第25話 獣人の住む街、ラジュル
「さぁ、今日は獣人の住む街――ラジュルへ行きましょうか」
「はい! ハーリヤさんの故郷、楽しみです!」
「ゔー……本当に行くのかにゃ? あんな場所行かにゃくても良いんじゃにゃいかにゃ?」
次に……というか、最後に獣人の住む街――ラジュルへ行こうという話になったのだけれど、今度はハーリヤさんが浮かない顔をしている。
浮かないというか、げんなりというか、面倒くさそうというか。
「すみません。できればタシティーラの街は全部見て回りたいんです」
「ほら、ハーリヤ。リサ様がこう仰っているのだから、従わぬか!」
「いや、そんな従う必要はないんですが……」
「ゔー……」
「それともお前は留守番しているか?」
「いやー……きっと面倒なことになるだろうからにゃー……ついて行くよ」
「面倒なこと?」
意味がわからず、頭にはてなマークを浮かべていると、ふいにハーリヤさんがわたしの頭をぽんぽんっと撫でる。
な、なんだ!? 急に。
ハーリヤさんの表情を見てみれば、悲しそうな困ったような複雑そうな表情をしている。
「リサちゃん。きっとラジュルでは嫌な想いをすると思うけど、俺が必ず守るからにゃ」
「は、はい……?」
ハーリヤさんからよく分からない注意を受けて、とりあえず頷いたけれど……嫌な想いをするって、一体どんな街なんだろう。
少しの不安を感じながら、ハーリヤさんのワープでいつものようにラジュルの入口まで飛ぶ。
「わっ……あっつい……」
ラジュルに来て最初に感じたのは暑さだった。
じりじりと肌を焼くような暑さが、全身に襲いかかる。空気も乾燥していて、目はシパシパとするし、のどはイガイガとしてくる。
快適なグラーバでの暮らしに慣れているもふもふたちも、いつもの元気がなく、暑さと乾燥にげんなりとしている。
「じゅ、獣人たちはここでの暮らしは辛くないのでしょうか?」
「獣人は暑さや寒さに強いからにゃ。全然平気。まぁ、ここに住むしかないから、そういう進化をしたっていう可能性もあるけどにゃー」
「え……?」
「この環境はリサ様の健康を害する恐れがあります! 急ぎましょう!」
ハーリヤさんの言葉について尋ねたかったけれど、アランさんがわたしのことを思って行動を急いでくれようとしていたので、黙ってそれに従った。
ラジュルに入ると、簡素な石造りの家が立ち並んでいるのが目に入るけれど……どの家もあまり手入れをされていないのか、ボロボロだ。
草木が生えている様子もなく、店が出ている様子もない。道行く人の姿もなく……活気のない寂しい街という印象。
街を歩いて見てみるけれど、どこまで行っても印象は変わらない。
ただ……家の窓や物陰から、わたしたちを鋭い目つきで睨みつけ、様子を窺っているような、獣人からの強い敵意のようなものはひしひしと感じる。
じゅ、獣人も人間が嫌いな種族なのかしら……?
そんなことを思いながら歩いていると、一つの石礫がアランさんめがけて飛んでくる。
「な……!?」
わたしは驚くだけで何もできなかったけれど、アランさんにぶつかる前にハーリヤさんがその石礫をキャッチしてくれたので、なんとか事なきを得た。
なんでわたしじゃなくてアランさんに攻撃を……?
「……守られずとも、私は自分で対処できたぞ」
「まぁまぁ、そう言わず。エルフが反撃したら角が立つからにゃー」
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、次は骨やら石の板だの、ゴミのようなものが各家から一斉に投げられる。
「わわ……!?」
「リサちゃん。ちょっと頭下げててにゃ―」
ハーリヤさんにそう言われて、バッと反射的に頭を下げる。
わたしを乗せているにーちゃんも、身をかがませてくれた。
そしてちらりと様子を窺っていると、ハーリヤさんが「身体強化」と唱えたかと思うと、体ごと回転させながら片足を大きく回すように振り払い、その爆風によってゴミが跳ね返された。
す、すごい……。
「ちょっとー。獣人族のみなさん。余計なちょっかいかけるのはやめてねー。用事が済んだら、こんな場所、さっさとおさらばするからさー」
そしてハーリヤさんは、いつもの優しい声色からは想像もできないほど冷めた声でそう言った。
「こちらに用事などない。さっさと立ち去れ」
すると、一人のガタイの良い中年男性風の獣人が、険しい表情でそう言ってきた。
「リサちゃん。《《あれ》》が獣人族の族長だにゃ」
「え……は、はじめまして。って、ハーリヤさん。族長をあれ呼ばわりしちゃダメですよ!」
「良いんだにゃー。あれはあれで」
そんなやり取りをしている間も、族長は厳しい目つきでこちらを見つめている。
挨拶を返すつもりもないらしい。
「獣人族の族長よ。こちらは魔王――」
「お前たちが誰かなんてどうでも良い。早く去れ」
「あ、あの……お話を――」
「話すことなどない」
族長は取り付く島もなく、一にも二にも拒絶しか返してこない。
困ったな……これは強敵だ。
「じゃあ、街を見て回っても……」
「ならぬ。さっさと立ち去れ」
街を見て回ることすら許されない。
人間嫌いのエルフ以上に、嫌われている様子だ。
それも人間のわたしだけでなく、ここにいる全員が。仲間であるはずの獣人族のハーリヤさんまでも。
「立ち去れ、立ち去れって、そればっかり。昔から変わってないにゃー」
「……同じ獣人と言えども、共に暮らす仲間以外はすべて外敵と変わらぬ」
「あーやだやだ。リサちゃん、さっさと帰ろう」
「え……ちょっ……ハーリヤさん……!」
族長と少しだけ言葉を交わしただけで、ハーリヤさんはうんざりした様子で踵を返し、スタスタとやってきた方向へと歩いていく。
困惑しつつも、ハーリヤさんを一人にするわけにもいかないので、族長さんに会釈だけしてその場を……ラジュルを去った。
「獣人族はナワバリ意識が強く、他種族がナワバリに来ることをとても嫌います。なので、お互いに無傷のまま立ち去ることができて、良かったと思うことにしましょう」
「そうだったんですね。人間嫌いじゃなくて、他種族嫌いな人たちもいるんですね」
「獣人は他種族だけじゃなくて、時には仲間だって見捨てるにゃ。病気になった奴、怪我で狩りに出られなくなった奴は問答無用で追い出されるか見捨てられる。そういう種族なんだにゃ」
魔王城に戻ってから、アランさんとハーリヤさんにそう説明を受けて、獣人族の生きていくための過酷さを感じずにはいられなかった。
それに……。
「ハーリヤさんは獣人族が嫌いなんですか?」
「だぁーいきらいだにゃ」
そう言い切るハーリヤさんは、表情や口調こそいつもの調子だったけれど、サングラスの奥の瞳だけは暗く見えた。
そんなハーリヤさんを何とも言えない気持ちで見つめていると、視線のあったハーリヤさんは困ったような顔で笑う。
「……ね? 嫌な気持ちになる街だったでしょ?」
「確かに……危険な目にもあいましたし、気分があがるような街ではなかったです。けれど健康な仲間全体を守るために、他者に負担を与えるような弱った人を切り捨てるというのも、生き抜くために必要な一つの術……街の形のあり方だと思います」
「……リサちゃんはあいつらと同意見ってこと?」
「同意見ではありません。否定はできないというだけです」
「ふー……ん」
「ただ……」
「ただ?」
「わたしたちには合わない考え方の街かもしれませんね」
「へへ……リサちゃんも俺と同じ意見で、うれしいにゃ」
そんなやり取りをして、やっとハーリヤさんがいつもの調子に戻ってくれた気がする。
だからこそ、ハーリヤさんにもわたしの気持ちを伝える。
「今度はハーリヤさんのことを教えてください」
「俺のこと?」
「そうだな。私ばかり話したのでは不公平であろう。お前も話せ」
「つまんない話だよ?」
「わたしの気持ちは変わりませんよ。わたしの大切な人の話を、聞きたいんです」
「……分かったよ」
ハーリヤさんは照れたように口先を尖らせながら、ぷいっとそっぽを向いたけれど、OKの返事をもらえた。
彼の話を聞くことで、きっと獣人族のことも、先代魔王様のことももっと知れるだろう。
そう思うと、少しだけ楽しみだった。




