第84話 禁断の魔導具と絶対者の歩み。愚かなる首席を平伏させる重力の支配
王都の巨大コロシアムに、準決勝の開始を告げるファンファーレが高らかに鳴り響いた。
観客席の熱狂は、すでに最高潮に達している。
「さあ、いよいよ準決勝の第一試合です!」
実況の声が魔導スピーカーを通じてコロシアムを震わせた。
「圧倒的な力で勝ち上がってきた王国代表チームに対するは、優勝候補筆頭の帝国代表チームです!」
闘技場の中央には、すでに僕たち王国代表チームと、レオンハルト率いる帝国チームが向かい合って立っていた。
僕はもちろん、最後方に配置したアンティーク調の椅子に優雅に腰掛けている。
僕の左右には、前衛としてリズとサクラが剣を構え、シャルロットとベアトリス、そしてマシロが僕の周囲を固めていた。
対するレオンハルトの顔色は、もはや死人のように土気色に変色していた。
彼の膝はガクガクと震え、手にした見事な装飾の杖すらまともに構えられていない。
逃亡を企てていたところを、取り巻きたちに無理やりフィールドへと引きずり出されてきたのだろう。
「レオンハルト様、ついに我々の真の力を見せつける時が来ましたぞ!」
何も分かっていない取り巻きの一人が、威勢よく声を張り上げる。
「あんな女子供のチームなど、帝国の誇る最大魔法で一瞬にして灰にしてやりましょう!」
その言葉を聞いて、レオンハルトはビクッと肩を跳ねさせた。
「う、うるさい……黙れ……!」
レオンハルトは血走った目で僕たちを睨みつけ、懐から不気味な赤黒い光を放つ球体を取り出した。
「こうなったら、出し惜しみはしない……帝国の技術の結晶、この『魔力吸収の宝珠』を使ってやる!」
「審判、開始の合図を!」
レオンハルトが叫ぶと、審判は戸惑いながらも旗を振り下ろした。
「準決勝、開始っ!」
その瞬間、レオンハルトは手にしていた宝珠を高く掲げ、自身の魔力を限界まで注ぎ込んだ。
「ははははっ!これで終わりだ!」
宝珠から放たれた赤黒い波動が、闘技場全体を瞬く間に覆い尽くした。
「なっ……魔力が、吸い取られていく……!?」
リズが驚きの声を上げ、纏っていた黄金の闘気がシュウシュウと音を立てて霧散していく。
「わたくしの炎が……消えてしまいますわ!」
「計算外です……空間の魔力濃度が、強制的にゼロに固定されていますわ!」
シャルロットの炎の杖から火の粉が消え、ベアトリスの展開していた氷の防壁も水となって崩れ落ちた。
サクラの桜色の剣気すらも、完全に封じ込められてしまっている。
「警告。広範囲における魔力の強制吸収フィールドを検知しました」
マシロが無表情のまま、状況を正確に分析する。
「これは規定違反の魔導具です。対象はルールを無視し、反則行為に及んでいます」
「はーっはっはっはっ!」
レオンハルトが狂ったように高笑いを上げ、闘技場に響き渡らせた。
「見たか、これが帝国の力だ!いかに強大な魔法を持っていようと、魔力そのものを奪われればただの無力な小娘にすぎない!」
彼は再び強気な態度を取り戻し、僕たちを嘲笑する。
「おい、アレン・ログレー!後方で偉そうに茶を飲んでいるお前も、もはや何の役にも立たない支援職のゴミだ!」
レオンハルトは宝珠を掲げたまま、下劣な笑みを浮かべて一歩前へ出た。
「お前のその生意気な女どもは、俺たちがたっぷりと可愛がってやるから安心しろ!」
観客席からは、反則すれすれの魔導具の使用に対する非難の声と、予期せぬ展開へのどよめきが巻き起こっている。
実況も混乱し、審判は試合を止めるべきか判断に迷っているようだった。
だが、僕は静かにティーカップをソーサーに置き、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……マシロ、みんなを下がらせて」
僕が静かに命じると、マシロは素早く四人の前に立ち、物理的なシールドを展開した。
僕はそのまま、ゆっくりとした足取りで前衛へと歩み出る。
「なんだ、お前?魔力も使えないくせに、今さら俺に命乞いでもしに来たのか?」
レオンハルトが僕を見下し、ニヤニヤと笑う。
「命乞い?まさか」
僕は立ち止まり、冷ややかな視線でレオンハルトを射抜いた。
「僕の大切な家族に、そんなくだらないオモチャを向けたこと。その罪の重さを、今から教えてやるって言ってるんだ」
「強がるな!魔力がないお前に、何ができるって言うんだ!」
レオンハルトが宝珠を僕に向け、取り巻きたちに攻撃の指示を出そうとした。
だが、彼らは知らない。
僕の持つチート能力は、この世界の魔力概念とは全く異なる、前世の現代科学とシステム権限の融合によって成り立っているということを。
僕は左腕の天界の端末を指先で軽く弾いた。
「【重力操作アプリ】起動。対象領域、レオンハルトおよびその取り巻き。重力係数、百倍」
僕がコマンドを実行した瞬間。
ズドンッ!!!
闘技場の石畳が、クレーターのようにすり鉢状に陥没した。
「がはっ……!?」
「な、なにが……体が、重……っ!」
レオンハルトと帝国の生徒たちは、何の前触れもなく上空から見えない巨人に踏みつけられたかのように、地面に激しく叩きつけられた。
「あ、がぁぁっ……!」
レオンハルトが苦痛に顔を歪め、必死に顔を上げようとする。
しかし、百倍の重力場の中では、指一本動かすことすら不可能だった。
彼が掲げていた『魔力吸収の宝珠』も、凄まじい重力に耐えきれず、パリンと音を立てて粉々に砕け散った。
「宝珠が……俺の、切り札が……!」
レオンハルトの口から、絶望の呻き声が漏れる。
「言ったはずだ。くだらないオモチャを向けるなって」
僕は地面に這いつくばる彼らを見下ろし、静かに言い放った。
「世界を裏側から管理するシステムの前では、帝国の魔導具なんてただのガラクタにすぎない」
「ば、ばけ、もの……」
レオンハルトは白目を剥き、口から泡を吹いて完全に気絶した。
取り巻きの生徒たちも全員、石畳にめり込んだまま完全に意識を失っている。
闘技場を覆っていた魔力吸収フィールドが解除され、コロシアムに再び静寂が訪れた。
観客も、実況も、審判すらも、目の前で起きたあまりにも非現実的な光景に言葉を失っている。
魔法の詠唱すらなく、ただ手を向けただけで帝国の精鋭たちを地面に平伏させたのだ。
いつも後方で支援に徹していた僕こそが、実は最も規格外の化け物であったという事実。
それが、世界中に向けて完全に証明された瞬間だった。
「……勝者、王国代表チーム!」
長い沈黙の後、審判が絞り出すような声で勝利を宣言した。
その直後、コロシアムが爆発するような大歓声に包まれた。
「なんだ今の魔法は!?」
「圧倒的だ!王国代表のリーダーは、魔王以上のバケモノじゃないか!」
僕は歓声を背に受けながら、ゆっくりと振り返った。
そこには、頬を真っ赤に染め、目を星のように輝かせている四人の花嫁たちと、静かに微笑むマシロの姿があった。
「アレン様……!なんて、なんて力強く猛々しいお姿なのでしょう!」
シャルロットが両手を胸の前で組み、うっとりと息を吐く。
「究極の計算式ですわ。アレン様こそが、この世界における絶対的な特異点にして至高の存在ですのね」
ベアトリスが眼鏡の奥の瞳を潤ませ、熱い視線を送ってくる。
「うむ!やはり主君こそが、天下一の武人であるな!」
サクラが尊敬と愛慕の入り混じった顔で僕を見つめる。
「もう、アレンったら。またそんな無茶して目立っちゃって。でも……すっごく、かっこよかったよ」
リズが駆け寄ってきて、僕の腕にぎゅっと抱きついた。
「管理者様の心拍数の安定を確認。圧倒的な力による対象の排除、論理的に完璧なソリューションでした」
マシロも僕のもう片方の腕に抱きつき、コクリと頷いた。
僕は五人に囲まれながら、苦笑いをして頭を掻いた。
「やりすぎちゃったかな。これじゃあ、平穏なスローライフがもっと遠のいちゃいそうだ」
だが、彼女たちが笑顔で僕の隣にいてくれるなら、どんな波乱の未来も悪くない。
圧倒的な力を見せつけた闘技大会の決勝戦へと、僕たちは家族全員の絆を胸に、悠然と歩みを進めていった。




