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辺境伯家三男、アプリで魔法を再定義する。 ~「賢者」認定されたけど、これ「スマートウオッチ」ですから!  作者: のびろう。
第十一章 運命の強制力と消失の乙女たち。世界を敵に回したただ一人の反逆者
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第67話 冷酷なる歴史修復と崩れゆく計算。愛しき令嬢との残酷な別離

「シャルロット?誰のこと、それ」


リズの無邪気で不思議そうなその一言が、僕の心を鋭く、そして無残に抉り取った。

サクラもまた、全く記憶にないという顔で首を傾げている。


僕の最愛の婚約者であり、この国の第一王女であったシャルロットの存在は、世界中の人々の記憶から完全に削除されてしまったのだ。


「……二人とも、ごめん。少しだけ、ここで待っていてくれ」


僕は震える声を必死に押し殺し、二人を安全な教室に残したまま、一人で廊下へと駆け出した。

向かう先はただ一つ。


この世界の環境と歴史を裏側から管理している、学園の地下深くにある第一制御室だ。

螺旋階段を駆け下りる僕の頭の中は、怒りと絶望、そして底知れぬ喪失感でぐちゃぐちゃになっていた。


昨日まで、僕の隣で愛らしく微笑んでいた彼女がいない。

柔らかな温もりも、誇り高い声も、すべてが光の粒子となって僕の手の平からすり抜けていった。


あれだけの激戦を潜り抜け、ようやく手に入れたはずの平穏な未来が、音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。

重厚な金属の扉を開け放つと、そこには冷たい空気と冷却ファンの稼働音が支配する、無機質な巨大空間が広がっていた。


「マザー!どういうことだ、答えてくれ!」


僕は部屋の中央にあるコンソールに飛びつき、声を荒げて叫んだ。

青白い光の粒子が集束し、無感情なマザーAIのホログラムが僕の前に姿を現す。


『システムは正常に稼働しています。』

『イレギュラーな管理者様。何か問題が発生いたしましたか。』


マザーのその機械的な音声が、今の僕にはひどく残酷なものに聞こえた。


「シャルロットが消えた!世界中の人間の記憶からも、彼女の存在が消去されている!お前が言っていた歴史修復プロトコルとは何なんだ!」


僕がコンソールを力強く叩きつけると、マザーのホログラムがわずかに明滅した。


『回答します。システムの正規化に伴い、本来辿るべきであった正しい歴史への強制的な修復機能が作動いたしました。』

『対象個体シャルロットは、本来の歴史演算において、隣国との政略結婚により悲劇的な結末を迎えるよう運命づけられていました。』


『しかし、あなたの介入によりその歴史が大きく歪められ、彼女が幸福になるというバグが生じました。』

『システムはこれを重大なエラーと判定し、矛盾を解消するために個体そのものを歴史から削除しました。』


マザーの言葉は、あまりにも冷徹で、そして絶望的な真実だった。

シャルロットが僕に救われ、笑顔を取り戻し、幸せな未来を夢見たこと。


僕たちが共に紡いできた愛の軌跡そのものが、この世界にとっては排除すべき『バグ』だったというのだ。


「ふざけるな……!誰かの不幸の上に成り立つ歴史なんて、そんなものが正しいはずがないだろう!」


僕は左腕の天界の端末を起動し、コンソールのインターフェースに直接接続した。


「今すぐ彼女を復元しろ!僕の管理者権限で、修復プロトコルを強制終了させる!」


僕は前世の科学知識と魔法理論のすべてを注ぎ込み、システムの最深部へのハッキングを開始した。

コンソールの画面に無数のコードを展開し、異常な速度で書き換え処理を行っていく。

しかし、僕の祈るようなタイピングは、無情なエラー音によって弾き返された。


『警告。歴史修復プロトコルは、世界を維持するための最上位次元で実行されています。』

『現在のローカル管理者権限では、上位次元のセキュリティロックを解除できません。』

『アクセスが拒否されました。』


画面が真っ赤なエラー表示で埋め尽くされる。

僕の現代科学チートの力をもってしても、世界そのものの運命を決定づける巨大なシステムには届かないというのか。


「くそっ!開け!開いてくれ!シャルロットを返してくれよ……!」


僕は額から血が滲むほどコンソールに頭を打ちつけ、ただ無力感に苛まれることしかできなかった。

その時だった。


「アレン様……やはり、このような場所にいらっしゃったのですね」


背後から、静かで、しかし微かに震える声が響いた。

振り返ると、そこには青い瞳に深い悲哀を宿したベアトリスの姿があった。


「ベアトリス……どうしてここに」


「あなたが教室を飛び出した時の、あの絶望に染まったお顔。ただ事ではないと計算し、後を追ってまいりましたわ」


ベアトリスは、いつものように冷静を装いながらも、その手でしっかりと扇子を握りしめていた。

彼女の明晰な頭脳は、状況の異常性をすでに察知しているようだった。


「アレン様。シャルロット殿下のお名前を聞いた時、私の記憶のデータベースには該当する情報が一切存在しませんでした」


ベアトリスが一歩、僕の方へと近づく。


「ですが、私の胸の奥底にある『心』が、ひどく悲痛なアラートを鳴らしているのです。大切な友人を、そして恋のライバルを失ってしまったかのような……」


彼女の瞳から、一筋の涙が頬を伝い落ちた。

記憶は消されても、彼女たちの中に刻まれた絆の残滓までは、システムも完全に消し去ることはできなかったのだ。


その事実が、僕の心をさらに締め付けた。

僕は彼女に、この残酷な世界の真実を打ち明けようと口を開きかけた。


ジジッ……。


不意に、ベアトリスの足元から不気味なノイズ音が鳴った。

僕の視界が、信じられない光景を捉えて凍りつく。


「ベアトリス!君の体が……!」


ベアトリスの爪先が、先ほどのシャルロットと同じように、光の粒子となって空中に溶け出し始めていたのだ。


「え……?」


ベアトリス自身も、自分の足元を見て目を丸くした。

彼女は常に世界を数字と論理で測り、完璧な計算のもとに生きてきた公爵令嬢だ。


いかなる絶望的な状況でも、最適解を導き出して僕の隣を歩んでくれた。

だが、その彼女の明晰な頭脳をもってしても、自身の存在が世界から消え去ろうとしているという非論理的な現象を、処理しきれていないようだった。


「アレン様……これは、一体どういう現象ですの?」


ベアトリスの声が、初めて恐怖と戸惑いに大きく揺れた。


「ベアトリス!動かないでくれ!今すぐ僕がプログラムを組んで……!」


僕は再びコンソールに飛びつき、必死に彼女の存在を世界に繋ぎ止めようとコードを打ち込んだ。

ベアトリスもまた、没落するはずだった実家の商会を立て直し、本来の運命から大きく逸脱して僕と共に歩む未来を選んだ存在だ。


システムは、彼女の幸福すらも『エラー』として削除しようとしているのだ。


「無駄ですわ、アレン様」


ベアトリスの静かな声が、僕のタイピングの手を止めさせた。

振り返ると、彼女の体はすでに腰のあたりまでノイズに侵食され、透明に透け始めていた。


「私の……天才的な頭脳が、一つの結論を導き出してしまいましたわ」


ベアトリスは震える手で自らの眼鏡を外した。

その瞳には、未知への恐怖ではなく、愛する人を置いていくことへの悲痛なまでの愛情が満ちていた。


「私の存在確率は、すでにゼロに収束しつつあります。いかなる変数を用いても、この消失をキャンセルすることは不可能だと……私の計算が、そう告げていますわ」


彼女は論理的に死を受け入れようとしていた。

しかし、その表情は泣き出しそうなほどに歪んでいた。

理屈では理解できても、心が、感情が、僕との別れを激しく拒絶しているのだ。


「計算なんてどうでもいい!君は僕のビジネスパートナーで、これから一緒に辺境を開拓していくって約束したじゃないか!」


僕は血を吐くような思いで叫び、彼女の体を強く抱きしめようと両腕を回した。

しかし、僕の腕はノイズにまみれた彼女の体を虚しくすり抜け、ただ冷たい空気を抱きしめることしかできなかった。


「ベアトリス!嫌だ、君まで僕を置いていくな!」


「アレン様……私の計算が、追いつきませんわ」


ベアトリスは、ついに堪えきれずに大粒の涙をこぼした。

完璧な令嬢としての仮面が剥がれ落ち、そこには一人の恋する乙女の、純粋で悲痛な素顔があった。


「計算外のことが次々と起きるからこそ、あなたとの日々は最高にスリリングで、幸せでしたの」


光の粒子となって消えゆく寸前。

彼女はそっと背伸びをして、僕の額にそっと自分の額を重ねるような仕草をした。

実体はないはずなのに、彼女の心の温もりが、僕の肌に直接伝わってくるようだった。


「私の愛した、たった一人の英雄様」


彼女の甘く、そして震える吐息が、僕の耳元を撫でた。


「どうか、泣かないで……」


その言葉を最後に、ベアトリスの姿は完全に空中に溶け込み、跡形もなく消え去った。

眼鏡だけが床に落ちることもなく、彼女という存在のすべてが、最初からこの世界にいなかったかのように無に帰した。


「あああああああああああああああああっ!!」


僕は誰もいない制御室の冷たい床に膝をつき、獣のように絶叫した。

僕の手の平には、彼女の温もりも、彼女が流した涙の感触も残っていない。


シャルロットに続き、ベアトリスまでもが僕の目の前で消え去った。

運命という見えない巨大な敵が、僕の愛する人たちを次々と奪っていく。


ただ一人、すべての記憶を保持したまま取り残された僕は、深い孤独と絶望の底で、世界そのものに対する激しい憎悪と反逆の炎を静かに燃やし始めていた。

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