第63話 世界の真実と古代の箱庭。イレギュラーな管理者と魔族の残党による電脳防衛戦
天を突くような巨大な金属の扉が、重々しい駆動音を響かせながら左右に開いていく。
未知の領域へと足を踏み入れた僕たちを待っていたのは、剣と魔法のファンタジー世界とは完全に一線を画す、圧倒的に無機質でSF的な光景だった。
「これは……いったい、何なのですか……?」
シャルロットが呆然と呟き、炎の杖を持つ手を震わせた。
広大な空間の奥深くまで、黒い箱型の巨大な機械群が規則正しく立ち並んでいる。
それぞれの機械には無数のケーブルが接続され、表面には青や緑の微小なランプが蛍のように明滅していた。
それは前世の地球で見たことがある、巨大企業のデータセンターや、スーパーコンピューターのサーバー群そのものだった。
「なんだか、すごく空気が冷たいよ……。それに、ブーンって変な音がずっと鳴ってるし」
リズが警戒しながら、剣を構えたまま僕の背中にピタリと身を寄せてくる。
「冷却ファンの稼働音ですわね。これほど巨大な魔導具の群れ、ヴァンルージュ商会の全財産を投じても作り上げることは不可能ですわ」
ベアトリスが眼鏡を押し上げ、未知のテクノロジー群を食い入るように観察している。
「うむ……魔力とは違う、何か途方もない力を感じるぞ。アレン殿、ここは本当に学園の地下なのか?」
サクラが周囲を油断なく見渡しながら、僕に問いかけた。
「ああ、間違いないよ。ここは……この世界を裏側から管理するための、巨大な制御室だ」
僕が左腕の【天界の端末】を見下ろすと、画面上の同期プロトコルが100%に達し、『ローカルネットワークへの接続を確立』というメッセージが表示されていた。
その瞬間だった。
部屋の中央にある、一段高く設置された円筒形のコンソールの前に、青白い光の粒子が集束し始めた。
光の粒子は瞬く間に人間の女性の形を構成し、半透明のホログラムとなって僕たちの前に姿を現した。
「なっ、幽霊か!?」
サクラが刀を抜き放とうとするのを、僕は手で制した。
「待って、サクラ。あれは幽霊じゃない。このシステムを統括している『人工知能』だ」
『生体認証クリア。DNAパターン、非登録。しかし、所持デバイスに最上位の管理者権限を確認。ようこそ、イレギュラーな管理者様』
ホログラムの女性は、一切の感情の起伏がない無機質な合成音声で僕に向かって一礼した。
「僕はアレン・ログレーだ。君は誰だ?そして、ここは一体何をする場所なんだ?」
僕が問いかけると、ホログラムの女性は淡々と答え始めた。
『私はこの環境管理システム・メインフレームの統括AI、通称マザーです。ここは、この惑星の環境、気象、マナ(魔力)の循環、および生態系を管理・維持するための第一制御室です』
「環境を……管理?それでは、この世界は誰かが人工的に作り出したものだと言うのですか?」
ベアトリスが驚愕の声を上げる。
『肯定します。はるか昔、高度な科学技術を持った旧人類が、荒廃した惑星を再生するためにこの巨大な箱庭システムを構築しました。あなた方が魔法と呼ぶ現象も、大気中に散布されたナノマシンが、生体電流(魔力)に反応して物理法則を書き換えるシステムの一部に過ぎません』
マザーの言葉は、この世界の根底を覆すあまりにも衝撃的な真実だった。
魔法は奇跡ではなく、古代科学の遺産。
そしてこの世界自体が、作られた巨大な箱庭だったのだ。
「そんな……じゃあ、私たちが信じてきた精霊や神様は……」
リズがショックを受けたように呟く。
『すべてはシステムが正常に稼働するためのインターフェース、あるいは後世の人間が生み出した概念です。システムは数万年にわたり、この世界を平穏に維持し続けてきました』
「なるほど、世界の成り立ちは分かった。じゃあ、魔族とは一体何なんだ?なぜ彼らは人間を襲い、この場所を狙っている?」
僕の核心を突く質問に対し、マザーのホログラムがわずかに明滅した。
『魔族……それは、システムのエラー、すなわちバグから生まれた存在です。長きにわたる稼働の中で蓄積された不要なデータや、廃棄されたプログラムの残滓。それらがマナ(魔力)と結合し、独自の意思を持って実体化したものが、あなた方の呼ぶ魔族です』
「バグ……。私たちが命懸けで戦ってきた大魔王も、春休みに辺境を襲った上級魔族も、すべてはこの機械のバグだったというのですか!?」
シャルロットが信じられないというように、怒りと戸惑いの混じった声を上げる。
『肯定します。彼らの目的は、システムの完全な破壊、あるいは管理者権限の奪取による世界のリセット(初期化)です。エラーである彼らにとって、正常な世界こそが排除すべき対象なのです』
だから、ザガンたち上級魔族は、この学園の地下深くにある大迷宮を目指していたのか。
世界の根源をハッキングし、すべてを無に帰すために。
「でも、安心したよ。僕がこの端末を持っている限り、管理者権限は魔族には渡らない。この世界の平穏は、僕たちが守り抜く」
僕が力強く宣言し、四人のヒロインたちもそれに呼応するように武器を構え直した。
その時だった。
「ククク……実に感動的な決意だが、少々遅かったようだな」
制御室の空気が、突如として氷のように冷たく凍りついた。
空間がドス黒く歪み、そこから三つの禍々しい影が這い出してきたのだ。
「なっ……!結界を破って、空間転移してきたというのか!」
サクラが刀を正眼に構え、鋭い視線を向ける。
現れたのは、ザガンと同等、いやそれ以上の魔力圧を放つ上級魔族の残党たちだった。
「ザガンがやられた時は驚いたが、奴が残した座標データのおかげで、迷宮の面倒なトラップをすっ飛ばしてここへ到達できた」
三人の魔族のうち、リーダー格と思われる長身の男が、歪な笑みを浮かべながらマザーのホログラムへと歩み寄る。
「イレギュラーな管理者よ。その端末ごと、お前たちをスクラップにして、この忌々しい箱庭を完全にフォーマットしてやろう」
『警告。未登録の悪意あるプログラムの侵入を検知。ファイアウォールを展開中……』
マザーの音声が響くが、魔族の男がコンソールに手を触れると、黒いノイズがシステム全体へと走り抜けた。
『エラー。第一防壁、突破されました。メインコアへのハッキングが進行中。このままでは、世界の環境維持機能が停止し、地殻崩壊が発生します』
「まずいですわ!システムが破壊されれば、この世界そのものが消滅してしまいます!」
ベアトリスが悲痛な叫びを上げる。
「させない!僕の故郷も、みんなとの未来も、絶対に壊させない!」
僕は左腕の端末をコンソールのインターフェースに叩きつけ、システムに直接ダイブした。
「リズ、シャルロット、ベアトリス、サクラ!あの魔族の本体は僕のハッキングを邪魔しようと襲ってくるはずだ!物理的な防衛は君たちに任せる!」
「任せて!アレンには指一本触れさせないから!」
リズが黄金の闘気を爆発させ、魔族の一人に斬りかかる。
「アレン様の愛する世界、王女の誇りに懸けて守り抜きますわ!」
シャルロットの炎が、制御室の冷たい空気を一気に灼熱へと変える。
「私たちの完璧な陣形で、一歩も通しませんわ!」
ベアトリスが氷の防壁を展開し、魔族の攻撃を弾き返す。
「アレン殿は背後に憂いなく、その神の如き知略を振るうが良い!」
サクラの神速の抜刀術が、空間の歪みごと魔族を切り裂く。
四人の最強の乙女たちが、僕を守る鉄壁の盾と剣となって魔族の残党と激突する。
『防衛プロトコルを上書きします。アレン様、サポートをお願いします』
「ああ、マザー。一緒にこの世界のバグを駆除しよう」
僕は端末のキーボードをホログラムで空中に展開し、前世で培ったすべての知識と、転生後に極めた魔法理論を総動員して、魔族のハッキングプログラムへの迎撃を開始した。
剣と魔法が交錯する物理戦と、世界の存亡を懸けた電脳空間でのハッキングバトル。
僕たちの卒業と決断の三年生編は、世界の真実を知るという最大の試練と共に、決死の防衛戦へと突入していった。




