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辺境伯家三男、アプリで魔法を再定義する。 ~「賢者」認定されたけど、これ「スマートウオッチ」ですから!  作者: のびろう。
第十一章 運命の強制力と消失の乙女たち。世界を敵に回したただ一人の反逆者
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第66話 平穏の終わりと欠落する記憶。世界から消えゆく王女の存在

王立魔法学園の三年生に進級してから数週間。


僕たちの日常は、これ以上ないほどに穏やかで幸福なものだった。

古代の大迷宮での死闘を乗り越え、僕がこの世界の正規管理者となってからの日々。


学園の敷地内を熱帯リゾートに変えてしまった水着騒動などもあったが、基本的には僕の望む平穏なスローライフが実現しつつあった。


僕の左腕にある天界の端末には、世界の環境や気象を管理するマザーAIの権限が宿っている。

魔族の脅威も去り、あとは愛する四人の花嫁候補たちと共に、卒業後の未来へ向けて歩んでいくだけのはずだった。


春のうららかな陽射しが、学園の中庭に降り注いでいる。

僕は木陰のベンチに座り、次回の魔法実技の予習ノートを開いていた。


もうすぐ昼休みが始まる時間だ。

いつもなら、リズやシャルロットたちが手作りのお弁当を持って僕の周りに集まってくる頃合いである。


「アレン様、いらっしゃいますか」


不意に声をかけられ、僕は顔を上げた。

そこに立っていたのは、シャルロットの専属メイドを務めている初老の女性だった。


彼女はいつもシャルロットの身の回りの世話を完璧にこなし、僕たちとシャルロットの関係も微笑ましく見守ってくれている恩人でもある。


「ああ、マリーさん。シャルロットなら、まだ教室から出てきていませんよ」


僕が笑顔で答えると、メイドのマリーさんは不思議そうに首を傾げた。


「シャルロット……殿下?それはどなたのことでしょうか」


マリーさんの口から出た予想外の言葉に、僕は一瞬、自分の耳を疑った。


「え?どなたって、マリーさんがいつも仕えている、この国の第一王女のシャルロットですよ。からかわないでください」


僕が苦笑いしながら言うと、マリーさんの表情はさらに困惑したものへと変わった。


「アレン様、おかしなことを仰らないでください。我が国の王家に、姫君は誕生しておりません。私は第一王子の専属メイドとして、殿下をお探ししていたのです」


マリーさんの瞳には、冗談を言っているような色は微塵もなかった。

そこにあるのは、完全に未知の単語を聞いた時の、純粋な疑問だけだった。


「……え?」


僕の背筋に、冷たい氷の刃を当てられたような悪寒が走った。

王家に姫君はいない。


マリーさんがシャルロットの存在を忘れている。

いや、忘れているというレベルではない。


まるで最初から存在しなかったかのように、彼女の記憶が根底から書き換えられている。


「マリーさん、冗談ですよね?だって、シャルロットは僕の婚約者で……!」


僕が立ち上がり、声を荒げようとしたその時だった。


ピピピッ……!!


僕の左腕の天界の端末が、かつてないほどに甲高い、耳をつんざくようなエラー音を鳴らした。


『警告。』

『システム内の歴史修復プロトコルが作動しました。』

『イレギュラーな事象の削除を実行中です。』


マザーの無機質な音声が、僕の頭の中に直接響き渡る。


歴史修復プロトコル。


イレギュラーな事象の削除。

その恐ろしい単語の羅列が意味するものを直感し、僕はマリーさんを置き去りにして全速力で走り出していた。


向かう先は、三年生の特別教室だ。


「シャルロット!」


僕は教室の扉を勢いよく開け放った。

教室の中には、数人の生徒たちが残って談笑していた。


そして窓際の席に、美しい金糸の髪を揺らすシャルロットの後ろ姿を見つけた。


「アレン様……?」


僕の切羽詰まった声に気づき、シャルロットがゆっくりと振り返る。

その瞬間、僕の心臓が早鐘のように激しく打ち鳴らされた。


シャルロットの体が、ノイズの走った古い映像のように、激しくブレていたのだ。

輪郭がぼやけ、彼女の向こう側にある窓の景色が透けて見えている。


「シャルロット!君の体、一体どうなってるんだ!」


僕は彼女の元へと駆け寄り、その両肩を力強く掴もうとした。


しかし。


「え……?」


僕の手は、シャルロットの肩をすり抜け、空を切った。

まるで実体のないホログラムに触れたかのように、一切の感触がなかったのだ。


「アレン様……私、なんだかおかしいのですわ」


シャルロットが、震える両手を自分の目の前にかざす。

彼女の手もまた、光の粒子となってポロポロと空気中に溶け出していた。


「声は聞こえるのに、アレン様に触れることができませんの。それに、頭の中が靄に包まれたように、自分の記憶が薄れていくのが分かりますわ」


シャルロットの青い瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

しかし、その涙すらも床に落ちる前に光となって消えていく。


「待ってくれ!消えないでくれ!端末、どうなってる!修復プロトコルを強制停止しろ!」


僕は左腕の端末を狂ったように操作し、管理者権限でコマンドを入力し続けた。


『エラー。』

『歴史修復プロトコルは、世界を維持するための最上位権限で実行されています。』

『現在の管理者権限では、処理をキャンセルできません。』


「ふざけるな!彼女は僕の婚約者だぞ!消していいはずがないだろう!」


僕が絶叫するが、システムの冷酷な宣告は覆らない。


「アレン様……泣かないで、くださいませ」


シャルロットの姿は、すでに胸から下が完全に消滅していた。

彼女は残された両腕で、僕の頬にそっと触れようと手を伸ばす。


「私が本来、政略結婚で不幸になるはずだった運命を、あなたが救ってくださった。その幸せな記憶だけで、私は十分に……」


シャルロットの顔が、ノイズに飲み込まれていく。


「やめろ!シャルロット!僕を置いていかないでくれ!」


僕は実体のない彼女の体を、何度も何度も抱きしめようと腕を回した。


「アレン様……愛して、おりますわ」


最後に、この世で最も美しく、気高い微笑みを残して。

僕の最愛の王女は、無数の光の粒子となって完全に世界から消滅した。

窓から吹き込んだ春の風が、光の粒子を乗せて空へと運んでいく。


「……シャルロット?」


誰もいない空間に向かって、僕は虚しく手を伸ばしたまま立ち尽くしていた。

教室の静寂が、僕の心を無残に切り裂いていく。


「アレン、どうしたの?そんなところで突っ立って」


背後から、聞き慣れた元気な声がした。

振り返ると、リズとサクラが不思議そうな顔をして教室に入ってくるところだった。


「リズ!サクラ!シャルロットが、シャルロットが突然消えちゃったんだ!体が光になって……!」


僕が半狂乱になって二人に駆け寄ると、リズとサクラは顔を見合わせて小首を傾げた。


「シャルロット?誰のこと、それ」


リズが、全く悪びれる様子もなく、純粋な疑問の声を上げる。


「うむ。アレン殿の知り合いか?そのような名前の者は、某の記憶にはないが」


サクラも同じように、首を横に振った。


絶望。


その二文字が、僕の脳裏を黒く塗りつぶしていく。

彼女の体だけでなく、世界中の人々の記憶からも、シャルロットという存在のすべてが完全に削除されてしまったのだ。


「そんな……嘘だろ……」


僕はその場に崩れ落ち、震える両手で顔を覆った。

僕の手に入れた正規管理者の権限など、この残酷な世界のシステムの前では無力だったのだ。


平穏なスローライフの夢は打ち砕かれ、僕はたった一人で、世界という巨大な運命のシステムを相手に絶望的な戦いを挑むことになったのである。

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