第85話 戦わずして決する頂点。国王の承認と世界に誓う愛の宣言
王都の巨大コロシアムは、異様なまでの静寂と熱狂が入り混じる独特の空気に包まれていた。
準決勝で僕が見せた重力操作の圧倒的な力の余韻が、観客たちの興奮を臨界点にまで引き上げていたのだ。
「さあ、いよいよ合同魔法闘技大会、決勝戦の開始です!」
実況の魔導放送がコロシアム全体に響き渡る。
「圧倒的な力で勝ち上がってきた王国代表チームに対するは、強豪ひしめく別ブロックを勝ち抜いた神聖公国代表チームです!」
闘技場の中央には、僕たち王国代表チームと、白銀の魔導鎧に身を包んだ神聖公国の精鋭たちが向かい合って立っていた。
僕はいつものように、最後方に配置したアンティーク調の椅子に腰掛けている。
僕の周囲には、黄金の闘気を纏うリズ、桜色の剣気を放つサクラ、深紅の炎を操るシャルロット、絶対零度の冷気を漂わせるベアトリス、そして無機質な瞳で周囲を警戒するマシロが陣形を組んでいた。
五人の乙女たちが放つ規格外のプレッシャーは、闘技場の空気をビリビリと震わせている。
「審判、開始の合図を!」
実況の声に応え、審判が開始の旗を高く振り上げようとした。
その瞬間だった。
「待ってくれ!」
神聖公国チームのリーダーが、悲痛な叫び声を上げて両手を高く掲げた。
彼は身につけていた白銀の杖を石畳の上に放り投げ、深く頭を下げたのだ。
「我々神聖公国代表チームは、この試合を棄権する!」
コロシアム中が大きなどよめきに包まれた。
「き、棄権だと!?」
「決勝戦だぞ!戦わずして逃げるというのか!」
観客席から驚きと非難の声が上がるが、神聖公国のリーダーは青ざめた顔を上げて首を横に振った。
「準決勝でのあの凄まじい重力魔法を見て、まだ勝てると思う者がいるなら連れてきてみろ!」
リーダーの悲痛な叫びが、魔導スピーカーを通じて会場に響き渡る。
「あの方々は、もはや人間の枠を超越した生ける伝説だ。神の如き力を持つ存在に武器を向けるなど、神聖公国の教えにも反する。我々は、あの方々の圧倒的な力の前に完全なる敗北を認める!」
彼らは全員で深々と平伏し、僕たちに対する最大級の敬意と降伏の意思を示した。
僕たちを侮っていた他国のエリートたちが、ついに戦うことすら放棄して平伏したのだ。
それは、辺境の落ちこぼれと蔑まれていた僕たちが、世界最強の座を完全に確立した瞬間だった。
「……勝者、王国代表チーム!」
長い沈黙の後、審判が絞り出すような声で優勝を宣言した。
その直後、コロシアムが爆発するような大歓声と拍手喝采に包まれた。
空には色鮮やかな魔法の花火が打ち上がり、紙吹雪が闘技場を舞う。
「ふふっ、当然の結果ですわね」
シャルロットが優雅に扇子を開き、誇らしげに微笑んだ。
「私の計算通りですわ。彼らの戦力差分析システムが正常に機能した証拠です」
ベアトリスが眼鏡を押し上げ、満足げに頷く。
「うむ!主君の偉大さが世界に知れ渡ったな!」
サクラが嬉しそうに刀を鞘に収める。
「やっぱりアレンは世界一かっこいいよ!」
リズが駆け寄ってきて、僕の腕にぎゅっと抱きついた。
「管理者様の精神状態、極めて良好です。勝利の喜びという感情データを蓄積中」
マシロも僕のもう片方の腕に抱きつき、青い瞳を輝かせている。
僕が五人に囲まれて苦笑いしていると、闘技場の特別ゲートが開き、煌びやかな衣装を纏った一団がフィールドへと足を踏み入れてきた。
先頭を歩くのは、王国の頂点に立つ国王陛下、つまりシャルロットの父親だった。
「お父様!」
シャルロットが驚きの声を上げる。
国王は近衛兵を引き連れて僕たちの前までやってくると、威厳に満ちた顔に満面の笑みを浮かべた。
「見事であった、アレン・ログレーよ!」
国王のよく通る声が、コロシアム中に響き渡る。
「そなたたち王国代表の活躍は、我が国の威信を世界に知らしめた。その類まれなる力と功績を讃え、約束通りログレー領に隣接する広大な未開拓地を、そなたに永久譲渡しよう!」
国王の言葉に、観客席から再び割れんばかりの歓声が上がる。
僕が思い描いていた、究極の農業スローライフのための巨大な生活基盤が、ついに正式に僕のものとなったのだ。
「ありがとうございます、陛下。大切に開拓させていただきます」
僕が深く頭を下げると、国王は鷹揚に頷き、さらに大きな声で宣言した。
「そして、もう一つ!世界を救い、この大会で頂点に立った英雄たるそなたに、我が愛娘シャルロットの降嫁を正式に認めよう!二人の婚約を、ここに世界に向けて発表する!」
国王の爆弾発言に、コロシアムの熱狂は頂点に達した。
「お父様……!ありがとうございますわ!」
シャルロットが感極まった顔で僕に飛びつき、強く抱きしめてきた。
「アレン様、これで私たちは晴れて公認の仲ですわ。これからは王国の未来のため、そして私たちの愛の巣のために、永遠に共に歩んでいきましょう!」
彼女の情熱的な言葉と、その瞳に浮かぶうっすらとした涙に、僕の心も温かく満たされていく。
だが、感動的な空気に包まれた闘技場の中央で、ピキィィィィンッという空気が凍りつく音が響いた。
「……ちょっとお待ちになって、国王陛下」
絶対零度の冷気を漂わせながら、ベアトリスが一歩前に出た。
「シャルロット殿下だけが抜け駆けするなど、私の計算式には断じて含まれておりませんわ。アレン様への貢献度と、今後の領地経営における商会のバックアップを考慮すれば、私も正妻として迎えられるべきです」
「ベアトリスの言う通りだぞ!某もヤマトの武人として、一生主君の背中を守り抜くと誓ったのだ!主君の妻の座は譲れぬ!」
サクラが桜色の剣気を立ち昇らせ、力強く主張する。
「ちょっとシャルロットちゃん、ずるいよ!前世からずっと一緒にいる私が、アレンの一番のお嫁さんになるんだからね!」
リズが黄金の闘気を爆発させ、僕の腕をシャルロットから引き剥がそうとする。
「論理的な異議を申し立てます。システム管理者であるアレン様との感情学習を継続するためには、私も法的な配偶者として登録されることが最も効率的です」
マシロが無表情のまま、凄まじい魔力光を放ちながら僕の背中に張り付いた。
国王の公認プロポーズ宣言から一転、世界中が注目する闘技場の中央で、僕の四人の花嫁候補たちとマシロによる、かつてない規模の正妻戦争が勃発してしまったのだ。
国王は突然の修羅場に目を丸くし、観客たちは固唾を飲んで事の成り行きを見守っている。
「もう、みんな落ち着いて!」
僕は五人の争いを制止するため、少しだけ大きな声を出した。
彼女たちは一斉に動きを止め、不安そうな瞳で僕を見つめてきた。
誰を選ぶのか。
世界中が注目する中、僕は大きく息を吸い込み、自分の心に嘘偽りのない、たった一つの答えを口にした。
「僕は、シャルロットも、ベアトリスも、サクラも、リズも、マシロも……みんなのことが心の底から大好きなんだ」
僕の言葉が、魔導スピーカーを通じてコロシアム中に響き渡る。
「誰か一人なんて選べない。みんながいてくれたから、僕はここまで生きてこられた。だから……」
僕は真っ赤に染まった顔を隠すことなく、堂々と前を向いて宣言した。
「僕が、全員を幸せにする!みんな、僕のお嫁さんになってくれ!」
その瞬間、世界が完全に静止したような沈黙が流れた。
王国の英雄による、世界中を巻き込んだ前代未聞の全員へのプロポーズ宣言。
一瞬の静寂の後、コロシアムは今日一番の、いや、歴史上類を見ないほどの凄まじい大歓声と祝福の嵐に包まれた。
「アレン様……っ!」
シャルロットが涙を流して僕の胸に飛び込んでくる。
「本当に、計算外ばかりするお方ですわ……でも、その答えが最高の最適解です」
ベアトリスが眼鏡を外し、涙を拭いながら微笑む。
「うむ!主君の大きすぎる愛、某が全身で受け止めてみせるぞ!」
サクラが満面の笑みで僕の背中に抱きつく。
「アレンのバカ……大好きだよ、ずっとずっと一緒にいようね!」
リズが僕の首に腕を回し、顔をすり寄せてくる。
「システムに『永遠の愛』を正式登録しました。アレン様、これからもよろしくお願いします」
マシロが初めて見せたような、無垢で純粋な極上の笑顔を向けてくれた。
僕は五人の愛する少女たちを優しく抱き寄せ、その温もりを確かに噛み締めた。
もう、誰も失わない。
運命の強制力にも、他国の脅威にも屈しない、僕たちが勝ち取った絶対的な未来。
「さあ、帰ろう。僕たちの新しい家へ」
僕がそう言うと、五人は一斉に力強く頷いた。
大歓声と祝福の花吹雪が舞う中、僕たちは闘技場を後にした。
世界を裏側から統べる孤独な反逆者は、最高の家族と共に、穏やかで騒がしい究極のスローライフへと向かって歩み始めたのだった。




