第65話 熱帯リゾートと化した王立魔法学園。管理者権限の暴走と、乙女たちの危険な水着
古代の大迷宮での激闘を終え、この世界の正規管理者という途方もない権限を手に入れた翌日のことである。
僕たちは無事に王立魔法学園の地上へと帰還し、平和な三年生の日常を取り戻していた。
「それにしても、今日は少し肌寒いね」
教室の窓から曇り空を見上げながら、僕は小さく息を吐いた。
春とはいえ、王都の朝夕はまだ冷え込むことが多い。
これでは、ログレー領の特産品として学園の敷地内で育てようとしている『コメ』の苗にも悪影響が出てしまうかもしれない。
「そうですわね。せっかくの平和な新学期ですのに、このお天気では気分も晴れませんわ」
シャルロットがカーディガンを羽織りながら、僕の隣で上品に同意する。
「そうだ。昨日手に入れた管理者権限を使って、学園の周辺だけ少し気温を上げてみようか」
僕は左腕の天界の端末を起動し、ホログラム画面を展開した。
正規管理者となったことで、端末の機能は以前とは比較にならないほど拡張されている。
『環境管理システムへアクセス。気象制御プロトコルを展開します』
マザーの音声と共に、王都周辺の気象データが画面に表示された。
「えっと、目標気温を春のポカポカ陽気にして……」
僕がパラメーターを操作しようとした、その時だった。
「アレン殿!某にもその神の如き操作を見せてくれ!」
サクラが背後から勢いよく身を乗り出してきて、僕の腕にドンッとぶつかってしまった。
「あっ、サクラ、待って!指が滑っ……!」
僕の指先は、目標気温の数値を設定するスライダーを、限界突破の『熱帯気候』のレベルまで一気に引き上げてしまったのだ。
ピピピーッ!
『気象制御、熱帯リゾートモードを承認しました。学園敷地内の環境を再構築します』
マザーの無機質な音声が響いた瞬間、窓の外の景色が劇的に変化し始めた。
「な、なんだこれは!?」
「空が……一瞬で雲一つない快晴になりましたわ!」
曇り空は吹き飛び、ギラギラと照りつける真夏の太陽が顔を出した。
それだけではない。
学園の中庭に植えられていた木々は、一瞬にしてヤシの木のような南国の植物へと姿を変え、噴水はエメラルドグリーンに輝く広大な温水プールへと変貌を遂げてしまったのだ。
「あつい……っ!急にどうなってるの!?」
リズが制服の襟元をパタパタと扇ぎながら悲鳴を上げる。
「これはただの気温上昇ではありませんわ。湿度も完全に南国のそれですのよ!」
ベアトリスも額に汗を浮かべ、眼鏡を外してハンカチで顔を拭っている。
「やばい。学園全体を熱帯リゾート環境に書き換えちゃったみたいだ」
僕が慌てて設定を元に戻そうと端末を操作するが、なぜか『環境移行中のため、数時間は再設定不可』というエラーメッセージが返ってくる。
「ご、ごめん!僕の操作ミスのせいで、数時間は学園が真夏になっちゃう!」
僕が平謝りすると、暑さに喘いでいた四人の乙女たちは顔を見合わせた。
「……数時間は戻らないのですね?」
シャルロットが、暑さのせいか頬を紅潮させながら尋ねてくる。
「うん。本当にごめん。すぐに冷却魔法をかけるから……」
「アレン、冷却魔法なんていらないよ!」
リズが満面の笑みで僕の言葉を遮った。
「えっ?」
「せっかくの真夏の海みたいな環境なんだから、楽しまなきゃ損でしょ!アレン、私たちのためにあの『水着』を出して!」
かくして、僕の天候操作チートの暴走は、思わぬ方向へと転がっていくことになった。
僕は物質合成アプリを起動し、四人の要望に合わせて現代地球の最新デザインを取り入れた水着を錬成した。
場所は、熱帯リゾートのプールと化した学園の広大な中庭である。
「アレン様、お待たせいたしましたわ!」
更衣室代わりに使った空き教室から、四人の花嫁候補たちが水着姿で飛び出してきた。
「どうかな、アレン!このビキニ、前世で着てみたかったデザインなんだ!」
リズは健康的な肌を惜しげもなく晒す、鮮やかなひまわり色のビキニ姿だった。
引き締まった腹筋と、剣士特有のしなやかな肢体が眩しすぎる。
「アレン様。私には、この純白のフリル水着が似合うと言ってくださいませ」
シャルロットは、清楚でありながらも彼女の豊満な胸の谷間を強調する、破壊力抜群のフリルビキニを身に纏っていた。
「私は機能性と知性を重視した、こちらのパレオ付きの黒い水着ですわ。……どうですか?大人っぽく見えますか?」
ベアトリスは黒を基調としたシックなデザインながら、透けるような白い肌とのコントラストが色気を爆発させている。
「某は……その、これだ!ヤマトにはない布の少なさに、少し戸惑っておるが……!」
サクラは顔を真っ赤にしながら、スポーティな赤い水着姿を披露した。
四人の絶世の美少女たちによる、突然の水着ファッションショー。
しかもここは学園の中庭であり、周囲には暑さで避難してきた他の生徒たちの目もある。
「みんな、すごく似合ってるよ。でも、なんだか周りの視線が痛いんだけど……」
僕が苦笑いしながら周囲を見渡すと、男子生徒たちが血走った目でこちらを凝視していた。
「あら。他の有象無象の視線など気にする必要はありませんわ。私たちのこの姿は、アレン様ただ一人のためのものですから」
シャルロットが周囲の男子生徒たちを一瞥し、圧倒的な王女の威圧感で彼らを退散させる。
「さあ、アレン!プールに入ろう!私が泳ぎを教えてあげる!」
リズが僕の腕を引っ張り、エメラルドグリーンのプールへと飛び込んだ。
ザバーンッ!という水飛沫と共に、熱帯の太陽の下で僕たちの水遊びが始まった。
「冷たくて気持ちいいですわ!アレン様、私にも水をかけてくださいな!」
「シャルロット殿下、はしゃぎすぎですわよ。……きゃっ!アレン様、不意打ちはズルいですわ!」
「うむ!これは修行の一環だな!某も手加減はせぬぞ!」
僕たちは水を掛け合い、笑い合い、完全に時間を忘れて南国リゾートを満喫した。
昨日まで世界の存亡を懸けて古代の大迷宮で戦っていたとは思えないほどの、落差の激しいドタバタ劇だ。
「はぁ……疲れた。でも、すっごく楽しかったね」
しばらくしてプールサイドに上がり、僕たちは錬成したビーチベッドで休んでいた。
「ええ。アレン様のチートの暴走には驚かされましたが、結果的に最高のご褒美になりましたわ」
シャルロットが僕の隣のベッドに寝転がり、甘い吐息を漏らす。
彼女の濡れた髪から滴る水滴が、白い肌を滑り落ちていく様は、息を呑むほどに美しい。
「アレン様のおかげで、最高の新学期の思い出ができましたわ」
ベアトリスが冷たいトロピカルジュースを差し出してくれる。
「主君の作る環境は、いつも驚きと喜びに満ちておるな!」
サクラも満足そうに頷いている。
「……世界を救った次の日がこれか」
僕は青く澄み渡った南国の空を見上げ、パラソルの下でくすっと笑った。
僕の望む平穏な農業スローライフとは少しベクトルが違う気もするが、大好きな彼女たちがこれほどまでに笑顔を見せてくれるのなら、たまにはこんなドタバタな日常も悪くない。
「アレン、ありがとう。私、アレンのことが本当に大好きだよ」
リズが僕の頬にそっと唇を寄せ、柔らかな温もりを伝えてくる。
「リズさんだけズルいですわ!私もアレン様に愛を伝えますの!」
「私も負けていられませんわね」
「某も、主君への忠誠をこの唇で証明しよう!」
四人の花嫁候補たちが、水着姿のまま僕に覆い被さるようにして密着してくる。
「ああっ!みんな、重い!水着でくっつくと色々と……!」
僕の幸せな悲鳴は、熱帯の太陽と彼女たちの楽しげな笑い声の中に溶けていった。
正規管理者となった僕と、最強の乙女たちが織りなす最後の一年。
それは、世界を救うよりもずっと刺激的で、甘く危険なスローライフ防衛戦の始まりだった。




