第72話 巨大ログハウス建設と迷子の狐耳少女。四人の花嫁が挑む新婚の予行演習
世界を管理するシステムを掌握し、愛する四人の乙女たちを無事に取り戻してから数週間が経過した。
王立魔法学園の三年生となった僕たちは、学園長から特別な許可を得て、僕の故郷であるログレー辺境伯領へと長期の滞在を行っていた。
世界を救った英雄としての特権、というわけではない。
システムに書き込んだ「最高の未来」を実現するためには、卒業を待たずに生活基盤の構築を急ぐ必要があったからだ。
春の穏やかな風が吹き抜ける、辺境領の広大な未開拓地。
僕は左腕の天界の端末を操作し、現代科学チートの力を存分に振るっていた。
「【物質合成アプリ】起動。木材の切断から組み上げまでを自動化し、ログハウスの基礎を構築」
僕の指示に従い、目に見えない力場が巨大な丸太を次々と空中に浮かび上がらせる。
それらはパズルのピースのように正確に組み合わさり、あっという間に三階建ての巨大なログハウスの骨組みが完成していった。
「すごいよアレン!これなら、私たちが全員で住んでも全然余裕だね!」
リズが完成していくログハウスを見上げ、目を輝かせてはしゃいでいる。
「ええ。大家族になっても問題ないように、子供部屋は多めに設計していただきましたわ」
シャルロットが頬を赤く染めながら、未来の我が家を愛おしそうに見つめる。
「間取りの計算は完璧ですわ。あとは私が商会から取り寄せた最新の魔導家具を配置すれば、王都の別邸以上の快適さが保証されます」
ベアトリスが図面が描かれた羊皮紙を広げ、満足げに頷いた。
「うむ!縁側も広く取ってあるようだな。ここで皆で茶を飲みながら、子供たちが遊ぶのを見るのが今から楽しみだぞ!」
サクラも腕を組み、ヤマトの武人らしからぬ緩みきった笑顔を浮かべている。
ここは、僕たちが結婚した後に暮らすための、正真正銘の愛の巣だ。
システム空間で見た、たくさんの子供たちと食卓を囲む未来。
あれを現実のものにするため、僕たちは泥だらけになりながらも毎日楽しく開拓作業を進めていた。
「アレン様、冷たいお茶を淹れましたわ。少し休憩にいたしましょう」
シャルロットが水筒とコップを持って僕の元へ歩み寄ってくる。
「ありがとう、シャルロット。喉が渇いていたから助かるよ」
僕がコップを受け取ろうと手を伸ばした、その時だった。
ガサガサッ。
開拓地の奥にある深い森の茂みが、不自然に揺れた。
「……誰かいるね」
リズが瞬時に剣士の顔つきになり、腰の剣に手をかける。
僕も端末の索敵機能を起動しようとしたが、茂みから飛び出してきた影を見て、ふっと毒気を抜かれてしまった。
「うぇぇぇん……おかあしゃん、どこぉ……?」
茂みから姿を現したのは、泥だらけになった小さな女の子だった。
年齢は四歳か五歳くらいだろうか。
頭にはピンと立ったキツネの耳が生えており、お尻からはふさふさの尻尾が垂れ下がっている。
この辺境領のさらに奥深くに住むと言われている、獣人族の子供のようだ。
「どうしたの?迷子になっちゃったのかな」
僕はできるだけ優しく、敵意がないことを示すようにしゃがみ込んで声をかけた。
キツネ耳の少女はビクッと肩を震わせたが、僕の穏やかな声に少し安心したのか、涙目でコクリと頷いた。
「森で、お花を摘んでたら……おうちが、わかんなくなっちゃったの」
「そっか。怖かったね。もう大丈夫だから、おいで」
僕が両手を広げると、少女はトテトテと頼りない足取りで駆け寄り、僕の胸に飛び込んできた。
小さくて、温かくて、とても柔らかい命の感触。
僕の心の中に、今まで感じたことのないようなくすぐったい父性が芽生えるのを感じた。
「きゃああああっ!なんて愛らしいのでしょう!」
その時、僕の後ろから凄まじい歓声が上がった。
振り返ると、四人の乙女たちが目をハートにして、少女を食い入るように見つめていた。
「けもの耳……しっぽ……小さくてふわふわですわ!」
シャルロットが身悶えするように両手を組んでいる。
「データには存在しない未知の可愛さですわ。私の母性本能というパラメータが限界を突破しそうです」
ベアトリスが眼鏡を輝かせ、鼻息を荒くしている。
「某も抱っこしたいぞ!いや、まずは美味しいご飯を作って食べさせてやらねば!」
サクラが慌てた様子で腰の刀を置き、エプロンを探し始める。
「ちょっとみんな、急に騒いだらこの子がびっくりしちゃうでしょ。ほら、おいで。お姉ちゃんが顔を綺麗に拭いてあげるね」
リズが一番冷静に、ハンカチを濡らして少女の泥だらけの頬を優しく拭い始めた。
「ありがとう……おねえちゃん」
少女がふにゃりと笑うと、四人の花嫁候補たちの理性が完全に吹き飛んだのが分かった。
かくして、迷子のキツネ耳少女を無事に親元へ送り届けるまでの間、僕たちのログハウス建設予定地は、臨時の保育園と化すことになった。
「あーん、ですわ。美味しい手作りクッキーですよ」
シャルロットが膝の上に少女を乗せ、甘やかした声でクッキーを口に運ぶ。
「おいちい!」
「ああ……っ、可愛すぎますわ!アレン様、この子を私たちの長女として養子にお迎えできませんこと!?」
「勝手な誘拐はダメだよ、シャルロット。ご両親が心配してるはずだからね」
僕が苦笑いしながら突っ込みを入れる。
「なら、私たちが早く本当の子供を作るしかありませんわね。アレン様、今夜の予定は空けておいてくださいませ」
ベアトリスが冗談とも本気ともつかないトーンで僕の耳元に囁いてくる。
「アレン殿!某が作ったヤマトのオニギリだ!小さく握ったから、子供でも食べやすいはずだぞ!」
サクラが自慢げに差し出したオニギリを、少女は両手で大切そうに受け取り、もぐもぐと頬張る。
「うん、サクラちゃんの言う通り、将来の予行演習にはぴったりだね。私、アレンとこの子と三人で手を繋いでお散歩してきたいな!」
リズが少女の頭を撫でながら、幸せそうに微笑む。
四人が交代で少女の面倒を見る姿は、まるで本当の母親のようだった。
僕がシステムに書き込んだ、幸せな大家族の未来。
その光景が、少しだけ前倒しで現実になったようで、僕の胸の奥がじんわりと温かくなる。
「みんな、すっかりお母さんの顔になってるね」
僕が微笑みながら呟くと、四人は顔を見合わせて照れくさそうに笑った。
「ええ。アレン様の奥様になるのですから、これくらい当然ですわ」
シャルロットが誇らしげに胸を張る。
その日の夕方。
遊び疲れた少女は、僕の腕の中でスースーと心地よい寝息を立てて眠ってしまった。
ログハウスの基礎工事を終えた縁側に腰掛け、僕はその小さな寝顔を愛おしく見つめていた。
「すっかりアレン様に懐いてしまいましたわね。アレン様からは、とても安心できるお父様の匂いがするのだと思いますわ」
隣に座ったベアトリスが、少女にブランケットをかけながら優しく微笑む。
「僕がお父さんか。なんだか、悪くない響きだね」
僕が素直な感想を漏らすと、リズとシャルロット、サクラも僕の周りに集まってきて、身を寄せてきた。
「絶対、いいお父さんになるよ。私が保証する」
リズが僕の肩に頭を乗せ、静かに目を閉じる。
運命の強制力という絶対的な死線を越え、僕たちは今、確かにこの平和な時間を噛み締めている。
愛する人たちとの絆は限界を突破し、言葉にしなくても互いの心が通じ合っているのが分かった。
「……パパぁ。ママぁ……」
不意に、眠っていた少女が寝言を呟き、僕の服の裾を小さな手でぎゅっと握りしめた。
その破壊力抜群の一言に、四人の乙女たちの肩がピクリと跳ねる。
「今……ママと呼ばれましたわね」
シャルロットの瞳に、王女としての覇気とは違う、正妻としての熱い炎が宿った。
「パパはアレン様で確定として……ママは誰を指しているのでしょうか。論理的に考えれば、一番近くにいた私ですわね」
ベアトリスが眼鏡をくいっと押し上げる。
「待つが良い!オニギリを食べさせた某こそが、胃袋を掴んだ真のママであろう!」
サクラが立ち上がり、一歩も引かない構えを見せる。
「ちょっとみんな!私が一番最初に顔を拭いてあげたんだから、ママは私に決まってるでしょ!」
リズが立ち上がり、三人の前に立ちはだかる。
平和なスローライフの夕暮れ時に、突如として勃発した「誰が真のママか」を巡る正妻戦争。
「しーっ、みんな声が大きいよ。この子が起きちゃうから」
僕が小声で窘めると、四人はハッとして口を手で押さえた。
しかし、その視線は火花を散らしたまま交錯し続けている。
世界を管理する権限を手に入れても、愛する花嫁たちを制御することは僕には到底不可能らしい。
賑やかで、甘くて、少しだけ胃が痛くなる僕たちの新婚生活の予行演習は、星が瞬き始める辺境の夜空の下で、いつまでも楽しく続いていくのだった。




