第73話 獣人族の集落と新たな特産品。族長の恩返しと四人の花嫁の絶対防衛戦
翌朝、辺境領の奥深くへと続く深い森の中には、木漏れ日と共に清々しい空気が満ちていた。
僕たちは昨日保護したキツネ耳の少女を親元へ送り届けるため、朝早くから森の探索を開始していた。
「あっち!おうち、あっちだよ!」
僕の背中におぶられた少女が、元気いっぱいに小さな指を森の奥へと向ける。
「よし、分かった。木の根っこが多いから、しっかり掴まっていてね」
僕は優しく声をかけながら、彼女が落ちないように背中に回した腕に少しだけ力を込めた。
僕の左腕に装着された天界の端末が、少女の微かな魔力の残滓と匂いを解析し、空中に緑色のナビゲーションルートを描き出している。
世界を管理するシステムを掌握した僕にとって、この広大な森で迷子になることなどあり得ない。
「アレン様、お疲れではありませんか?私が代わっておんぶいたしますわよ」
シャルロットが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「ありがとう、シャルロット。でもこの子はすごく軽いし、それに……なんだか本当に自分のお父さんになったみたいで、少し嬉しいんだ」
僕が素直な気持ちを伝えると、シャルロットはパッと顔を輝かせた。
「お父様……!素晴らしい響きですわ。私たちの未来の家族計画が、より鮮明にイメージできるようになりましたの」
「シャルロット殿下、妄想を膨らませるのは自由ですが、周囲の警戒は怠らないでくださいませ。この森の奥は、未踏破の領域も多いのですから」
ベアトリスが冷静に窘めつつも、彼女の視線は僕の背中にいる少女へと何度も向けられている。
「うむ!もし魔物が出たとしても、某とリズ殿の剣があれば一瞬で切り捨ててみせる!主君と娘には指一本触れさせぬぞ!」
サクラが刀の柄に手を当て、頼もしく胸を張る。
「娘って、サクラちゃんまで完全に母親気分なんだから。でも、アレンのその優しい顔、すごく好きだな」
リズが僕の隣を歩きながら、嬉しそうに微笑みかけてくれた。
四人の花嫁たちと過ごす、賑やかで温かい森の散策。
一時間ほど緑のトンネルを進んでいくと、突如として視界が開け、巨大な世界樹のような大木に囲まれた隠れ里が姿を現した。
「パパ!おうちだ!」
少女が僕の背中で歓声を上げる。
そこには、木と蔦で精巧に作られた家屋が立ち並び、獣の耳や尻尾を持った人々が平和に暮らしていた。
しかし、僕たちのような人間の侵入者に気づいた瞬間、集落の空気が一変した。
「人間だ!なぜこんな森の奥深くに!」
「武器を持て!集落を守るんだ!」
槍や弓を構えた屈強な獣人族の戦士たちが、一斉に僕たちを取り囲む。
彼らの放つピリピリとした警戒心に、リズとサクラがスッと僕の前に出て武器を構えようとした。
「待って、みんな。戦うために来たんじゃない」
僕は二人を静止し、背中の少女をゆっくりと地面に降ろした。
「パパ、だめ!いじめちゃだめ!」
少女が短い足で駆け出し、獣人族の戦士たちの前に両手を広げて立ち塞がった。
「おおっ!お前は、族長の娘のコンではないか!」
「神隠しに遭ったとばかり……無事だったのか!」
戦士たちの間に驚きと安堵の声が広がり、構えていた武器が次々と下ろされていく。
「何事だ、騒々しいぞ」
人垣が割れ、その奥から一際体格の良い、銀色の狼の耳を持つ初老の獣人が姿を現した。
「お父様!」
コンと呼ばれた少女が、一直線にその獣人の胸へと飛び込んでいく。
「おお……コン!無事だったか、私の可愛い娘よ!」
族長らしきその男は、大きな目で涙をこぼし、少女を力強く抱きしめた。
親子の感動的な再会を前に、僕たち五人も思わず優しい笑みをこぼしてしまう。
「人間の若者たちよ。お前たちが、この子を助けてくれたのか」
族長がコンを抱き上げたまま、僕たちの前へと歩み寄ってきた。
「はい。開拓地の近くで迷子になっていたところを保護しました。怪我もなく、元気な状態でお返しできてよかったです」
僕が一歩前に出て、威圧感を与えないよう穏やかな口調で答える。
族長は僕の顔をじっと見つめ、やがて深く、深く頭を下げた。
「我々獣人族は、人間を警戒してこの森の奥に隠れ住んできた。だが、お前たちは種族の壁を越えて、私の宝を無事に送り届けてくれた。この恩は、一生忘れない」
族長の誠実な言葉に、周囲の戦士たちも一斉に僕たちに向かって頭を下げる。
「どうか、我々の集落で歓待の宴を受け取ってほしい。ささやかだが、森の恵みを振る舞わせてくれ」
族長の申し出を断る理由もなく、僕たちは獣人族の集落へと招き入れられることになった。
広場の中央には大きな焚き火が用意され、次々と色鮮やかな料理が運ばれてくる。
「これは……素晴らしい香りですね。見たことのない香辛料が使われているようだ」
僕は運ばれてきた肉の串焼きを手に取り、そのスパイシーな香りに目を丸くした。
一口齧ると、ピリッとした刺激の中に深い旨味があり、肉の臭みを完全に消し去っている。
「アレン殿、この果実も絶品だぞ!甘酸っぱくて、いくらでも食べられそうだ!」
サクラが赤い果実を口いっぱいに頬張り、幸せそうに尻尾を振っている。
「私たちの領地でも見たことのない植物ばかりですわ。この森の独自の生態系が育んだ、未知の食材ですのね」
ベアトリスが果実の種を観察しながら、商会としての計算を早くも始めているようだ。
「気に入ってもらえて何よりだ。この森には、人間界には出回っていない珍しい果実や香草が数多く自生しているのだよ」
族長が豪快に笑いながら、木の実で作られたお酒を勧めてくる。
僕はその言葉を聞いて、一つの大きな可能性に気づいた。
僕がログレー領で進めているお米の栽培。
そのお米に合う最高の料理といえば、多種多様なスパイスを使った『カレー』だ。
この集落の香辛料を譲ってもらえれば、僕の思い描く最強のスローライフ飯が完成するかもしれない。
「族長さん。もしよろしければ、この素晴らしい香辛料や果実を、僕たちの領地と交易で分けていただけないでしょうか」
僕が提案すると、族長は少し驚いたような顔をした後、嬉しそうに頷いた。
「恩人であるお前の頼みだ。喜んで交易に応じよう。お前たちのような優しい人間となら、我々も手を取り合っていけるはずだ」
族長との交渉は驚くほどスムーズに進み、新たな特産品の流通ルートが確保された。
これで辺境領の発展はさらに加速し、僕の農業スローライフの質も劇的に向上する。
「恩人のアレンよ。お前は強大な力を持ちながら、とても心優しい男だ。コンもすっかり懐いているし、お前を心から信頼している」
族長が酒の入った杯を置き、急に真剣な表情で僕を見つめた。
「どうだろう。我が部族と永遠の血の盟約を結ぶため、集落で一番美しい娘たちを何人か、お前の妾として迎え入れてはくれないか」
その言葉が広場に響き渡った瞬間。
ピキィィィィンッ。
僕の背後で、空気が文字通り凍りつく音がした。
「……今、何と仰いましたの?」
シャルロットが、極大の炎を放つ寸前のような、圧倒的な王族の威圧感を立ち昇らせて一歩前に出た。
「妾……。つまり、アレン様に新たな女性をあてがうと、そういう計算式を提示されたわけですわね」
ベアトリスが眼鏡を中指で押し上げ、絶対零度の冷気を周囲に漂わせる。
「恩を返すという心意気は立派だが、主君の隣はすでに定員オーバーなのだ。これ以上、防衛線を広げるわけにはいかぬ」
サクラが刀の鯉口をチャキリと切り、ヤマトの武人としての鋭い殺気を放つ。
「アレンは優しいから断れないかもしれないけど、私たちは絶対に許さないからね」
リズが黄金の闘気を静かに燃やし、僕の腕にぎゅっとしがみついてくる。
四人の花嫁候補たちによる、一糸乱れぬ絶対防衛戦の幕開けだった。
彼女たちから放たれる、世界を救った最強クラスのプレッシャーに、族長や獣人族の戦士たちが顔を引き攣らせて後ずさる。
「ま、待ってくれ!他意はないのだ!ただ、英雄殿にふさわしい誠意を見せようと……!」
族長が慌てて両手を振って弁明するが、四人の怒りの炎は簡単には収まりそうにない。
「みんな、落ち着いて。族長さんは僕たちに感謝してくれているだけなんだ」
僕は苦笑いしながら、彼女たちの前に立ってなだめるように手を広げた。
「それに、僕にはもう、君たちという最高のお嫁さんが四人もいるんだ。これ以上は、僕の体も心も持たないよ」
僕が素直な気持ちを伝えると、四人の乙女たちはピタリと動きを止め、一斉に顔を真っ赤にしてうつむいた。
「アレン様ったら……そんなにはっきりと皆の前で仰るなんて、ずるいですわ」
シャルロットが炎の杖を隠すように背中に回し、もじもじと身をよじる。
「私の計算によれば、アレン様の愛は私たち四人で完全にキャパシティを満たしているということですね。安心いたしましたわ」
ベアトリスが冷気を引っ込め、扇子で赤くなった頬を仰ぐ。
「うむ!主君がそこまで言うのなら、今回の件は不問に処してやろう!」
サクラが刀を鞘に収め、嬉しそうに尻尾にあたる部分を振っているように見えた。
「もう、アレンがそういうこと言うから、私までドキドキしちゃったじゃない」
リズが僕の袖を軽く引っ張りながら、上目遣いで微笑みかけてくる。
平和なスローライフの中に突如として訪れた、獣人族からの妾騒動。
それは僕の大切な花嫁たちの、重すぎる愛情と絆を再確認するちょっとしたスパイスとなった。
「族長さん、お気持ちだけありがたく受け取っておきます。僕たちには、この素晴らしい香辛料さえあれば十分ですから」
僕が改めて頭を下げると、族長もホッとしたように息を吐き、豪快に笑い声を上げた。
新たな特産品と交易ルート、そして獣人族との確かな友情を手に入れ、僕たちの開拓生活はさらに豊かなものへと進化していく。
帰り道、背中にたくさんの香辛料を詰めたリュックを背負いながら、僕は隣を歩く四人の笑顔を眩しく見つめていた。
僕がシステムを書き換えて守り抜いた、この愛おしい日常。
ログハウスの完成と、そこで待つ彼女たちとの甘い新婚生活に向けて、僕のスローライフ防衛戦はまだまだ楽しく続いていくのだった。




