三・改めての自己紹介は
本日二度目の投稿です。
外野に腐女子がいますが、絡んでは来ません。
「では、若い皆のこれからを願って、乾杯!」
『乾杯!』
何とか仕事を終わらせたテッドと共に、慌てて私服に着替え、少し遅れて懇親会に参加すると、丁度乾杯がされた所だった。
小規模な屋敷を改修した会場は空腹に響くような食事の匂いがしていて、仕事後の身には堪らなかった。
「遅いぞベンジャミン、テッド。席はそこしか空いてない」
上司に示された席は、彼の正面の二席だった。これでは今夜の出会いには期待できないと、テッドと視線で慰め合いながら大人しく着席した。何が悲しくて同じ職場の男三人で見合いながら飲み食いしなければならないのか。
「あぁ……エロいコ見てみたかったな」
「言うなよテッド。虚しくなるだろ」
上司に聞こえない様に囁き合うが、その様子を見たのであろう、少し離れた席の女性達が『ひゃー!』だの『有りかも』だの急に盛り上がり、その高い声が聞こえてきた瞬間に何故か背中がゾゾゾッと粟立った。
「あれ、何か俺達変に注目されてません?」
「さあな。だが、良からぬ気配がした気がする」
「お前等は見目良いからな。ベンジャミンは男らしい色気があるし、テッドは性格の良さが顔に出てて、可愛がられる系統だろう?……おかずにされてるのさ。衆道に当て嵌められてな」
騎士団の中には恋人が同性の者もいる事は知っていたが、自分達の周りでは聞いたことが無いので、まさかこんな風に見られるとは考えた事も無かった。
無言で顔を見合わせたテッドは異性愛者なので、若干震えて涙目になっていた。反応すると良くないと勘が囁き、そのまま表情を変えずに顔を横に振り、テッドに酒を注いでやった。
免疫のない種類の洗礼でやけになったテッドと、人に食わせるのが好きな上司に合わせてひたすら皿とグラスを空けていたが、ツマミもそこそこ食べて酒の種類も定めず何杯も流し込めば流石に腹がくちくなり、手洗いに席を立った。
手洗いを済ませた後で戻ろうとすると、俺の座っていた席に女性がいるのが見えて、会場の扉を開けた所で足が止まってしまった。テッドは酒の所為もあるのだろうが、女性と話す目元がほんのり赤く染まりご機嫌に見えたので、暫くそのままにしておこうとそっと廊下に戻った。
ついでに外の空気でも吸おうかとふらつくと、どうやら庭園にも出られるようで、植栽のあちこちに灯りが見えた。丁度良いと見つけた扉を開けてそのまま外に出ると、夜の冷えた空気がすっと肺に流れ込み酒の匂いが薄れるようで心地良かった。
「どうせだからぐるっと見て回るか……」
『エロいコ』とやらが本当にいるなら、人気の無い庭園なんて絶好の場所だったろう。少し妄想が顔を出しかけたが、まさかと思い直して歩を進めた。暫く歩けば酒も少し抜ける筈だ。
低木の隙間からキラキラと光の反射が見えたので、池でもあるのだろうかとそちらに向かって暫く歩いたが、不意に囁き声の様なものが聞こえて足が止まった。
「……――?」
「―――っ!――!あんっ!」
(おいおいおい、ヤってるのかよ!)
聞こえてきた男女の声は明らかに艷やかで、情事の気配が存分に含まれたものだった。流石にこのまま近付く訳にもいかず、そのまま斜め後方に進路を変えて、音を立てない様にその場を去った。見付かればお互いに気不味いどころでは無かったので、声の聞こえない程度までバレずに離れられた所で、思わず大きく息を吐いてしまった。
「はぁぁ〜。……成程。エロいコ、ねぇ……?」
人目を忍んで……という状況に興味を引かれなくも無いが、自分だったら気もそぞろになってしまって最後までは出来ないな、と考えてしまう。
ふらふらとした足取りで、先程の声に少し当てられて上がった体温を下げようと、偶然見つけた木製の東屋の中へと足を踏み出した。
「あ」
「ん?」
(人がいたのか?)
声が聞こえた事でやっと先客がいた事に気付いた。丁度手前側の植栽に遮られて見えていなかったらしく、髪をきっちりと纏め、ブラウスを着た女性が壁際の長椅子に腰掛けていた。
「ああ、失礼。先客に気付かずに踏み入る所でした」
女性一人が薄暗い中に居て後からデカい男が来たら怖かろうと、再び別の場所を求めて歩き出そうとしたが、立ち上がった彼女から声を掛けられて同席を勧められた。
「御一人なので涼みにでもいらしたのでしょう?どうぞお掛けくださいな。ええと、ウッド様、で宜しいかしら?」
「ええ、確かに私はウッドですが……?あれ?あぁ、ひょっとして以前に防具の消耗に関する資料を下さった……?」
お互いに顔見知りと分かって、少し強張った身体から力が抜けた。怯えた女性から悲鳴を上げられる状況じゃ無くて助かった。
「改めましてライラ・レイクスです。ウッド様も懇親会に出席なさってたとは気付きませんでした」
「少し遅れた上に上司と同僚と男三人で隅の席に居ましたからね。呼ぶならベンジャミンと。従兄弟も二人城内で仕事をしていて、ウッドだとややこしいので」
仕事の時と同じく軽く握手を交わし、薄暗い中でも浮き上がるように肌が白い彼女の顔をしっかり見て、改めて自己紹介をした。繊細そうな華奢な手をしていたので握り潰さないか少し怖かったが、触れた手は柔らかくてしっとりとした滑らかさが有りながらも、人差し指だけに筆記を長時間する者特有の硬さがあった。
(そうだ、この人の纏めた資料はとても見やすくて助かったんだった)
資料のやり取りをしたのは繁忙期だった事もあってまともに話もできていなかったので、こんな風に話せる機会ができたのなら懇親会も悪くないと思った。




