第86話 開拓地での新たな日常とウェディングドレス。世界を統べた英雄の極上スローライフ
王都での熱狂的な合同魔法闘技大会から、早くも数ヶ月の月日が流れた。
僕たちは無事に王立魔法学園の全課程を修了し、卒業式を終えたその足で、故郷である辺境のログレー領へと帰還を果たしていた。
国王陛下から正式に永久譲渡された広大な未開拓地は、今や見渡す限りの豊かな大農園へと姿を変えている。
僕の現代科学チートによる地質改良と、マシロの完璧な環境制御システムが融合した結果、この土地は世界で最も安全かつ実り豊かな楽園となったのだ。
農園の中央には、以前にみんなで基礎を組み上げた巨大なログハウスが、立派な豪邸として完成している。
春の穏やかな陽射しが降り注ぐ広い庭先で、僕は自慢の農作物の状態を確認していた。
「アレン、冷たいお茶を持ってきたよ」
麦わら帽子を被ったリズが、黄金色の髪を風に揺らしながら満面の笑みで駆け寄ってきた。
「ありがとう、リズ。ちょうど喉が渇いていたところなんだ」
僕がグラスを受け取ると、リズは背伸びをして僕の額に浮かんだ汗をタオルで優しく拭ってくれた。
前世からの幼馴染であり、最強の剣聖でもある彼女は、今こうして僕の隣で平和な農作業を楽しんでくれている。
「今年の小麦も凄く良い出来だね。これなら、美味しいパンが毎日焼けそうだよ」
リズが黄金色に輝く麦畑を見渡しながら、嬉しそうに目を細めた。
「ああ。リズがいっぱい食べる分も、余裕で賄えるはずさ」
僕が冗談めかして言うと、リズは頬を膨らませて僕の腕に軽くポカポカと拳を当ててきた。
「もう、私を食いしん坊みたいに言わないでよ」
そんな微笑ましいやり取りをしていると、ログハウスの大きな窓が開き、シャルロットが優雅に顔を出した。
「アレン様、リズ。そろそろおやつの時間にいたしますわよ」
王女であるシャルロットは、今ではすっかりこの辺境の開拓生活に馴染んでいた。
動きやすいワンピース姿でありながら、その気品と美しさは全く失われていない。
「シャルロット殿下のお手製クッキーと、私が厳選した最高級の紅茶を用意してありますわ」
窓の奥から、ベアトリスが眼鏡を輝かせながら声をかけてくる。
「うむ!某もコンたちと一緒に、美味しい果実をたくさん収穫してきたぞ!」
サクラが大きな籠を抱え、獣人族のキツネ耳少女であるコンと共に元気に手を振っている。
「管理者様の疲労度を計算し、最も回復効率の高い糖分と水分の配合を完了しました」
マシロが無表情のまま、しかしその青い瞳には確かな温もりを宿して、みんなの後ろからひょっこりと顔を覗かせた。
僕の愛する五人の花嫁たち。
運命の強制力という世界の危機を乗り越え、僕がこの手で勝ち取った最高の家族だ。
「今行くよ。みんなで一緒にお茶にしよう」
僕はリズと手を繋ぎ、笑顔が溢れる愛の巣へと歩みを進めた。
広いリビングのテーブルには、色とりどりのお菓子と紅茶が並べられ、賑やかなお茶会が始まった。
コンがサクラの膝の上で美味しそうにクッキーを頬張る姿を見て、僕たちは自然と顔を綻ばせる。
「そういえば、王都からドレスのカタログが届いておりましたわよ」
紅茶を一口飲んだ後、シャルロットが思い出したように分厚い冊子をテーブルに広げた。
「お父様からの承認も得ておりますし、そろそろ私たちの結婚式の具体的なスケジュールを組まなければなりませんわ」
その言葉が出た瞬間、テーブルの空気がパッと華やかなものに変わった。
「結婚式……!ついに、アレンの本当のお嫁さんになるんだね」
リズが目を輝かせ、カタログのページを食い入るように見つめる。
「私の計算によれば、王都の大聖堂を貸し切り、諸外国の要人を招くとなれば、半年前からの緻密な準備が必要ですわ」
ベアトリスが手帳を取り出し、凄まじい速度で予算とスケジュールの計算を始める。
「待つが良い!ヤマトの伝統的な白無垢という衣装も、絶対に捨てがたいぞ!某は主君と三々九度の盃を交わしたいのだ!」
サクラがカタログの別紙に挟まれていたヤマト風の衣装を指差して熱弁を振るう。
「マシロはシステムAIですが、アレン様との永遠の愛を誓うため、最も抱き心地の良い純白のドレスを論理的に選定します」
マシロが真剣な表情で、ドレスの素材についての解析結果を空中にホログラムで展開し始めた。
「みんな、そんなに慌てなくても時間はたっぷりあるよ」
僕は苦笑いしながら、熱を帯びていく五人の議論を優しく宥めた。
「王都での大規模な式もいいけれど、このログハウスの庭で、獣人族のみんなや親しい人たちだけを呼んで、手作りの温かい式を挙げるのも良いかもしれないね」
僕が提案すると、五人は顔を見合わせて一斉に微笑んだ。
「アレン様らしい、とても素敵な提案ですわ。見栄を張るよりも、私たちの心が一番安らぐ場所で誓いを立てたいですわね」
シャルロットが僕の手にそっと自分の手を重ねてくる。
「ええ。アレン様の望むスローライフの第一歩として、最高の計算式を導き出してみせますわ」
ベアトリスがもう片方の手を優しく握りしめた。
「アレンとなら、どんな結婚式でも世界一幸せだよ」
リズが僕の肩に頭を乗せ、甘えるようにすり寄ってくる。
「うむ!美味しいご飯がたくさんある結婚式にするぞ!」
サクラが元気よく宣言し、コンも一緒になって万歳をした。
「アレン様、私の胸の奥がまた温かくなっています。これが、幸せという感情の究極系なのですね」
マシロが僕の頬にそっと触れ、花が綻ぶような極上の笑顔を見せてくれた。
僕は五人の愛しい乙女たちに囲まれながら、これ以上ないほどの多幸感に包まれていた。
夕暮れ時、僕は一人でログハウスの広いバルコニーに出て、オレンジ色に染まる広大な農園を眺めていた。
吹き抜ける風は心地よく、この世界が完全に平和になったことを教えてくれている。
「アレン様」
ふと、背後から甘い香りが漂い、シャルロットが隣に並んで夜風に髪を揺らした。
続いて、リズ、サクラ、ベアトリス、マシロもバルコニーに集まり、僕を取り囲むようにして夕日を見つめた。
「本当に、夢みたいな景色だね」
リズが呟くと、僕は深く頷いた。
「ああ。でもこれは夢じゃない。僕たちが力を合わせて、絶対に諦めなかったから手に入れられた現実だ」
僕はゆっくりと振り返り、五人の瞳を順番に見つめた。
「これからもずっと、僕の隣で笑っていてほしい。僕が必ず、みんなを世界で一番幸せにするから」
僕の素直な想いを伝えると、五人は一斉に頬を赤く染め、瞳に薄っすらと涙を浮かべた。
僕はそっと手を伸ばし、一番近くにいたリズの頬を包み込み、優しく唇を重ねた。
続いてシャルロット、ベアトリス、サクラ、マシロにも、等しく愛を込めた口付けを贈る。
それは、言葉以上に深く、魂に刻み込まれる永遠の誓いだった。
「愛していますわ、アレン様」
シャルロットの囁きに、他の四人も同調するように微笑む。
平和なスローライフは、まだ始まったばかりだ。
しかし、僕の左腕の天界の端末が、微かに緑色の光を瞬かせた。
それはエラーの警告ではなく、未だ見ぬ遥か彼方の新大陸からの、未知の魔力波長の感知だった。
「……どうやら、世界はまだまだ広いみたいだね」
僕が呟くと、五人の花嫁たちは顔を見合わせ、楽しそうに笑い声を上げた。
「アレン様の行くところなら、地の果てまでもついていきますわよ」
愛する家族と共に過ごす、騒がしくも極上の日常。
世界を統べた英雄の新たな冒険の予感をはらみながら、僕たちの果てしないスローライフは、輝かしい未来へと続いていくのだった。
~第一部 完~




