第56話 絶望のスタンピードと最強の乙女たち。辺境の空を染める広域殲滅の合体魔法
翌朝、ログレー辺境伯領の国境線に位置する防衛砦は、けたたましい警鐘の音と怒号に包まれていた。
「急げ!予備の魔力障壁を展開しろ!弓兵部隊、第二陣急げ!」
「ダメです!魔物の数が多すぎます!防衛線が突破されるのも時間の問題です!」
僕たちが馬車を飛ばして砦に到着した時、そこには文字通りの絶望が広がっていた。
砦の高く分厚い城壁の上から見下ろす眼下の平原は、地平線の彼方までドス黒い魔物の大群で埋め尽くされていたのだ。
狂暴なオークやオーガ、巨大な体躯を持つベヒーモスなどの地上部隊が地鳴りを立てて押し寄せ、空は無数のガーゴイルやワイバーンが太陽の光を遮るように飛び交っている。
「これは……異常ですね。数十年に一度のスタンピード(魔物大暴走)と比較しても、規模が桁違いですわ」
ベアトリスが扇子越しに戦況を見下ろし、鋭い視線を向けた。
「ええ。しかも、あれだけの数の魔物が同士討ちもせずに、一直線にこの砦を目指して進軍してきているなんて、明らかに不自然ですわ」
シャルロットも炎の杖を強く握りしめ、眉をひそめる。
砦の守備隊長である白髪の老騎士が、僕の顔を見て悲痛な声を上げた。
「アレン様!よくぞ駆けつけてくださいました。しかし、ここはあまりにも危険です!辺境伯様のご子息を死なせるわけにはいきません、どうか王都へ避難を!」
血と汗に塗れた老騎士や、満身創痍の兵士たちを見るに、彼らの体力と魔力はすでに限界を完全に超えていた。
あと数分もすれば、防衛障壁は破られ、この砦は数万の魔物の波に飲み込まれてしまうだろう。
「隊長、心配はいりません。防衛部隊を城壁の内側まで後退させてください。ここからは、僕たちに任せていただければすぐに終わります」
僕が落ち着いた声で告げると、老騎士は信じられないという顔をした。
「な、何を仰っているのですか!?いくら王都で英雄と呼ばれたお方でも、たった五人でこの数万の大軍を相手にするなど、自殺行為です!」
「五人じゃありません。前線に出るのは、僕の自慢の婚約者たち四人だけです」
僕がニヤリと笑って振り返ると、四人のヒロインたちはすでに戦闘の準備を完璧に整え、僕の合図を待ち構えていた。
「みんな、ここは僕の故郷だ。領民たちの平穏なスローライフを守るために、君たちの全力を貸してほしい」
僕の言葉に、四人の乙女たちは一斉に力強く頷いた。
「当然ですわ!アレン様の故郷を荒らす不届き者たち、私たちがまとめて消し去って差し上げますわ!」
「アレンの帰る場所は、私が絶対に守り抜くから!」
「お任せくださいませ。公爵令嬢としての誇りに懸けて、圧倒的な力の差というものを見せつけましょう」
「ヤマトの剣、とくとご覧あれ!主君の憂いは某がすべて断ち切ってくれる!」
彼女たちの迷いのない言葉を聞き、僕は左腕の【天界の端末】を起動した。
「【戦術支援ネットワーク】を展開。四人の魔力波長とバイタルを同期する。僕は後方から索敵とバフのサポートに回るから、存分に暴れてきてくれ!」
「「「「はい(うむ)!!」」」」
四人の返事が重なった瞬間、彼女たちは城壁の上から、魔物の大群が押し寄せる平原へと一斉に飛び降りた。
「なっ、お待ちください!死ぬ気ですか!」
老騎士が絶叫するが、彼女たちの体は僕の【重力操作アプリ】のサポートによってふわりと減速し、魔物の群れの真正面へと軽やかに着地した。
最初に動いたのは、前世からの幼馴染であり、王国が誇る剣聖のリズだった。
「まずは、上空の目障りな羽虫から片付けるよ!」
リズは愛用の長剣を抜き放ち、深く息を吸い込んだ。
彼女の全身から黄金色の闘気が爆発的に立ち昇り、周囲の空気がビリビリと震え始める。
「空を飛んでるからって、私の剣が届かないと思ったら大間違いなんだから!」
リズは脚力だけで数十メートルもの高空へと跳躍し、空を埋め尽くすワイバーンとガーゴイルの群れへと飛び込んだ。
「剣聖技・閃光千刃!!」
リズの腕がブレたかと思うと、空中に無数の黄金の斬撃波が網の目のように放たれた。
音速を遥かに超えた神速の剣閃は、空飛ぶ魔物たちの硬い鱗や石の皮膚をまるで紙切れのように切り裂いていく。
ギャァァァァァッ!!
空中で断末魔の悲鳴が連鎖し、ワイバーンの巨大な翼やガーゴイルの胴体が次々と真っ二つになって地上へと降り注いだ。
リズは空中の魔物の死骸を足場にしてさらに跳躍を繰り返し、まるで重力を無視したような三次元的な動きで、空の脅威を単機で次々と撃墜していく。
「すごい……空が、黄金の光で満たされている……!」
城壁の上から見ていた騎士たちが、度肝を抜かれて呆然と呟く。
空の制空権をリズが確保したのと同時に、地上ではヤマトの剣士サクラが動いた。
「空の次は地上の掃除だな。某の刀の錆となるがいい!」
サクラは刀を鞘に収めたまま低く身を沈め、押し寄せるオークやオーガの巨大な壁に向かって真っ直ぐに突進していった。
「グオオオオッ!!」
巨大な棍棒を振り下ろすオーガの群れ。
しかし、サクラはその巨体の隙間を、まるで舞を踊るような優雅で無駄のない動きで擦り抜けていく。
「アレン殿が某にくれたこの新しい力、存分に試させてもらうぞ!」
サクラは僕が事前に施しておいた【身体能力強化バフ】を全開にし、鞘の中で魔力を極限まで圧縮した。
「ヤマト国抜刀術・絶技……桜花狂咲!!」
カチャッ、という小さな鍔鳴りの音と共に、サクラの刀が目にも留まらぬ速さで抜かれた。
刹那、彼女の周囲数十メートルにわたって、桜の花びらのような無数の薄紅色の斬撃の嵐が吹き荒れた。
ズババババババババッ!!!
「ギャアアアアッ!?」
「ゴギャァァッ!」
サクラの周囲にいた数百体の地上魔物たちが、文字通り一瞬にして無数の肉塊へと変わり果てた。
彼女が一歩前に進むたびに、巨大な魔物たちが血飛沫を上げて崩れ落ちていく。
その洗練された一撃必殺の抜刀術は、力任せの魔物たちの進軍を完全に食い止め、地上に分厚い死骸の山を築き上げていた。
「なんという剣技だ……あの小柄な少女が、あんな巨大な魔物を紙屑のように……!」
守備隊長の老騎士が、震える声で感嘆の声を漏らした。
リズとサクラの圧倒的な武力によって、数万の魔物の進軍は完全に足を止め、前線が大きく後退し始めていた。
敵の群れが後方に密集し、一つの巨大な標的となったその瞬間。
『シャルロット、ベアトリス。敵が密集したよ。一気に終わらせて』
僕が念話で指示を飛ばすと、後方で魔力を練り上げていた二人の乙女が同時に目を開いた。
「ええ、アレン様。ここからは、私たちの魔法の独壇場ですわ」
ベアトリスが一歩前に進み出た。
彼女の青いドレスアーマーから、周囲の空気を凍てつかせるほどの絶対零度の冷気が放たれる。
「まずは、逃げ場を完全に封じさせていただきますわ。氷の女王の吐息、絶対零度・広域氷結陣!!」
ベアトリスが扇子を優雅に振り下ろすと、闘技場の地面を凍らせたあの魔法の数百倍の規模の冷気が、平原を覆い尽くす魔物の大群へと放たれた。
ピキィィィィィィィィンッ!!!
凄まじい音と共に、数万の魔物たちの足元から急速に氷が這い上がり、彼らの巨大な体を一瞬にして分厚い氷の彫刻へと変えてしまった。
見渡す限りの平原が、太陽の光を反射してキラキラと輝く、死の氷原へと姿を変えたのだ。
「よし、完璧な足止めですわ。シャルロット殿下、あとはお願いしますわよ」
「ええ、お任せなさい。私の愛の炎で、すべてを塵に還して差し上げますわ」
シャルロットが前に進み出た。
彼女の純白の特製ドレスアーマーの魔力増幅炉が、真紅の輝きを放って唸りを上げる。
「アレン様!私からアレン様への、熱く燃え上がる愛の大きさ、とくとご覧になってくださいませ!」
シャルロットが炎の杖を天高く掲げると、空の雲が渦を巻き、彼女の頭上に小さな太陽のような極大の炎の球体が現出した。
その熱量は、遠く離れた城壁の上にいる僕たちでさえ汗をかくほどだった。
「消え去りなさい!極大紅蓮業火・殲滅陣!!」
シャルロットが杖を振り下ろした瞬間、巨大な炎の球体が、氷漬けになった魔物の大群の中心へと真っ逆さまに落ちていった。
ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!
世界が終わるかのような爆音と、目を焼くような強烈な閃光が平原を包み込んだ。
ベアトリスが作り出した絶対零度の氷と、シャルロットの放った極大火力の炎。
極端な温度差による『熱衝撃』が、魔物たちの体を細胞レベルで破壊し尽くしていく。
炎の竜巻が平原を舐め尽くし、数万の魔物たちは悲鳴を上げる間もなく、文字通り一瞬にして白い灰へと変わっていった。
爆炎と水蒸気が高く立ち上り、国境の平原を覆っていた絶望の黒い波は、跡形もなく消え去ってしまったのである。
「……」
城壁の上にいた辺境の騎士団たちは、全員が言葉を失い、武器を取り落として呆然と立ち尽くしていた。
数万のスタンピード。
本来ならば、王国の正規軍を総動員して数日がかりで防衛線を構築しなければならないほどの未曾有の危機。
それを、たった四人の少女たちが、ほんの数分の間に完全に殲滅してしまったのだ。
「終わった……のか?」
老騎士の呟きを合図に、城壁の上から爆発的な歓声が沸き起こった。
「うおおおおおっ!!勝ったぞ!!俺たちは助かったんだ!!」
「アレン様万歳!!美しき乙女たち万歳!!」
騎士たちが抱き合い、涙を流して喜びを爆発させている。
炎と氷の残滓が漂う平原から、リズ、サクラ、シャルロット、ベアトリスの四人が、全く汗一つかいていない涼しい顔で戻ってきた。
「アレン様!私たちの活躍、見ていてくださいましたか?」
シャルロットが満面の笑みで僕に抱きついてくる。
「アレンの故郷、しっかり守ったよ!」
リズも僕の腕にすがりついて、嬉しそうに見上げてくる。
「みんな、本当にお疲れ様。完璧な連携だったよ。父上もきっと驚くはずさ」
僕が四人の頭を撫でて褒め称え、このまま凱旋しようとした、その時だった。
ピピピッ……!ピピピピピピピピピッ!!
僕の左腕の【天界の端末】が、突如として甲高い警告音を鳴らし始めたのだ。
「なんだ……!?」
ホログラム画面を展開すると、魔物を殲滅したばかりの平原の奥、魔の森の境界線付近から、規格外の『魔力波長』が急速に膨れ上がっているのが表示された。
その波長は、かつてヤマト国で相対した大魔王に近い、あるいはそれ以上の禍々しさを持っていた。
「アレン殿、どうしたのだ?顔色が悪いぞ」
サクラが僕の異変に気づき、刀の柄に手を戻す。
「……終わってなかった。いや、むしろここからが本番みたいだ」
僕は端末の画面を険しい表情で睨みつけた。
「あれだけの数の魔物を意図的に操り、僕たちの力量を測るための『捨て駒』にしていた真の黒幕が、向こうから挨拶に来るみたいだ」
僕の言葉に、歓喜に沸いていた四人の乙女たちの顔から一瞬にして笑みが消え、再び極限の戦闘態勢へと切り替わった。
焼け焦げた平原の奥から、圧倒的な死のプレッシャーを纏った一つの『影』が、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
僕たちの平穏な春休みを脅かす、魔族の暗躍。
辺境領を舞台にした、新たなる死闘の幕が、今まさに開かれようとしていた。




