第24話 アランSIDE
「つまらない話ですよ」
魔王城に戻ったリサはさっさと食事とお風呂を済ませ、アランのことを教えてもらうという約束を果たしてもらおうと意気込んでいた。
そんな彼女に、アランは困ったように微笑みながらそう言う。
「わたしにとっては大切な人の、重要な過去の話ですから!」
リサがそう返すと、アランは目を丸くしていたけれど、すぐにふっと笑みをこぼす。
「リサ様の御心のままに」
そうして、アランの思い出話がはじまった。
***
アランは、エルフ族の貴族――ウールハブ家の生まれだった。
貴族と言っても大した仕事をするわけでもなく、民たちから納められる食物を貪り食って生きるだけの家畜のような存在。それがアランが両親に抱いていた感情だった。
「今年の作物はイマイチだな」
「あら、こちらは美味ですよ」
「どれどれ……」
そんなやり取りをしている両親は、アランの目には豚に見えた。
そして質の悪いことに、ただ黙って生きる家畜であればまだ良かったものを、アランの両親はエルフとしては信じられない言動をする。
「自然と共に生きるなどくだらない。それよりも我らへの貢物をもっと増やせ。作物の収穫量を上げろ」
自然と共に生きるというエルフの生き方をくだらないと一蹴し、さらに肥え太ろうと己のために自然のバランスを破壊しようとしていたのだ。
「そんなこと、決して許されるはずがない!」
アランはそう言って、族長と共に両親を説得。そうしてなんとかその横暴を抑え込むことはできたが、両親に対する拒否反応はもう抑え込むことができなかった。
そして家を離れる時間が増えたが……。
「あ……ウールハブ家の御子息よ」
「ウールハブ家はエルフの生き方を否定されたとか……」
「貴族でありながら、信じられんな」
家から離れても、クズムの森では貴族の子供だと遠巻きにされる。
特に《《あの》》ウールハブ家の子供だと。
「なー! お前も一緒に――」
「こら! やめなさい!」
子どもたちが無邪気にアランを遊びに誘おうとしても、大人たちがそれを制止して、アランに近づく者などいない。
アランは孤独だった。
そしてアランは自分の居場所はクズムの森にはないのだと感じ、魔物の森――グラーバへと向かった。
グラーバの自然はアランの出自など問わず、大きな懐を持って受け入れてくれる。それが当時のアランにとっては心安らぐものだった。
そしてアランはそこで大自然のように懐の大きな存在と、運命を変える出会いをすることになる。
「ん……? 誰かいる……?」
大樹の根を枕に横になってくつろいでいると、誰かの話し声が聞こえてきた。
魔物は言葉を発しない。エルフ族に伝わる『魔物との対話』を習得していれば、何を言っているのか理解することはできるが、このように話し声で聞こえてくることはない。
アランがこっそりと声のする方へと向かい、茂みから声の主をちらりと覗く。
「まぁまぁ、そんなに怒るなって。ほれ、美味い樹の実食え」
「怪我の具合はどうだ? おぉ、だいぶ良さそうだな。良かった」
「おいおい、求愛されても俺はお前とは結婚しないぜ?」
声の主は多くの魔物に囲まれて、楽しそうに話をしていた。
ロングの黒髪に、鋭い目元にグレーの瞳をしていて、一見すると冷たい印象を受ける容貌をした男性だが、話す姿は実に穏やかで優しげだ。
彼は魔物の言葉が分かるのか?
しかし、見る限りエルフではなさそうだ……一体……。
「おい。そんなところで盗み聞きしてないで、お前もこっちにこいよ」
様子を窺っていると、黒髪の男は明らかにアランに向けて声を掛ける。
気配を消していたはずなのに、気づかれたことに驚きながらも、アランは渋々姿を見せる。
「おぉ、エルフか。こっちに来いよ」
男にそう促され、最初は警戒心を強めていたアランだったが、男の屈託のない笑みを見て、警戒心を緩めて彼に近づく。
「お前、名前は?」
「……アラハティラ・ウールハブ」
「あらは……呼びにくいな。アランって呼ぶわ!」
「なっ……勝手に……!」
「ほれ、お前も樹の実食え」
「ぐっ……」
勝手に愛称をつけられ、勝手に樹の実を口にねじ込まれたアラン。
驚きと困惑とイラ立ちでぐちゃぐちゃになりながらも、大人しく樹の実をもぐもぐと噛んでいると、旨味が口全体に広がることに気がついた。
「美味しい……」
「だろ? グラーバの秘密の場所に生る樹の実なんだ」
「秘密の場所? そんなのエルフの私も知らないぞ」
「エルフだからって何でも知っているわけじゃないだろ」
「そんなことはない。エルフは自然と共に生きる種族だからな」
「あのなぁ……自然と共に生きることと、何でも知ってることはイコールじゃないぞ?」
「……!」
アランは自然と共に生きるエルフの誇りを大切にし、実際にクズムの森やグラーバについてもそれなりに詳しかった。
だからこそなんでも知っている、自然を愛している自分は自然からも愛されていると確信めいたものを持っていた。
けれど、それを優しく訂正され、自分よりも愛されている存在を見て……途端に自分が自然からも愛されていないと否定された気持ちになる。
そんなアランを見た男は、わしわしとがさつにアランの頭を撫でる。
「わ……!?」
「落ち込むな、アラン。お前が無知なんじゃなくて、魔王である俺がこのグラーバについて詳しすぎるだけだからな」
「ま、魔王!?」
「ん? あぁ、自己紹介がまだだったか。俺は魔王。よろしくな」
「な……」
あっけらかんと魔王に自己紹介され、アランは呆然となるしかなかった。
――そんな出会から、アランは魔王に会いに度々グラーバへと出かけるようになった。
そしてたくさんの話をした。
「どうしたら魔王のように自然や魔物から愛されるの?」
「んー……自分の足で色んな場所に行って、この目で見て、そこに住んでる奴らと話をして、そうしたら勝手に関係が深まっていくもんさ」
その返答を聞いて、アランはずっと心の中で考えていたことに決心がついた。
「……私も、私も魔王……いや、魔王陛下と行動を共にしたいです。そして、あなた様の作り上げる国がどのようなものになるのか見守り、お支えしたいです!」
そう告げると、魔王は少しだけ目を瞬いていたけれど、すぐにニッといつもの笑みを見せる。
「あぁ、いいぜ。じゃあアランは俺の側近だ」
「はい!」
***
「これが私の過去と、先代魔王様との出会いです」
そう言うアランの目元は、懐かしさから優しげに、けれど寂しげに細められていた。
「話してくれて、ありがとうございます。先代魔王様はすごい方だったんですね」
「ええ。ですが、先代様とリサ様はよく似ておいでだと思いますよ」
「え? わたしはそんなにすごくないですよ」
「いや、確かに似てるにゃー。どこまでも自分で見て回りたがるところとか、そっくりだにゃ」
「そ、そうですか……?」
「えぇ。だからこそ、私はリサ様のお作りになる国を拝見するのを、楽しみにしております。そのためのサポートもさせていただきますからね。側近として」
「ま、魔王として……精進します……」
そんな話をして、その日は解散した。
自室へと戻ったアランは、久しぶりに先代魔王の話をしたためか、思い出で心がいっぱいになっていた。
だからか、すぐに眠る気にはならなくて、窓際の椅子に腰掛けてワインを一杯だけゆっくりと楽しむ。
グラーバの秘密の場所だけで生る、あの樹の実から作られたワインを。




