第3話 幼女ですが婚約者ができました
今日も今日とて、馬車馬の如く働いている哀れな小林理沙です。
「聖女様、早く!」
「聖女様、遅いよ!」
「はいはい、ただいま行きますよー……」
わたしには親が付けてくれた理沙って名前と、親から受け継いだ小林って苗字があるっていうのに、どいつもこいつも聖女様、聖女様って……名前を呼ぶやつなんていやしない。
あっ……でもわたしも小学生の時、校長先生とか教頭先生って役職名で読んでたわ。
人のこと言えないか。
体はしっかりと動かして、聖女様を求める哀れな子羊たちに回復魔法をかけるけれど、頭の中ではもはや現実逃避していないと精神を保てない気がする。
それくらい、ブラック企業顔負けに働かされているのだ。
「はー……やっと治った」
治療を終えるとそう言って、感謝の言葉もなく去っていく人々。
こちとら幼女だぞ!? 聖女だぞ!?
もっと気を使え、感謝しろ、敬え、大切にしろー!
「リサ殿。今日も忙しそうですね……」
握りこぶしを震わせて心の内で怒りを爆発させていると、穏やかそうな青年の声が聞こえてきた。
振り返ると、華美ではないけれど整った衣服を身にまとい、金髪碧眼のTHE王子様という見た目に、良く言えば人が良さそう、悪く言うとひ弱そうな表情をした青年が立っている。
「あら、ジェイド王太子殿下」
頼りなさそうに見えるけれど、彼はこのアナニアの王太子であるジェイド・エル・アナニア様だ。
そうそう、わたしの名前を呼んでくれる唯一の人。
存在感が薄くて、すっかり忘れてたわ。
「……なんだか悪口を言われている気がするよ……」
「わたしは何も言っておりませんわ、ジェイド様」
こんなくだらない、けれど人間的な会話ができる唯一の人。
正直、魔物の森と隣接していて、戦闘が絶えないこの国の王太子としては『大丈夫なのか?』と思わなくはないけれど、自分勝手なヤツしかいないこの国において、唯一まともな人間だと言える。
他の奴らがおかしいだけなんだけど、彼が神々しく見えるわ。
わたしのことも気にかけていてくれていて、定期的に顔を出してくれている。
この世界に来てから、心の中で現実逃避したり悪態をつく以外で、わたしの精神を保つことに助力している唯一の人かもしれない。
それくらい、今のわたしには貴重な人だ。
そして……それはジェイド様にとっても同じなようで……。
「おい、いくら聖女だからとて、馴れ馴れしく王太子殿下のお名前をお呼びするなど、無礼だぞ」
「あぁ、いいんだ。僕が許しているんだよ」
「しかし……!」
「本当に、大丈夫だから……」
彼も彼で、まともがゆえに周囲の自分勝手な人々とうまく馴染めず、何かと苦労しているらしい。
だからわたしと普通に話せる時間は、彼にとっても貴重だとのこと。
「その……今日は話があって来たんだ……」
護衛をたしなめたジェイド様が、何やら言いにくそうに口を開く。
「? なんでしょうか?」
何かあったのだろうかと話の続くを求めると、ジェイド様は目を逸らしながら続けた。
「……君と僕との婚約が決まった」
「……は?」
「王家の者と聖女が結婚するのは一種の習わしみたいなものなんだ。その……聖女の子供は魔力が高いことが多いから」
え? 婚約? ジェイド様と?
そんな品種改良みたいな理由で結婚することになるの?
ジェイド様も若い方とは言え、こちとら幼女だよ?
許されるの? そんなこと。
というか、わたしの意思は?
「これは教会と国王陛下がお決めになったことで、反対したところで決定が覆ることはないんだ。ごめんよ」
教会の奴ら……! わたしを勝手に差し出しやがって!
怒りから握りこぶしを震わせるけれど、はぁ……とため息を吐いてすぐに脱力させる。
「はぁ……じゃあ、今更文句言ってもしょうがないということですね」
「ごめんよ……」
「なんでジェイド様が謝るんですか。というか、ジェイド様はわたしと婚約することになって良いんですか?」
ふっと気になって尋ねてみる。
ジェイド様はこんな幼女と婚約させられて、嫌ではないのだろうか?
もしかして……実はロリコンだったとか……?
いやいや、彼に限ってそんな訳……。
「僕は……国王陛下の決定に従うしかないから……」
一人、頭の中でそんなやり取りをしていたら、ジェイド様は諦めたような微笑みを浮かべながらそう答えた。
この微笑みは、彼がよく見せるものだ。
全く、若い男の子がそんな暗い顔するもんじゃないよ!
「イヤイヤ婚約したということですね。わかりました。本人を目の前にしてそんなことを仰るなんて、ジェイド様もなかなか人が悪い」
「あぁ、いや、そういう意味じゃないよ。嫌がるとか……そんな感情は疾うの昔に忘れてしまったよ」
少し意地悪をしても、彼から戻ってくるのはやはり諦めたような笑顔だけ。
これは根が深そうだ。
「……ジェイド様も苦労されてきたんですねぇ」
「はは……しょうがないよ。僕は王太子だから……」
まぁ、わたしも彼のことは言えないか。
わたしも聖女だからしたくもない苦労をしているわけだし。
やっぱりわたしたちは似たもの同士だ。
そんな二人が夫婦になるのも、案外悪くないのかもしれない。
まぁ、わたしが幼女であるという問題は依然としてあるけれども。
「じゃあ、まぁ……不束者ですが、よろしくお願いします」
「本当にごめんね。その……結婚すると言っても、すぐにってわけじゃないし……王太子妃としての仕事をさせたりもしないから」
「? 王太子であるジェイド様と結婚するのに、ですか?」
「その……王太子妃となる人は別にいるから……。本当にごめんよ」
つまり、わたしとは子供をつくるために結婚するだけ、と。
ははぁーん。
自分勝手なこの国らしい制度だ。
もはや握りこぶしをつくる気も起きない。
「……ごめん」
「もう! ジェイド様が謝らないでください!」
「ご、ごめんなさい!」
まぁ、この世界で結婚するなら、ジェイド様が一番マシだろう。
たとえ正妻じゃなかったとしても、ジェイド様ならばわたしのことを大切にしてくれるだろうし、きっとわたしも彼のことならば人として尊重して、大切に、関係を育んでいけると思う。
一風変わった夫婦関係かもしれないけれど、こんな腐った世界でも、ジェイド様のそばだけは、きっとわたしらしくいられる場所だ。
……たとえ《《子宮目当て》》にされてるのだとしてもね。
やれやれ……こんな国、早く滅んじまえ。
「こ、怖い想像してないかい? 顔が怖いよ……?」
「いえ、別に?」




