3日目 実感のない遊園地
遊園地の入口の前で、少年は花占いをしていた。明日の天気や、次にじゃんけんで出す手。
花占いをする理由は特にない。少年はただ、待っていた。
まだ日が昇る前、薄暗い良い子の楽園。少年は早く起きすぎたのだ。
少年は、脱出ゲームを特に楽しみにしていた。目が冴えてしまうほどに。
良い子遊園地の中で最も人気なアトラクションが、脱出ゲームである。
最低六人でグループを組み、協力してそれぞれの部屋の課題をクリアしていく。
あまりにも人気なため、良い子遊園地の入場チケットの枚数によって、入場制限が行われている。
チケットを五枚持つ少年は、三日目以降しか脱出ゲームに参加できないが、三日目以降に六人以上が集まること自体不可能に近い。
そのため、楽園到着前から、少年はあきらめていた。
だから、優しそうな子に誘われたとき、少年は跳びあがりそうなほどに喜んでいた。
しかし。少年は脱出ゲームをやりたいとも言わず、跳びあがって喜ぶこともしなかった。
少年の思い描く良い子は、そんなことしない。良い子でいなければいけない。良い子でいなければ、楽園を楽しむことはできない。
少年はただ、開園を待ち続けた。
ただただ、待ち続けた。
「え~? 起きるの早いね~、君、すごいなあ~」
日が昇り、少し経った頃。
優しそうな子が、少年の知らない三人を連れてやってきた。
濁った目をした彼らの、統率のとれた動きは、まるで何年も練習し続けたダンスチームかのようだった。
「……や、やあ、おはよう、みんな。すごいね、動きがぴったりで」
「あはは~、ありがとう~。なぜかできちゃったんだ~」
「そ、そう」
少年は違和感を感じた。
「……いや、」
違和感は、なかったことにした。
良い子は差別をしない。差別だ、これは。
少年は頭を掻き、濁った目の彼らから距離を取り、違和感の元凶を待つ。やけに静かな集団は、少年の中に残らなかった。
間もなくして、少女がやってきた。
「あらら? 私が最後でしたの。ごめんなさいね」
「あ……」
少年は気付いた。目が違うんだ。違和感の正体は、落ち着かなさの正体は。瞳だったのだ。
安心できる者たちと違い、少女の瞳は光を宿していた。なぜ気づかなかったのか、と疑問を残しながらも、少年は胸をなでおろした。
「お~、全員そろったね~。今日はなんか、ルール説明とかも無しに入っていいみたいだから~、さっそく行こうか。脱出ゲームに~!」
「……やったあ」
脱出ゲームの受付には、一人、頭からインクをかぶったような恰好の大人が立っていた。一滴一滴、滴り落ちる赤は、脱出ゲームになんの関係があるのだろうか。
少年たちに気付いたのだろう、赤をまき散らしながら振り向いた大人は、口角をあげて手を合わせた。
「やあやあ皆さーん、お早いお着きでえ~。では~? ルール説明のほうをさせていただきますねえ~?」
「よろしく~おねがい~します~」
「……おねがい、します」
ルール説明は一瞬で終わった。
それぞれの部屋の問題を解いて、脱出しろ。怪我をしない範囲なら何をやってもいい。ただそれだけだった。
「え、そ、それだけ?」
「そうで~す。それだけで~す」
「そ、そっか。わかった」
満足した様子で、大人は、危険そうなスイッチを取り出した。
「では、脱出ゲーム、スタートで~す!」
少年を襲う浮遊感。少し遅れて、景色が上に流れていく。少年が、床がなくなったんだと気づくまでに、少々時間を要した。
落ちた先は、薄暗い部屋だった。少年が過去にテレビで見た監獄のような雰囲気、ただしじめじめはしていない。
少年があたりを見渡すと、捨てられた人形のように倒れたまま動かない、目の濁った三人と、衣服の乱れもなく平然と立っている少女が視界に入った。
優しそうな子の姿はない。
「あれれ、あの子はどこ……?」
不安に駆られる少年を裏切る、気の抜けた声が、少女の足元から聞こえた。
「ここ~、ここだよ~」
「ふふふ。クッションにしてしまいましたの」
「……え? ねえ、どいてあげたほうがいいんじゃない……?」
「あはは~、大丈夫大丈夫。面白いね~、君は」
少年は目を白黒させた。人を踏みつけて謝りもしない少女と、踏みつけられても全く怒らない、それどころか少年自身の認識を面白いという、優しそうな子。異様な光景だ。
急に別の国に迷い込んだかのような疎外感に顔を背け、頭を押さえる。良い子は動揺しない、良い子は動じない、と言い聞かせ、少年は深呼吸した。
「……疑問は山積みだけど、とりあえず脱出ゲームを楽しもっか……」
他人のことを考えてもきりがない。そして意味もない。せっかくのアトラクションだ、楽しまないといけない。
少年は立ち上がり、独房のような部屋の扉に近づいた。
簡単な計算問題を解き、工夫が必要なアスレチックを強引に突破し、ギリギリ手が届く壁をよじ登り、少年たちはどんどん進んでいく。
泥に手を突っ込み、時間も忘れ、夢中になって走り回る。
そして、楽しさに浸る間もなく、脱出ゲームは終わった。終わってしまった。
「あれ……? こんなもんか……」
なんの抵抗もなく、建物から出てしまった。
あっさりと、他の子たちと別れてしまった。
気付けば、広い屋外で、少女と二人きりになってしまった。
少年の頭の中を、何かが駆け巡る。
確かに楽しかったはずだ。時間の感覚も無くなってしまうほど。だが、それでも――。
少年は、その考えを押し殺す。良い子は、必要以上に望まない。良い子でいないといけない。
夕焼けの映える楽園が、脱出ゲームを物語る。少年が目を閉じると、アスレチックの一つが鮮明に浮かんでくる。腕についた泥が、なぞ解きを思い出させてくれる。
しかし。
「なんか、あっさり……」
「ふふふ。まだ、遊び足りないですわ。行きましょ?」
「……」
「あらら? うーん、私、もう一度メリーゴーラウンドにのりたいですわ! ね、行きましょう?」
「……わかったよ」
少女に手をひかれるままに、少年は走り出した。
通りがかった噴水に映る、輝く瞳と目を合わせながら。
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