第38話 帰路の宿場町と秘密の女子会。ほろ酔いの乙女たちが企む、十七歳の夏を彩る甘いデートの約束
ヤマト国の動乱を平定し、最高の和食食材と新たな許嫁を手に入れた僕たち最強パーティは、大型魔導船での長い航海を終え、ついに王国の地へと降り立った。
王都へ向かう陸路の途中に位置する、活気ある大きな宿場町。
王都への到着は明後日に迫り、波乱に満ちた二年生の夏休みも残りわずかとなっていた。
その前日の夜。
僕が隣の部屋で旅の疲れを癒やしている頃、ヒロインたちの泊まる女子部屋では、秘密のパジャマパーティという名の、極めて重大な作戦会議が開かれていた。
「ねえ、みんな。王都に着いたら、もうすぐ新学期が始まっちゃうね」
浴衣のような薄手の寝間着姿のリズが、部屋の中央に置かれたクッションを抱きしめながら、ポツリと切り出した。
「ええ。武闘会から始まり、ヤマト国への遠征まで、本当に怒涛の夏休みでしたわ」
シャルロットが、艶やかな金髪を櫛で梳かしながら優しく微笑む。
「でも……私たち、アレンとずっと一緒にはいたけど、みんなで戦ってばかりだったじゃない?」
リズの碧眼が、少しだけ潤んだように揺れる。
「私、アレンとの『二人だけの思い出』が欲しいの。十七歳の、この夏の終わりに」
その言葉に、部屋の空気が微かに、しかし確かな熱を帯びた。
「……リズさんの仰る通りですわ。私たちはアレン様の婚約者となりましたが、まだ何も、決定的な愛の証を交わしておりませんもの」
ベアトリスが知的な瞳を細め、ベッドに腰掛けながら妖艶な吐息を漏らす。
「愛の証……」
ヤマト国から来たばかりのサクラが、顔を真っ赤にして俯いた。
「リズ、あなたとアレン様は、幼い頃からの深い絆で結ばれていますわ。でも、何か焦りのようなものを感じますの。気のせいかしら?」
シャルロットの鋭い問いかけに、リズはギュッとクッションを抱きしめ直した。
「……私ね、前世の時からずっと、アレンのことだけを見てきたの。前世でも両思いだったけど、最後の最後、キスをする直前で……私たちは離れ離れになっちゃったから」
リズの声が震え、その目には強い情念が宿っていた。
「今世でも、心は完全に通じ合ってるって分かってる。でも、私だってただの女の子だもん。成長していく私の体が、どうしようもなくアレンの熱を、確かな『証』を欲しがってるの。もう、誤魔化しきれないくらいに」
幼馴染の切実な告白に、三人の乙女たちは息を呑んだ。
「そのお気持ち、痛いほど分かりますわ」
シャルロットが櫛を置き、胸元に両手を当てて熱っぽく語り始めた。
「私は王族として、顔も知らない相手との政略結婚を、女として望まない婚姻を受け入れる覚悟をしておりました。ですが、アレン様がその呪縛から私を救い出し、最愛の人として隣に立つことを許してくださった」
シャルロットの瞳から、一粒の涙が零れ落ちる。
「私に与えられた命も、この体も、すべてはアレン様のためにありますわ。私の溢れるほどの愛情と感謝を、アレン様に直接、私のすべてを懸けてお伝えしたいのです」
「お二人だけではありませんわよ」
ベアトリスが立ち上がり、夜風に銀髪を揺らしながら、自らの秘められた過去を口にした。
「実は私、アレン様と盤上遊戯のビジネスを始める前は、実家の利益のために、五十歳を越える辺境伯の後妻にさせられる話が進んでおりましたの」
「えっ……ベアトリス殿が、五十の翁と!?」
サクラが驚愕の声を上げる。
「ええ。公爵家の令嬢として、それが私の役目だと諦めておりました。ですが、アレン様は私の商才を認め、一緒にビジネスを立ち上げ、あの忌まわしい縁談ごとすべてをぶっ壊してくださった。公爵家の駒としてではなく、『一人の女性』として私を見てくださったのです」
ベアトリスの白い頬が、狂おしいほどの情念に染まる。
「私の理性を溶かすことができるのは、アレン様だけ。彼に抱かれることだけが、私の女としての至上の喜びなのですわ」
三人の重く、そして深すぎる愛情の吐露。
最後に視線を集められたサクラは、パタパタと手で顔を扇ぎながら、恥じらいと決意の入り交じった表情を見せた。
「そ、某は……アレン殿に出会うまでは、ヤマト国で親が定めた武士との婚約を受け入れておった。剣の道に生きる某にとって、『人を愛する』などという感情は、考えたこともなかったのだ」
サクラが胸の鼓動を抑えるように、薄い寝間着の胸元を強く握る。
「だが、アレン殿の優しさに触れ、その背中を追ううちに……どうしようもなく惹かれている自分がいる。某は、彼のためなら命すら惜しくない」
サクラはふと、何かを思い出したようにハッとして、懐から小さな紙切れを取り出した。
「それに……ヤマトを出る時、母上から『他の女狐に出し抜かれる前に、既成事実を早目にね』と、具体的な手解きを記した秘伝の書を渡されておるのだ♡」
「なっ……!ちょ、ちょっとサクラ!何を持たされてるのよ!」
「お、お母様、なんという恐ろしいアドバイスを……!」
サクラの爆弾発言に、部屋の空気が一気に爆発した。
「抜け駆けは許しませんわよ!私たち、固い協定を結んだ仲ではありませんか!」
シャルロットが慌ててサクラに詰め寄る。
「ええ、そうですわ。こうなったら、明日、アレン様に直接交渉いたしますわよ。王都に着いてから、一日ずつ順番にアレン様を独占する日を作るのです」
ベアトリスが理知的な、しかしどこか好戦的な笑みを浮かべて提案した。
「賛成!アレンには絶対に断らせない。明日の夕食の時、みんなで協力して一気に外堀を埋めるよ!」
リズの力強い宣言に、四人の乙女たちは互いの手を取り合い、夜更けまで綿密な『誘惑のシナリオ』を練り上げるのだった。
◇
そして翌日の夜。
宿場町で一番豪華な客室に、ヤマト国の特産品を使った絶品の海鮮料理と、僕が【物質合成アプリ】で精製した果実酒が並べられていた。
「アレン殿の作る飯は、何度食べても美味いな!」
サクラが幸せそうに海鮮丼を頬張っている。
「ええ。この果実酒も、甘くてとても飲みやすいですわね」
シャルロットがグラスを傾け、ほんのりと頬を桜色に染めていた。
異世界基準ではかなり度数を低くしたつもりだったが、普段お酒を飲まない彼女たちにとっては、十分に酔いが回る強さだったらしい。
四人とも、トロリとした潤んだ瞳で僕を見つめ、どこか艶やかな空気を纏っていた。
「みんな、あまり飲みすぎないようにね。明後日には王都に着くんだから」
僕が苦笑いしながら注意すると、リズが僕の隣にスリ寄ってきて、そっと僕の服の袖を引いた。
「ねえ、アレン。長かった夏休みも、もうすぐ終わっちゃうね」
リズの甘ったるい声が、僕の耳元をくすぐる。
「ああ。本当に色々あったけど、最高の夏だったよ」
僕が素直に答えると、リズは上目遣いで僕を真っ直ぐに見つめ込んできた。
「私ね、アレンにお願いがあるの。みんなでワイワイするのも楽しかったけど……十七歳のこの夏の最後に、アレンとの『二人だけの思い出』が欲しいな」
「二人だけの、思い出?」
僕が鸚鵡返しに尋ねると、向かいに座っていたシャルロットが、ふわりと甘い香りを漂わせながら身を乗り出してきた。
「リズさんの仰る通りですわ、アレン様。私たち、まだ婚約者らしい甘い時間を、二人きりで過ごしておりませんもの」
「ええ。王都に到着してから新学期が始まるまでの数日間、私たち一人ずつと、一日だけデートのお時間をいただけませんでしょうか?」
ベアトリスも、普段の冷静な仮面をかなぐり捨て、熱っぽい視線で僕の退路を塞いできた。
「主君よ!某も、貴殿と二人きりで王都の町を歩いてみたい!どうか、この通りだ!」
サクラまでもが、真剣な顔で頭を下げる。
「えっと……デートって、四人連続で一日ずつってこと?」
僕が冷や汗を流しながら確認すると、四人は一斉にコクリと頷いた。
「お願い、アレン。私、ずっとこの時を待ってたの。アレンに、私の全部を見てほしいの」
リズの碧眼が、これ以上ないほどに潤み、僕への強烈な愛情と欲求を訴えかけてくる。
その瞳の奥には、前世からの長い長い片思いを終わらせたいという、切実な願いが込められていた。
前日の夜に女子部屋で完璧な打ち合わせを済ませている彼女たちの連携は、あまりにも見事で、そしてあまりにも色っぽかった。
ほろ酔い状態の美少女四人から、こんなにも甘く熱烈に「二人だけの思い出が欲しい」とおねだりされて、断れる男がこの世に存在するだろうか。いや、存在しない。
「……分かった。王都に着いたら、順番に一日ずつ、君たちの行きたい場所へデートに行こう」
僕が観念して承諾した瞬間、四人の顔にパァッと花が咲いたような笑顔が広がった。
「やった!アレン、大好き!」
リズが僕の首に抱きつき、柔らかな胸を押し当ててくる。
「アレン様!私、最高に幸せですわ!」
「ふふっ、アレン様の理性を、どこまで保たせることができるか楽しみですわね」
「おおっ!ならば某は、母上の教えを実践するのみ!」
シャルロット、ベアトリス、サクラも、それぞれに爆弾発言を交えながら歓喜の声を上げた。
◇
こうして。
ヤマト国からの帰路の宿場町で、ほろ酔いの乙女たちの完璧な包囲網に嵌まった僕は、王都での四日連続の個別デートという、甘くも過酷な約束を取り交わしてしまったのである。
彼女たちがそれぞれに抱える、重く、深く、そして熱すぎる情念。
十七歳の夏を締めくくる、四人の乙女たちとの甘く危険な密会の夜が、すぐそこまで迫っていた。




