第81話 大陸合同魔法闘技大会の開幕。辺境の落ちこぼれと他国の天才たち
王立魔法学園の三年生に進級し、マシロという新たな家族を迎えた僕たちの日常は、騒がしくも平和な空気に包まれていた。
運命の強制力という世界の危機を乗り越え、僕はついに念願の平穏な学生生活を手に入れたのだ。
そう思っていた時期が、僕にもありました。
「アレン君、どうかこの通りだ!我が校の威信を懸けて、君たちに出場してもらいたいのだ!」
学園長室のふかふかとした絨毯の上で、学園長が見事な土下座を披露している。
初老の立派な魔法使いが額を床に擦りつける姿は、見ていてひどく居心地が悪かった。
僕は困惑しながら、隣に立つ花嫁たちと顔を見合わせた。
「学園長、顔を上げてください。気持ちは分かりますが、僕たちはただの学生です」
僕が宥めるように言うと、学園長は涙目で顔を上げた。
「ただの学生なものか!君たちは先の魔族襲撃事件を解決に導き、王都の怪異すらも退けた規格外の英雄ではないか!」
学園長が握り拳を作って熱弁を振るう。
彼がここまで必死になっている理由は、三年生の最初のビッグイベントである『大陸合同魔法闘技大会』の開催が迫っているからだ。
大陸全土から選りすぐりの魔法学園が集い、学生たちの実力を競い合うという、国威発揚を目的とした一大行事である。
当然、王国の代表として僕たち五人に白羽の矢が立ったというわけだ。
「ですが学園長。私たちが出場するのは、少しばかり公平性に欠けるのではありませんこと?」
シャルロットが優雅に扇子を広げ、小首を傾げた。
「私たちはすでに、学生という枠組みを大きく逸脱した力を手に入れておりますわ。他国の生徒たちを相手にするなど、大人と子供の喧嘩になってしまいます」
シャルロットの言葉は決して誇張ではない。
僕たちはシステムの中枢にダイブし、世界の運命そのものを書き換えたのだ。
「シャルロット殿下の仰る通りですわ。私の計算によれば、私たちが出場した場合の勝率は一〇〇パーセント。大会のエンターテインメント性を著しく損なう結果となります」
ベアトリスが眼鏡を輝かせ、無慈悲な数値を突きつける。
「うむ!某たちの剣と魔法は、愛する主君を守るためのもの!見世物にするつもりはないぞ!」
サクラが腕を組み、誇り高く言い放つ。
「私はアレンが決めたことなら何でもいいけど、あんまり目立ちたくないっていうのが本音かな」
リズが僕の袖を軽く引っ張りながら、苦笑いを浮かべた。
「対象者の戦力分析を完了。他国の代表選手と私たちの戦力差は、およそ五万倍と推定されます。対戦する意味が論理的に見出せません」
マシロが無表情のまま、最も身も蓋もない結論を口にした。
四人の花嫁たちとシステムAIの言葉に、学園長はさらに深く頭を下げた。
「分かっている!君たちにとって児戯に等しいことは重々承知しているのだ!だが、今年の帝国魔法学園の代表は、過去に例を見ないほどの天才揃いと言われている!」
学園長は悲痛な叫びを上げた。
「もし我が校が惨敗すれば、王国の軍事力に疑問符がつき、外交問題にまで発展しかねないのだ!頼む、アレン君!優勝賞品として、ログレー領の隣にある王家直轄の広大な未開拓地を譲渡するよう、国王陛下に掛け合ってある!」
「……未開拓地」
その言葉を聞いた瞬間、僕の耳がピクリと動いた。
ログレー領の隣の広大な土地が手に入れば、僕が思い描く究極の農業スローライフの規模はさらに拡大する。
巨大な農園を作り、ログハウスを拡張し、家族みんなでのんびりと暮らすための最高の基盤となる。
「……計算式を再構築します。未開拓地の獲得は、将来の生活基盤における利益率を大幅に引き上げますわね」
ベアトリスが素早く手帳を取り出し、ソロバンを弾くような目つきになった。
「お義父様からの贈り物となれば、無下にはできませんわね」
シャルロットも扇子で口元を隠しながら、ふふっと笑みをこぼした。
「みんな、出てくれるのかい?」
僕が確認すると、五人は一斉に力強く頷いた。
「仕方ありません。アレン様の未来の農園のために、他国の天才とやらを軽く捻り潰して差し上げますわ」
かくして、僕たちは優勝賞品の土地を手に入れるため、合同魔法闘技大会への出場を承諾することになったのである。
それから数日後。
王都の巨大なコロシアムを貸し切って、大会の開会式が華々しく執り行われていた。
観客席には王族や貴族、さらには他国の要人たちがズラリと並び、熱狂的な歓声を上げている。
僕たちは王国代表の控え室で、支給された真新しいマントを羽織って待機していた。
「すごい熱気だね。なんだか緊張してきちゃった」
リズが窓からコロシアムを見下ろし、少しだけ肩をすくめる。
「リズお姉様、心拍数の上昇を検知しました。深呼吸を推奨します」
マシロがリズの背中を優しくさすっている。
五人目の家族となったマシロは、妹分としてすっかり僕たちの中に馴染んでいた。
「緊張など不要ですわ。私たちはいつものように、アレン様のおそばで微笑んでいればよろしいのですから」
シャルロットが王女としての威厳を漂わせながら、優雅に紅茶を傾ける。
その時、控え室の扉が乱暴にノックされ、許可を待たずに開け放たれた。
「失礼するよ。王国代表の顔を拝みに来てやったんだが……随分と貧相な連中だな」
傲慢な声と共に現れたのは、漆黒の軍服風の制服を着崩した、金髪の長身の青年だった。
彼の背後には、同じ制服を着た数名の男女が取り巻きのように控えている。
その胸には、帝国魔法学園の紋章が誇らしげに輝いていた。
「あなたがたは、帝国の代表選手ですわね。ノックもせずに他国の控え室に入るなど、随分と野蛮な教育を受けていらっしゃるようですわ」
シャルロットが紅茶のカップを置き、冷ややかな視線を向けた。
金髪の青年は鼻で笑い、僕たちを値踏みするように見回した。
「俺は帝国代表の首席、レオンハルトだ。今年の王国は人材不足と聞いていたが、まさか女子供と、その取り巻きの冴えない男が代表とはな」
レオンハルトは僕を指差し、あからさまな嘲笑を浮かべた。
「聞いたぞ、アレン・ログレー。お前はただの辺境貴族の出身で、得意なのは後方からの支援魔法だけだそうじゃないか」
彼は僕の胸ぐらを掴みかからんばかりの距離まで近づいてきた。
「いいか、魔法闘技大会は遊びじゃない。俺たちのような本物の天才が、圧倒的な火力で蹂躙する舞台だ。お前のような支援職の落ちこぼれは、開始早々に泣きながら降参することになるぜ」
レオンハルトの言葉が控え室に響き渡った瞬間。
ピキィィィィンッ。
空間そのものが凍りつくような、凄まじい殺気が部屋を満たした。
「……今、アレン様を何と呼びましたの?」
シャルロットの炎の杖から、チリチリと危険な火花が散り始める。
「私の計算によれば、あなたの生存確率は現在ゼロに収束しつつありますわ」
ベアトリスが絶対零度の冷気を纏い、扇子を刃のように構えた。
「主君を愚弄する輩は、某がここで塵一つ残さず斬り捨てる!」
サクラが刀の鯉口を切り、ヤマトの武人としての本気の殺気を放つ。
「アレンに喧嘩を売るなら、私が相手になるよ。今すぐここでね」
リズが黄金の闘気を爆発させ、レオンハルトの首筋に剣の切っ先を突きつけた。
「生体反応の異常な高ぶりを検知。お姉様方、対象の物理的排除プロトコルの実行許可を申請します」
マシロが無表情のまま、両手から極太のレーザーを放つ準備を整えている。
「な、なんだお前ら……!?」
先ほどまでの傲慢な態度はどこへやら、レオンハルトとその取り巻きたちは、四人の花嫁とマシロが放つ規格外のプレッシャーに圧倒され、顔面を蒼白にして後ずさった。
世界を裏側から統べる乙女たちの怒気を真っ向から浴びせられ、彼らの足はガクガクと震えている。
「みんな、ストップ。武器をしまって」
僕は静かに立ち上がり、彼女たちの前に出て制止した。
「アレン様!ですが、こいつはアレン様を侮辱しましたのよ!」
シャルロットが不満そうに唇を尖らせる。
「そうだよアレン!こんな奴ら、今すぐぶっ飛ばしてやる!」
リズも剣を引こうとしない。
「落ち着いて。試合は明日からなんだから、ここで力を無駄遣いすることはないよ」
僕が優しく頭を撫でてやると、彼女たちは渋々といった様子で武器を収めた。
「……アレン様がそう仰るなら、命だけは助けておいて差し上げますわ」
シャルロットが冷たくレオンハルトを見下ろす。
「ひっ……!」
レオンハルトは腰を抜かしかけながらも、必死に強がって僕を睨みつけた。
「お、覚えていろよ!明日の第一回戦、お前ら王国代表を公開処刑にしてやるからな!」
彼は取り巻きたちと共に、逃げるように控え室から去っていった。
嵐が去った控え室で、僕は深く息を吐き出した。
「みんな、ありがとう。僕のために怒ってくれて」
僕が微笑みかけると、五人は一斉に頬を赤らめた。
「当然ですわ。アレン様の素晴らしさを理解できない愚か者には、痛い目を見せてやらなければなりませんの」
シャルロットが誇り高く言い放つ。
他国の天才とやらがどれほどの力を持っているのかは知らない。
だが、僕の愛する花嫁たちを敵に回した時点で、彼らの敗北は完全に決定している。
明日から始まる闘技大会は、辺境の落ちこぼれと侮られた僕たちが、世界に圧倒的な力を見せつけるための、最高の無双劇の舞台となろうとしていた。
僕の思い描くスローライフへの最後の仕上げとして、容赦なく彼らを蹂躙させてもらおう。




