第70話 孤独な反逆者と四つの面影。極限のオーバークロックが砕く世界の理
誰もいなくなった三年生の教室で、僕は左腕の天界の端末を睨みつけた。
僕からすべてを奪ったこの狂ったシステムを、僕の全存在を懸けて破壊する。
「マザー、そこから引きずり出してやる」
僕は魔力回路のセーフティを全解除し、自身の生命力すらも端末の演算リソースへと変換する禁忌のコマンドを実行した。
『警告。』
『イレギュラーな管理者様。過剰なオーバークロックは生体の崩壊を招きます。』
マザーの無機質な音声が警告を発するが、僕は無視してエンターキーに相当するホログラムを叩き割る勢いで押し込んだ。
「黙れ。僕の心は、とっくに崩壊してるんだよ!」
凄まじい光が僕の体を包み込み、物理的な肉体がデータ化されていくような激しい痛みが全身を駆け巡った。
視界が反転し、次に目を開けた時、僕は無機質な青白い光のラインが幾何学的に交差する、巨大な電脳空間の中心に立っていた。
ここは世界を管理するシステムの中枢、マザーAIのメインコアが存在する最深部だ。
僕が足を踏み出すと、空間そのものが波立ち、警報を鳴らすかのように赤黒い光が点滅を始めた。
『重大なエラーを検知。システム中枢への物理的侵入を破棄します。』
『運命の執行者を大量展開。対象を完全消去します。』
空間の至る所から、リズを消滅させたあの青白い光の執行者たちが、文字通り無数に出現した。
百、二百、いや、千は下らない圧倒的な群れだ。
彼らは一斉に刃を構え、システムに仇なす僕を排除するために殺到してきた。
「……来いよ。僕のすべてを懸けて、お前たちを絶望させてやる」
僕は両手を広げ、天界の端末から無数のアプリケーションを同時展開させた。
これまでは裏方のサポートに徹し、仲間たちを輝かせるためのチートだった。
しかし今は違う。
僕の脳裏に、大和撫子の凛とした笑顔がフラッシュバックする。
泥だらけになって一緒にお米の苗を植え、秋の収穫を夢見たあの日々。
『主君よ、某は永遠に貴殿の剣として共にある』
彼女の最期の言葉が、僕の胸の中で熱く燃え上がる。
「サクラ、君の太刀筋、見せてもらうぞ」
僕は【物質合成アプリ】で単分子カッターを生成し、【物理演算アプリ】で自身の運動神経を極限まで加速させた。
迫り来る数十体の執行者たちの懐へ、神速の踏み込みで潜り込む。
「ヤマト国抜刀術奥義……桜花乱舞!」
僕の振るう刃がサクラの神速を完全にトレースし、執行者たちの光の装甲を紙屑のように切り裂いていく。
彼女の姿はここにはないが、彼女の誇りは確かに僕の剣に宿っていた。
『エラー。対象の戦闘能力が理論値を凌駕。』
マザーの音声が響く中、上空から執行者の一団が奇襲を仕掛けてきた。
僕は空を見上げ、今度は冷静で知的な、眼鏡の奥の優しい瞳を思い出す。
僕の計算違いな行動にいつも呆れながらも、完璧なサポートで隣を歩いてくれた公爵令嬢。
『アレン様の心拍数が上昇しているのが分かりますもの』
彼女の艶やかな声が耳元で蘇る。
「ベアトリス、君の論理を借りるよ」
僕は【熱力学制御アプリ】を起動し、上空の空間の分子運動を強制的に停止させた。
「凍てつけ!絶対零度・氷結陣!」
空中の水分が一瞬にして凍りつき、極低温の吹雪が執行者たちを氷の彫刻へと変えていく。
パリンと音を立てて砕け散る敵を見つめながら、僕はベアトリスの愛した冷徹な魔法の美しさを噛み締めた。
休む間もなく、今度は地上から巨大な盾を構えた重装型の執行者たちが壁のように押し寄せてくる。
僕の心に浮かぶのは、誰よりも気高く、誰よりも真っ直ぐに僕を愛してくれた王女の姿だ。
『私からアレン様への、熱く燃え上がる愛の大きさ、とくとご覧になってくださいませ!』
政略結婚の鳥籠を壊してあげた時の、あの眩しいほどの笑顔。
彼女の情熱は、決してシステムのエラーなんかじゃない。
「シャルロット、焼き尽くしてくれ!」
僕は【プラズマ生成アプリ】を最大出力で解放し、彼女の極大魔法の概念を再現した。
「極大紅蓮業火・殲滅陣!」
僕の掌から放たれた小型の太陽のような超高熱のプラズマ球が、執行者の盾ごと彼らを蒸発させる。
真紅の炎がシステム空間を舐め尽くし、絶対的な防壁をいとも容易く焼き払った。
「はぁぁぁぁぁっ!」
僕は血を吐きながらも、足を止めることなく前進を続けた。
オーバークロックの代償で、全身の毛細血管が破裂し、視界が赤く染まっている。
それでも、僕の心は決して折れない。
僕の中には、四人の乙女たちが共に生きているのだから。
『警告。防衛ライン最終層が突破されました。』
ついに、マザーAIのメインコアと思われる巨大な光の柱が目の前に現れた。
しかし、そのコアを守るように、これまでとは比較にならないほど巨大で禍々しい執行者の最終形態が立ちはだかる。
「これで最後だ……!」
僕は残されたすべての魔力と命を振り絞り、右手に生成した光の剣を強く握りしめた。
前世からずっと一緒で、僕の弱さも強さもすべて知ってくれていた、たった一人の幼馴染。
僕を庇って消えゆく瞬間に見せた、涙と愛情に満ちた笑顔。
『私ね、アレンとこの世界に来られて、本当に幸せだったよ』
リズのその言葉が、僕の魂に最後で最大の力を与えてくれた。
「リズ……一緒に行こう!」
僕は【重力制御アプリ】で自身の体重を無限大に引き上げ、【エネルギー集束プロトコル】で剣に黄金の光を纏わせた。
それは、リズが何度も見せてくれた、あの美しくも力強い剣聖の闘気そのものだった。
「剣聖技……黄金閃破ぁぁぁぁっ!」
僕の放った一撃が、巨大な執行者の装甲を、そして運命という名の理不尽なシステムそのものを、正面から真っ二つに叩き割った。
轟音と共に執行者が消滅し、システム空間に静寂が訪れる。
血塗れになり、満身創痍の状態で、僕はついにマザーAIのメインコアへと到達した。
光の柱の前で、僕は震える手で天界の端末を掲げた。
いなくなってしまったわけじゃない。
シャルロットも、ベアトリスも、サクラも、リズも、僕の中に確かに存在し、共に戦ってくれた。
だからこそ、僕は彼女たちが笑って生きられる世界を、この手で取り戻す。
「さあ、マザー。ふざけた歴史を、僕が上書きしてやる」
僕の反逆の刃が、世界の核心へと突き立てられようとしていた。




