表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
良い子遊園地  作者: 鳥藍
7/10

5日目 1 得体のしれない遊園地


 ぎしぎしと音を立てる、真っ暗で狭いエレベーターの中。

 

 闇の中で落下する感覚と、少し間違えたら怪我をしてしまうであろう構造、そして隙間から吹き付ける冷たい風に怯えながらも、少年の心は高鳴っていた。


 しかしその高鳴りは、少女の言葉で抑えられることになる。


「ねえ、貴方。下についたら、気をつけてほしいことがありますの」


「え、なに?」


「私の後ろを歩いてほしいのですわ」


 少年は首を傾げた。髪の毛が壁を掠り、慌てた少年は、掴んでいた手を離した。

 

 髪の毛を確認しながら、少年が問う。

 

「アチチ……ええっと、どうして?」


 少年の予想と反し、少女からの返事はすぐには返ってこなかった。

 どうしてだろう、と首を傾げようとして、はっとした。少年は慌てて、手で首を固定する。

 

 少年は、誰もいないのに独り言をしていた気分に陥った。

 呼吸音だけが、少女の存在を示している。

 

「ど、どうしたの?」


「……あらら、ごめんなさいね。話の続きをしましょう?」

 

「……えっと、怒ってる……?」


「いいえ? 大丈夫ですわ」


 少年は気づいた。少女の声が、軽く震えていることに。

 

 暗闇の中、お互いに顔も見えていない。どんな表情をしているのかさえ分からない。

 

 なにかやらかしたかな、と頭をかく少年を他所に、少女がまた、話し始めた。


「私は、この……裏側に入る権利を持っていますの。ですが、貴方は持っていない。ですから、私が呼んだお客さん、っていうつもりでいてほしいのですわ」


「なるほど……どういうことだ?」


「ふふふ。一応、関係者以外立入禁止、といった場所ですの」


「……え?」


 少女は何を言っているのか。たったひとつの単語が引っかかり、少年は目を丸くした。

 

「ですから、私のお客さんということに……」


「関係者……!?」


 何かあるな、何かあるなと少年は薄々分かっていた。しかしピントは合わなかった、少女の正体。

 

 突然の示唆に困惑する少年に、少女は優しく応える。


「ええ。残念ながら、私、良い子遊園地の関係者ですの……」


 何が残念だ、良いことじゃないか――少年はそう言いかけて、止めた。

 依然として、表情は分からない。声の方向と呼吸音以外、少女の存在を示すものはない。


 それでも、本当に残念だと思っている。少年には、そう聞こえた。


「そ、そうなんだ……」


「……」


 呼吸が苦しくなってきた頃、ようやく、エレベーターが止まった。キイキイと高い音を立てて、扉が開く。

 少年は目を見開いた。


 扉の向こうには、巨大な水無し水槽。

 その中で蠢く、巨大な物体。


 いや、違う。


 沢山の子供達(・・・)が、積み重ねられているのだ。


「な、なに、これ」


 少年は尻餅をつき、強張り震える体に支配された。


「……これが、良い子……いいえ、」


 淡々と、少女が言う。

 信じられない、と振り返った少年の目には、拳を握りしめる少女の姿がうつった。


「……ついてきて、くださる?」

 

 薄らとした笑顔さえも消えた、無表情の少女は、調節されていない機械音声のように、淡々と少年を誘う。

 

 少年は、首を横に振った。ひとりの子供と目が合った。誰かに似ている。少年は答えを探った。


 衝撃の中、回らない頭。それでも、答えは意外とすぐに降りてきた。

 

 ……楽園に招待されていないはずの、少年をいじめていたいじめっ子のうち一人に、酷似しているのだ。


「こ、これは、なに、なんなんだ」


「……これは、」


 唇を噛む少女を尻目に、少年は一人一人、子供達を認識していく。

 知らない顔がほとんどだった。知っている顔もちらほらあった。楽園内ですれ違っただけの子供も、いる。


 全員の姿がわかるわけではない。乱雑に、玩具箱に人形を詰め込んだように、子供達がひとつの集合体としてそこにいる。……ある。


 下の方は見えない。見えないが……ガラスにへばりついた色が、少年に嫌な現実を想像させた。


「これが、良い子を作るための、」


 ふと、少年は気づいた。ガラスの向こうから、沢山の濁った目が少年を見ていることに。

 濁りきっていない気持ちの悪い目から、完全に黒く濁った安心できる瞳までが共存して、少年を怯えさせる。


「……私に、ついてきて」


 少女に手を引かれ、少年は立ち上がった。

 子供たちの塊から目を離せないまま、どこに向かうかも知らないで、ただただ少女についていく。


 二人は、何も言わずに突き進む。道を曲がり、金属板を組み合わせてできたであろう通路を抜け、沢山の子供たちの視線を浴びながら、進み続ける。そして二人は、広く、暗い場所に出た。


 白衣を着た大人がたくさんいる。大人のうち一人が、少女に話しかけた。


「ようこそ、いらっしゃいました。おや、後ろの方はもしかして?」


「ふふふ、ごきげんよう。ええ。私の、一人目の従者ですわ」


「じ……」


 少女に睨まれ、少年は口を紡いだ。

 お客さんとして来ているんだ、と思い出し、少年は少女の背中に隠れた。


「おめでとうございます……と言いたいところですが、まだなのでしょう?」


「ふふふ。もう、確定事項でしてよ」


「そうですかそうですか……ところで、話は変わるのですが……」


 白衣の大人が、濁った目を見開いた。

 少年はどきりとした。濁った瞳が、少年を見定めている気がしたのだ。


 ただでさえ、言語化の難しい、一生物のトラウマを植え付けられた直後なのだ。少年の心には、余裕がなかった。

 広い地下空間の中で、小さな鋭い音が響き渡った。


「貴方様のお父上が、奥の部屋でお待ちです」


 鋭い音は、少年の目の前……少女の口元から、鳴っていた。


 それが舌打ちだと理解するまで、少し時間がかかった。


「……わかり、ましたわ。ええ。ですが、その前に。この、私の従者と、少しこの辺りを見学したいですわ」


 白衣の大人は、満面の笑みを浮かべた。

 少年の目には、その笑みは何の感情も纏っていないように見えた。


「どうぞどうぞ、ご自由に。では、貴方様のお父上に、伝えておきますね」


「ふふふ」


 会釈をして、白衣の大人は去っていった。息をつくまもなく、少女が走り出した。


「急ぎましょう、時間がなくなってしまいましたわ」


 困惑したままの少年は、言われるままに走り出した。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ