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良い子遊園地  作者: 鳥藍
4/10

3日目 実感のない遊園地


 遊園地の入口の前で、少年は花占いをしていた。明日の天気や、次にじゃんけんで出す手。


 花占いをする理由は特にない。少年はただ、待っていた。


 まだ日が昇る前、薄暗い良い子の楽園。少年は早く起きすぎたのだ。


 少年は、脱出ゲームを特に楽しみにしていた。目が冴えてしまうほどに。

 

 良い子遊園地の中で最も人気なアトラクションが、脱出ゲームである。

 最低六人でグループを組み、協力してそれぞれの部屋の課題をクリアしていく。


 あまりにも人気なため、良い子遊園地の入場チケットの枚数によって、入場制限が行われている。

 チケットを五枚持つ少年は、三日目以降しか脱出ゲームに参加できないが、三日目以降に六人以上が集まること自体不可能に近い。


 そのため、楽園到着前から、少年はあきらめていた。

 

 だから、優しそうな子に誘われたとき、少年は跳びあがりそうなほどに喜んでいた。


 しかし。少年は脱出ゲームをやりたいとも言わず、跳びあがって喜ぶこともしなかった。


 少年の思い描く良い子は、そんなことしない。良い子でいなければいけない。良い子でいなければ、楽園を楽しむことはできない。


 少年はただ、開園を待ち続けた。


 ただただ、待ち続けた。



「え~? 起きるの早いね~、君、すごいなあ~」


 日が昇り、少し経った頃。

 優しそうな子が、少年の知らない三人を連れてやってきた。

 濁った目をした彼らの、統率のとれた動きは、まるで何年も練習し続けたダンスチームかのようだった。


「……や、やあ、おはよう、みんな。すごいね、動きがぴったりで」


「あはは~、ありがとう~。なぜかできちゃったんだ~」


「そ、そう」


 少年は違和感を感じた。


「……いや、」


 違和感は、なかったことにした。

  良い子は差別をしない。差別だ、これは。


 少年は頭を掻き、濁った目の彼らから距離を取り、違和感の元凶を待つ。やけに静かな集団は、少年の中に残らなかった。


 間もなくして、少女がやってきた。


「あらら? 私が最後でしたの。ごめんなさいね」


「あ……」


 少年は気付いた。目が違うんだ。違和感の正体は、落ち着かなさの正体は。瞳だったのだ。


 安心できる者たちと違い、少女の瞳は光を宿していた。なぜ気づかなかったのか、と疑問を残しながらも、少年は胸をなでおろした。


「お~、全員そろったね~。今日はなんか、ルール説明とかも無しに入っていいみたいだから~、さっそく行こうか。脱出ゲームに~!」


「……やったあ」


 脱出ゲームの受付には、一人、頭からインクをかぶったような恰好の大人が立っていた。一滴一滴、滴り落ちる赤は、脱出ゲームになんの関係があるのだろうか。


 少年たちに気付いたのだろう、赤をまき散らしながら振り向いた大人は、口角をあげて手を合わせた。


「やあやあ皆さーん、お早いお着きでえ~。では~? ルール説明のほうをさせていただきますねえ~?」


「よろしく~おねがい~します~」


「……おねがい、します」


 ルール説明は一瞬で終わった。


 それぞれの部屋の問題を解いて、脱出しろ。怪我をしない範囲なら何をやってもいい。ただそれだけだった。


「え、そ、それだけ?」


「そうで~す。それだけで~す」


「そ、そっか。わかった」


 満足した様子で、大人は、危険そうなスイッチを取り出した。


「では、脱出ゲーム、スタートで~す!」


 少年を襲う浮遊感。少し遅れて、景色が上に流れていく。少年が、床がなくなったんだと気づくまでに、少々時間を要した。


 落ちた先は、薄暗い部屋だった。少年が過去にテレビで見た監獄のような雰囲気、ただしじめじめはしていない。


 少年があたりを見渡すと、捨てられた人形のように倒れたまま動かない、目の濁った三人と、衣服の乱れもなく平然と立っている少女が視界に入った。

 優しそうな子の姿はない。

 

「あれれ、あの子はどこ……?」


 不安に駆られる少年を裏切る、気の抜けた声が、少女の足元から聞こえた。

 

「ここ~、ここだよ~」


「ふふふ。クッションにしてしまいましたの」


「……え? ねえ、どいてあげたほうがいいんじゃない……?」


「あはは~、大丈夫大丈夫。面白いね~、君は」


 少年は目を白黒させた。人を踏みつけて謝りもしない少女と、踏みつけられても全く怒らない、それどころか少年自身の認識を面白いという、優しそうな子。異様な光景だ。


 急に別の国に迷い込んだかのような疎外感に顔を背け、頭を押さえる。良い子は動揺しない、良い子は動じない、と言い聞かせ、少年は深呼吸した。


「……疑問は山積みだけど、とりあえず脱出ゲームを楽しもっか……」


 他人のことを考えてもきりがない。そして意味もない。せっかくのアトラクションだ、楽しまないといけない。

 少年は立ち上がり、独房のような部屋の扉に近づいた。


 簡単な計算問題を解き、工夫が必要なアスレチックを強引に突破し、ギリギリ手が届く壁をよじ登り、少年たちはどんどん進んでいく。

 泥に手を突っ込み、時間も忘れ、夢中になって走り回る。


 そして、楽しさに浸る間もなく、脱出ゲームは終わった。終わってしまった。



「あれ……? こんなもんか……」


 なんの抵抗もなく、建物から出てしまった。


 あっさりと、他の子たちと別れてしまった。


 気付けば、広い屋外で、少女と二人きりになってしまった。


 少年の頭の中を、何かが駆け巡る。

 確かに楽しかったはずだ。時間の感覚も無くなってしまうほど。だが、それでも――。

 少年は、その考えを押し殺す。良い子は、必要以上に望まない。良い子でいないといけない。


 夕焼けの映える楽園が、脱出ゲームを物語る。少年が目を閉じると、アスレチックの一つが鮮明に浮かんでくる。腕についた泥が、なぞ解きを思い出させてくれる。


 しかし。


「なんか、あっさり……」


「ふふふ。まだ、遊び足りないですわ。行きましょ?」


「……」


「あらら? うーん、私、もう一度メリーゴーラウンドにのりたいですわ! ね、行きましょう?」


「……わかったよ」


 少女に手をひかれるままに、少年は走り出した。


 通りがかった噴水に映る、輝く瞳と目を合わせながら。


 


 読んでいただき、ありがとうございます。


 引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。


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