げてこちらを向いた。
「あの……ベンジャミン様?」
「うん。……イイな。……何かイイ。目元を染める姿は滾るな」
「………………え?」
ライラ嬢の表情が固まったのに一拍置いてから気付き、自分の酔った思考が声に出ていた事に思い至りざっと血の気が引いた気がした。
薄闇の中、知人程度の異性と二人きりで言って良い言葉では絶対に無い。
「いえっ、すみません、酔っている人間の戯言と捨て置いて下さい!……うわ、酷いな俺……」
がばりと潔く頭を下げてから、そのまま膝の上で自らの発言に頭を抱えてしまった。『滾る』とか、単語の選び方からして流石に恥ずかし過ぎるし、目の前に本人が居るのに妄想の中で組み敷いていたとか失礼が過ぎる。まともに会話をしたのすら初めてなのに、これは無い。顔が赤くなってきたのが自分でも分かった。ひょっとしたら首まで真っ赤かもしれない。
「本当……何考えてたんだ……!」
「…………何を考えていらしたの?」
静かに囁くような声で尋ねられて思わず目線を上げてしまい、ライラ嬢とバッチリ目が合ってしまった。羞恥に震え赤面した男の上目遣いなど見苦しいだろうに、気遣いからか表情を歪める事も無い。寧ろ、少し目がきらめいているような……?
「いえ……。流石にそれは勘弁して頂きたく……。本当に。……警邏に突き出されたくはありませんので」
疚しい想像をしていた事を仄めかせて、頼むからこれ以上は勘弁して欲しいと内心で必死に願うが、神々は我を見捨て給うた。
「折角のお話できた夜ですもの、教えてくださいな。……二人の記念として」
「……ぐ」
「さぁ、何が『イイ』のか、どの辺りが『滾った』のか……教えて下さいな?」
気の所為にはしないし、しっかり聞こえたぞと言外に示されて、もう退路は残されていなかった。
(今後酒は少し控えよう……!)
確固たる決意をしてから、どんな暴言で罵られても受け入れようと、先程の妄想を一部ぼかしながら、ライラ嬢に嫌われる可能性も含め、腹を決めて自白した。
本当に吐いてしまいたい……。




