第15.5話 ジェイドSIDE
「どうなさったのですか? 王太子殿下」
そう声をかけるのは、王太子であるジェイドの《《正式な》》婚約者である女性だ。
けばけばしい化粧と、ゴテゴテと着飾ったドレスが、彼女の内面をよく表していると、ジェイドは心の内だけで思っていた。
声に出したことはないけれど。
「……なんでもないよ。ごめんね。ぼんやりしていたみたいだ」
にこりと柔和な笑みを浮かべて謝罪を口にするけれど、心などこもっていない。
「そうですか」
婚約者の返事も、心がこもっていない。
心配するような素振りを見せながらも、それ以上追求することも、休むように勧めることもない。
彼女の《《心配》》はその程度だということだ。
――今日は王宮の庭園にて、ジェイドと婚約者との面会の日。
本来であればお茶会という方が正しいかもしれないけれど、ジェイドにとってはただ婚約者と顔を合わせるだけなので、面会と言っても差し支えないだろうと思っている。
婚約者はジェイドのことを愛してなどおらず、ただ『王太子妃』『王妃』となるためだけにジェイドと結婚する。
幼い頃に決められた婚約。そのために教育を受ける婚約者。
ジェイドは幼い頃から何度か彼女に会っているけれど、必要最低限の会話しかせず、自らを着飾ることにしか興味のない彼女が苦手だった。
だから婚約者として定期的に会わなければならないこの面会の時間は、ジェイドにとって苦痛だった。
ジェイドは静かに紅茶を口に運び、庭園の方へと目を向ける。
ピンク・赤・白のバラが見事に咲き誇り、庭園を美しく彩っている。噴水やアーチもあり、庭園自体は美しい。ただお気に入りの場所というほど気に入っているわけではない。
けばけばしい婚約者を見ているよりかは、庭園を見ている方が目に優しいだろうと、その程度の感情だ。
そんな女性に対して失礼なことをしていても、婚約者が何か言うことはない。
……誰かとまともに会話したいな……。
庭園を眺めながら、ジェイドはそんなことを思う。
リサが魔王となってから、ジェイドは人間らしいまともな会話を誰ともしていない。
王城で出会う貴族たちは自分を見ては怯え、令嬢たちは聖女がいなくなった場所に自分が収まろうとアプローチを仕掛け、孤児院に奉仕活動に出れば「あれをくれ」「これをくれ」とねだられるばかりで、叶えてやっても感謝もされない。
家族との会話なんて……最初からない。
ジェイドは孤独だった。
リサ殿さえ戻ってくれば……。
何度もそう思ったけれど、国王に「これ以上その話題をすれば処罰する」と言われて以降、話題に出すことすらできない。
ジェイドは無力だった。
――しばらくして、やっとジェイドは解放された。
次の面会の予約をばっちりと取られてしまい、ジェイドはため息を吐きながら自室へと帰る途中。玉座の間から国王の怒鳴り声が聞こえ、何の気なしにそちらの方へと向かう。
「早く魔物どもを倒さんか!」
「し、しかし国王陛下。魔物の森との境にいる魔物は強力でして……」
「報告によれば、もう壊れかけと言うではないか! そんな奴にいつまで苦戦しているのだ!」
「も、申し訳ございません!」
「兵士などいくらでも平民から補充すれば良いのだ。爆弾を巻き付けて突撃させるくらいのことはしろ。良いな」
「か、かしこまりました」
「早く魔物と魔王を殺して、新たな領土と聖女を手に入れなければ……」
物陰から国王と大臣らしき男の話を聞いていたジェイドは、静かにその場を後にする。
国境にいる魔物は壊れかけ……確かに、騎士団に同行した際に見かけた魔物は、もうすぐにでも壊れそうなくらいボロボロだった。
国王陛下の言う人間爆弾は行き過ぎた発想だとは思うが、もう少しすれば魔物を倒すことができるかもしれない。
そうすれば、リサ殿が捕まり……きっと城の地下牢に拘束される。
そこを救い出して、なんとか保護できれば……あとは隠れ家を用意して、そこに匿えば良い。
そして自分が定期的に通って……幸せな家族みたいな関係をつくれるかもしれない。
そう思うと、次の婚約者との面会もなんとか耐えられそうな気がしてくる。
ジェイドは少しばかりの希望を瞳に宿しながら、自室へと戻っていった。




