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良い子遊園地  作者: 鳥藍
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6/10

4.5日目 裏表のある遊園地


 土砂降りの中、二人の姿はメリーゴーラウンドの前にあった。

 少年は首を傾げた。良い子の基準に、何の関係があるのだろうか。

 

「どうしてここに?」


「ふふふ、見ていればわかりますわ……ちょっと持っていてくださる?」


「……わかった、待つよ」


 少女の言葉に従い、少年は土砂降りの下、ふたつの傘を掲げる。

 雨の中の良い子遊園地は新鮮で、その新鮮さを目に焼き付けるべく、少年はキョロキョロした。


 雨音の中の、一瞬の静寂。少年は、良い子遊園地の変化を見つけた。ひとつ、ふたつ、そして……。

 アトラクションの全てが動いていない、光っていない。それだけで大きな変化なのだが、少年が気づいた変化はそういった類のものではなかった。

 

 一晩で姿を変えてしまったのだろうか。昨日まで煌びやかだったメリーゴーラウンドは、錆びつき、色褪せてしまっている。見ているだけで乗るのも不安になるほど、くたびれた姿をしている。

 確かに、歴史ある良い子遊園地の遊具なのだから、おんぼろでもおかしくはない。だが、メリーゴーラウンドの変貌は、少年の心に深く刻み込まれた。


 少年の良い子遊園地での思い出は、このメリーゴーランドから始まった。そういっても過言ではない。

 それだけに、思い出を否定されたような気分になったのだ。


 現実を許容できない。ひとつの木馬を何度も確認する少女を眺めながら、少年は少しずつ、記憶を整理する。書き換えていく。

 記憶の限り、新品同様だったはずだが……。雰囲気に酔っていただけで、もともとおんぼろだったのだ、と少年は納得した。良い子は、起こった事に対してつべこべ言わない。


 ――少女を待つこと約五分、少年はしびれを切らした。

 

「今更なんだけどさ、何やってるの、それ」


「……ふふふ。答えは変わりませんわ。見ていれば、わかりますの」


 見ていればわかると言われても、現に何も起きていないではないか。メリーゴーラウンドが動く様子もなければ、誰か管理人のような人が来そうな気配もない。

 少年には、少女が何をするつもりなのか、皆目見当もつかない。

 

 突然、少女はひとつの木馬に跨った。


「……あ、ありましたわ! こっちにきてくださる?」


 少女に導かれるまま、少年は少女の元へ向かった。メリーゴーラウンドの床がぎしぎしと音を立て、少年の恐怖心を駆り立てる。


「あ、あったって、何が?」


 目が合ったその時、少年の耳元で、大きな音が鳴った。

 いや、実際には鳴っていない。ただ、衝撃が走ったのだ。


 少女が、明らかに震えていた。

 

「……ねえ、貴方。ひとつ、いえ、ふたつ。確認してもよろしくて?」


「え?」


 心音が加速する。体が震える。

 少年に呼応しようと、メリーゴーラウンドがガタガタと音を立てる。

 ボロボロの木馬の上から降ってくる、少女の輝く瞳に貫かれている。

 そんな錯覚に囚われ、少年は息をのんだ。


 緊張の最中、何を聞こうとしたのかも忘れてしまうほどに、少年の時間感覚は狂っていく。


「これは……これは、お友達としての忠告ですわ」


 ゆっくりと、少女は話し始めた。


「ここから先へ行ったら、もう戻れませんの」


「……?」


 柔らかく、でも自信満々な印象を与える少女。そんな少女の声が震えていることに、少年は気づいた。


「もしかしたら、いつかは行く事になるかもしれない場所ですわ。ですが……今じゃなくても、いい場所ですの」


「……まって」


 何の話か、少年にはわからない。恐怖ではない。ただただ、困惑した。


「まだ、子供のままでいい。まだ、大人になる必要はないの」


「いやあの、だから、」


「まだ、良い子でいたいなら。ついてこないことを、何も知らないままでいることを、お勧めしますの」


「……良い子でいたいなら?」


 少年の心の中から、少しの間忘れていた、忘れかけていた疑問が吹き出した。

 ――良い子って、なんだっけ。


「私の瞳にうつる貴方は、確かに良い子ですわ。私とは違う、純粋な良い子。貴方なら、一生、この先へ行かなくてもいいでしょう」


「……何の話かわかんないけど、僕、褒められてるの?」


「……ええ。その通りですわ」


 少年は頭を掻いた。先程から、少女が何を言いたいのかわからない。

 だが、謎の、そして劇的な感情の渦は、少年の心に届いている。

 

「この先へ行ったら、おそらく、いえ、確実に。貴方は、今の貴方ではいられなくなりますの」


「へ、へえー?」


「それでも……行きますの?」


 少年は、悩むフリをした。

 少女がこれだけ訴えかけてくれているのだ。内容がどんなものかわからなくても、しっかり考えなければならない。良い子として。


 しかし、少年の答えは既に決まっていた。


「勿論。知りたいって、我儘を言ったのは僕だからね」


「……お友達がお友達じゃなくなるのは、私が耐えきれませんのに」


 薄らと涙を浮かべる少女。

 少年には、わからない。


「ごめんね、君の事まで考えてなかった。……でも。そうだとしても、僕は知りたい」


「……」

 

「ね、ねえ、お願い」


「……」


 弱ったな、と少年は頭を抱えた。

 友達など、百害あって一利なし。そう思って生きてきた少年には、友達がいる喜びも、友達を失う恐怖も知らなかった。


 少女の言いたいことも、情報としてしか伝わらない。


「……ひとつ、約束してくださる?」


「え?」


「これからも、これからも……」


 言い淀み、首を振る少女。黒い服のレースが、ひらひらと舞った


「これからもずっと、お友達で……」


 少年は驚いた。何故そこまで友達の存在に執着するのか。

 

 あたりが暗くなっていく。お互いの顔も、見えないほどに。


「……わかった。約束する」


 約束などと、そう簡単に言ってはいけない。良い子は、約束を破らない。

 だから少年は、約束を避けてきた。友達と同じように。

 

 それは、本心からの、約束だった。

 少女が微笑んだ、そんな気がした。

 

 日が沈んでしまったのだろう。雨雲越しに薄らと照らしていた光も無くなり、あたり一面、真っ暗に染まった。

 何も見えない。聞こえるのは、激しい雨が地面を叩く音だけ。


 暗闇の中の浮遊感の中で、少年は手を掴まれた。


「え、え、だれ、」


「ふふふ。私ですわ。落ち着いてくださる?」


 少年はほっとした。……ほっとした?

 少年が疑問を持つ間もなく、少女の声が響いた。


「ふふふ。ちょっと揺れますわ」


 間もなく、あたりが揺れ始めた。錆びた金属が悲鳴をあげて、上の方から警報が響く。

 少年は、掴んでいる少女の手だけを信じて、揺れが収まるのを待った。


 暗闇の中に、一筋の光が伸びた。光が溢れる隙間は徐々に広くなっていき、あたりを照らす。

 揺れが収まる頃には、眩しいくらい光を放つ、エレベーターのような装置が、メリーゴーラウンドの真ん中の柱に現れていた。

 

「……ふふふ。行きましょうか、良い子遊園地の裏側へ」


 少女に手を引かれるまま、少年はエレベーターに乗り込んだ。

 

 ふたりを乗せたエレベーターは、ゆっくりと降下を始めた。

 


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