5日目 1 得体のしれない遊園地
ぎしぎしと音を立てる、真っ暗で狭いエレベーターの中。
闇の中で落下する感覚と、少し間違えたら怪我をしてしまうであろう構造、そして隙間から吹き付ける冷たい風に怯えながらも、少年の心は高鳴っていた。
しかしその高鳴りは、少女の言葉で抑えられることになる。
「ねえ、貴方。下についたら、気をつけてほしいことがありますの」
「え、なに?」
「私の後ろを歩いてほしいのですわ」
少年は首を傾げた。髪の毛が壁を掠り、慌てた少年は、掴んでいた手を離した。
髪の毛を確認しながら、少年が問う。
「アチチ……ええっと、どうして?」
少年の予想と反し、少女からの返事はすぐには返ってこなかった。
どうしてだろう、と首を傾げようとして、はっとした。少年は慌てて、手で首を固定する。
少年は、誰もいないのに独り言をしていた気分に陥った。
呼吸音だけが、少女の存在を示している。
「ど、どうしたの?」
「……あらら、ごめんなさいね。話の続きをしましょう?」
「……えっと、怒ってる……?」
「いいえ? 大丈夫ですわ」
少年は気づいた。少女の声が、軽く震えていることに。
暗闇の中、お互いに顔も見えていない。どんな表情をしているのかさえ分からない。
なにかやらかしたかな、と頭をかく少年を他所に、少女がまた、話し始めた。
「私は、この……裏側に入る権利を持っていますの。ですが、貴方は持っていない。ですから、私が呼んだお客さん、っていうつもりでいてほしいのですわ」
「なるほど……どういうことだ?」
「ふふふ。一応、関係者以外立入禁止、といった場所ですの」
「……え?」
少女は何を言っているのか。たったひとつの単語が引っかかり、少年は目を丸くした。
「ですから、私のお客さんということに……」
「関係者……!?」
何かあるな、何かあるなと少年は薄々分かっていた。しかしピントは合わなかった、少女の正体。
突然の示唆に困惑する少年に、少女は優しく応える。
「ええ。残念ながら、私、良い子遊園地の関係者ですの……」
何が残念だ、良いことじゃないか――少年はそう言いかけて、止めた。
依然として、表情は分からない。声の方向と呼吸音以外、少女の存在を示すものはない。
それでも、本当に残念だと思っている。少年には、そう聞こえた。
「そ、そうなんだ……」
「……」
呼吸が苦しくなってきた頃、ようやく、エレベーターが止まった。キイキイと高い音を立てて、扉が開く。
少年は目を見開いた。
扉の向こうには、巨大な水無し水槽。
その中で蠢く、巨大な物体。
いや、違う。
沢山の子供達が、積み重ねられているのだ。
「な、なに、これ」
少年は尻餅をつき、強張り震える体に支配された。
「……これが、良い子……いいえ、」
淡々と、少女が言う。
信じられない、と振り返った少年の目には、拳を握りしめる少女の姿がうつった。
「……ついてきて、くださる?」
薄らとした笑顔さえも消えた、無表情の少女は、調節されていない機械音声のように、淡々と少年を誘う。
少年は、首を横に振った。ひとりの子供と目が合った。誰かに似ている。少年は答えを探った。
衝撃の中、回らない頭。それでも、答えは意外とすぐに降りてきた。
……楽園に招待されていないはずの、少年をいじめていたいじめっ子のうち一人に、酷似しているのだ。
「こ、これは、なに、なんなんだ」
「……これは、」
唇を噛む少女を尻目に、少年は一人一人、子供達を認識していく。
知らない顔がほとんどだった。知っている顔もちらほらあった。楽園内ですれ違っただけの子供も、いる。
全員の姿がわかるわけではない。乱雑に、玩具箱に人形を詰め込んだように、子供達がひとつの集合体としてそこにいる。……ある。
下の方は見えない。見えないが……ガラスにへばりついた色が、少年に嫌な現実を想像させた。
「これが、良い子を作るための、」
ふと、少年は気づいた。ガラスの向こうから、沢山の濁った目が少年を見ていることに。
濁りきっていない気持ちの悪い目から、完全に黒く濁った安心できる瞳までが共存して、少年を怯えさせる。
「……私に、ついてきて」
少女に手を引かれ、少年は立ち上がった。
子供たちの塊から目を離せないまま、どこに向かうかも知らないで、ただただ少女についていく。
二人は、何も言わずに突き進む。道を曲がり、金属板を組み合わせてできたであろう通路を抜け、沢山の子供たちの視線を浴びながら、進み続ける。そして二人は、広く、暗い場所に出た。
白衣を着た大人がたくさんいる。大人のうち一人が、少女に話しかけた。
「ようこそ、いらっしゃいました。おや、後ろの方はもしかして?」
「ふふふ、ごきげんよう。ええ。私の、一人目の従者ですわ」
「じ……」
少女に睨まれ、少年は口を紡いだ。
お客さんとして来ているんだ、と思い出し、少年は少女の背中に隠れた。
「おめでとうございます……と言いたいところですが、まだなのでしょう?」
「ふふふ。もう、確定事項でしてよ」
「そうですかそうですか……ところで、話は変わるのですが……」
白衣の大人が、濁った目を見開いた。
少年はどきりとした。濁った瞳が、少年を見定めている気がしたのだ。
ただでさえ、言語化の難しい、一生物のトラウマを植え付けられた直後なのだ。少年の心には、余裕がなかった。
広い地下空間の中で、小さな鋭い音が響き渡った。
「貴方様のお父上が、奥の部屋でお待ちです」
鋭い音は、少年の目の前……少女の口元から、鳴っていた。
それが舌打ちだと理解するまで、少し時間がかかった。
「……わかり、ましたわ。ええ。ですが、その前に。この、私の従者と、少しこの辺りを見学したいですわ」
白衣の大人は、満面の笑みを浮かべた。
少年の目には、その笑みは何の感情も纏っていないように見えた。
「どうぞどうぞ、ご自由に。では、貴方様のお父上に、伝えておきますね」
「ふふふ」
会釈をして、白衣の大人は去っていった。息をつくまもなく、少女が走り出した。
「急ぎましょう、時間がなくなってしまいましたわ」
困惑したままの少年は、言われるままに走り出した。




