第83話 絶対防壁の崩壊と極大の紅蓮。絶望に染まる帝国の首席
王都の巨大コロシアムは、第一回戦の興奮が全く冷めやらぬまま、さらなる熱狂の渦へと突入していた。
観客席からの地鳴りのような歓声が、闘技場の石畳をビリビリと震わせている。
「さあ、第二回戦の開始です!」
実況の魔導放送がコロシアム全体に響き渡る。
「初戦で圧倒的なスピードを見せつけた王国代表チームに対するは、強力な精霊を使役するエルフの特待生チームです!」
闘技場の中央では、すでに両チームが向かい合って布陣を終えていた。
対戦相手であるエルフの生徒たちは、淡く輝く風と土の精霊を周囲に侍らせ、幾重にも重なる魔法防壁を展開している。
対する僕たち王国代表チームは、初戦と変わらず僕が最後方に持ち込んだアンティーク調の椅子に深く腰掛け、優雅なティータイムを継続していた。
「管理者様、紅茶のおかわりを推奨します」
マシロが無表情のまま、ティーポットから琥珀色の紅茶を僕のカップへと注いでくれる。
「ありがとう、マシロ。とてもいい香りだ」
僕がカップを受け取って微笑むと、マシロは僅かに目を細めて嬉しそうに頷いた。
「ふふん、初戦の戦いは見せてもらったぞ」
エルフのリーダーが、何重にも展開された魔法防壁の内側から自信満々に声を張り上げた。
「確かにあの二人のスピードと剣技は脅威だ。だが、我々の精霊が織り成すこの『絶対防壁』は、いかなる物理攻撃も完全に遮断する!」
彼らは杖を掲げ、さらに防壁に魔力を注ぎ込んでいく。
「物理特化の前衛に頼りきった貴様らなど、我々の遠距離魔法で一方的に削り殺してくれるわ!」
彼らの言う通り、初戦で圧倒的な力を見せたリズとサクラは、今回は僕の左右で待機していた。
「あーあ、せっかくの出番だったのに。今回はシャルロットちゃんたちにお任せだね」
リズが少し残念そうに肩をすくめる。
「うむ!某たちばかり目立っては不公平だからな!ここは大人しく主君の護衛に徹するとしよう!」
サクラが腕を組み、頼もしく頷いた。
エルフたちの挑発に対し、今回前衛に立ったのはシャルロットとベアトリスだった。
「物理攻撃が通じないから勝てるなどと、随分と浅はかな計算式ですわね」
ベアトリスが冷ややかな視線を向け、手にした扇子を静かに開く。
「その程度の防壁で身を守った気になっているとは、おめでたい頭の構造をしておりますのね」
シャルロットが優雅に髪をかき上げ、炎の杖を構えた。
「審判、早く開始の合図を」
シャルロットが急かすように言うと、審判は慌てて旗を振り下ろした。
「第二回戦、開始っ!」
合図と同時に、エルフたちは一斉に攻撃魔法の詠唱に入ろうとした。
だが、それよりも早く、僕は左腕の天界の端末を操作し、見えない光の波長を前衛の二人に送った。
「【魔力増幅アプリ】起動。二人とも、派手にやっていいよ」
僕の現代科学チートによるバフが、シャルロットとベアトリスの魔力回路を限界突破させる。
「ふふっ、アレン様の極上の魔力、確かに受け取りましたわ!」
シャルロットの体から、闘技場の空気を一瞬で焦がすほどの深紅の魔力が立ち昇る。
「ええ、私の演算能力も最高潮ですわ。対象の防壁の魔力波長、完全に解析完了しました」
ベアトリスの周囲に、すべてを凍てつかせる絶対零度の冷気が渦巻く。
「な、なんだあの莫大な魔力は……!」
エルフのリーダーが驚愕に目を見開くが、すでに手遅れだった。
「まずは、その目障りな殻を剥いて差し上げますわ。絶対零度・氷結陣」
ベアトリスが扇子を振り下ろした瞬間、闘技場の気温が急激に低下した。
エルフたちの誇る絶対防壁が、ベアトリスの計算し尽くされた冷気によって瞬時に凍りつき、ピキピキと音を立てて硬化していく。
魔力そのものを凍結させられ、防壁は本来の柔軟性を失い、ただの脆いガラスのような状態へと変貌したのだ。
「ば、馬鹿な!精霊の加護が凍りついたというのか!」
「ええ。そして、冷え切った体には温かい炎が一番ですわよ」
シャルロットが冷酷な笑みを浮かべ、炎の杖を天へと掲げた。
「極大紅蓮業火・殲滅陣!」
シャルロットの杖の先端から、小型の太陽のような超高熱の火球が放たれた。
それは凄まじい速度で闘技場を駆け抜け、ベアトリスが凍らせた絶対防壁へと直撃する。
極限の冷気によって脆くなっていた防壁に、極限の熱量が加わった結果どうなるか。
熱膨張と急激な温度変化に耐えきれず、エルフたちが絶対の自信を持っていた防壁は、まるで飴細工のように粉々に砕け散った。
「ぎゃあああああっ!」
防壁を失ったエルフたちと精霊たちは、迫り来る極大の紅蓮の炎に飲み込まれ、闘技場の端まで一瞬にして吹き飛ばされた。
シャルロットの完璧な魔力コントロールにより、彼らの命を奪うことこそなかったものの、その全身は黒焦げになり、完全に気を失って倒れ伏していた。
「……勝者、王国代表チーム!」
審判の震える声が響き渡ると、コロシアムは初戦以上の熱狂とどよめきに包まれた。
「信じられない……エルフの特待生チームが、魔法の撃ち合いで一瞬にして敗れたぞ!」
「王国代表の二人は、一体どれほどの魔力を持っているんだ!」
「ふふっ、他愛もありませんわね」
シャルロットが杖を優雅に回し、僕の方を振り返って満面の笑みを向けた。
「計算通りですわ。アレン様のバフがあれば、この程度の勝利は必然です」
ベアトリスも扇子を閉じ、誇らしげに歩み寄ってくる。
「二人とも、お疲れ様。すごく綺麗な魔法だったよ」
僕が立ち上がって二人を労うと、彼女たちは嬉しそうに僕の腕に抱きついてきた。
圧倒的な無双劇を見せつけた王国代表チームの姿は、観客たちの目に無敵の英雄として焼き付いたはずだ。
一方、その頃。
コロシアムの貴賓室に設けられた帝国代表の控え室では、一人の男が恐怖に顔を歪め、ガクガクと膝を震わせていた。
帝国の首席、レオンハルトである。
彼は魔導モニター越しに、シャルロットとベアトリスが放った規格外の魔法を目の当たりにし、完全に正気を失いかけていた。
「ば、化け物だ……あんな連中、人間の枠を超えている……!」
レオンハルトは歯の根を合わず、大量の冷や汗を流しながら後ずさった。
エルフの絶対防壁は、レオンハルトの最大魔法でも傷一つつけられないほどの強度を誇っていた。
それを、あの二人はただの一撃で、紙切れのように粉砕してのけたのだ。
「レオンハルト様、次はいよいよ我々の出番です!あの生意気な王国代表を、我々の手で処刑してやりましょう!」
何も分かっていない取り巻きの一人が、威勢よく声をかけてくる。
「ひっ……!」
その言葉に、レオンハルトは短い悲鳴を上げて腰を抜かした。
「ふ、ふざけるな!あんな化け物どもと戦ったら、命がいくつあっても足りない!」
レオンハルトは這いずるようにして控え室の扉へと向かう。
「俺は棄権する!腹が痛いでも何でもいい、今すぐここから逃げるんだ!」
彼は帝国の首席というプライドも完全に投げ捨て、ただ自身の命を惜しんで逃亡を企てていた。
初戦の前に僕たちに見せたあの傲慢な態度は、もはや見る影もない。
「レオンハルト様!?一体どうされたのですか!」
「離せ!俺は死にたくないんだぁぁぁっ!」
取り巻きたちにすがりつかれながらも、レオンハルトは半狂乱になって扉を開けようと足掻く。
しかし、無情にもコロシアムの魔導放送が、次の試合の開始を告げるアナウンスを響かせた。
「さあ、いよいよ準決勝の第一試合です!圧倒的な力で勝ち上がった王国代表チームに対するは、優勝候補の筆頭、帝国代表チームです!」
そのアナウンスは、レオンハルトにとって死刑宣告に等しかった。
「嫌だ……行きたくない……助けてくれぇぇぇっ!」
絶望の淵に立たされた帝国の首席の悲痛な叫びは、歓声にかき消されて誰にも届くことはなかった。
僕たちを辺境の落ちこぼれと侮り、愛する花嫁たちを愚弄した罪の代償。
それは、世界中が注目するこの闘技場という大舞台で、徹底的に心をへし折られるという最高の公開処刑として支払われることになろうとしていた。




