第36話 絶望を裂く科学と白刃の極致。大魔王の完全消滅と、桜舞う戦場に響き渡る許嫁の宣言
割れた空から降り注ぐドス黒い瘴気の滝の中から、ヤマト国を裏で操っていた真の黒幕、大魔王がその禍々しい姿を現した。
漆黒の巨大な翼がはためくたびに、周囲の空間がミシミシと悲鳴を上げ、大地が枯れ果てていく。
「アレン様!あれは、王都の地下で戦った個体とは次元が違いますわ!」
シャルロットが顔を青ざめさせ、炎の杖を強く握りしめた。
「ええ。周囲の魔力そのものが、奴の存在によって完全に支配されていますわ……!」
ベアトリスの扇子から放たれる冷気すらも、大魔王に届く前に黒い瘴気に飲み込まれ、霧散してしまう。
「私がいくよ!シッ!」
リズが剣聖の神速で地を蹴り、黄金の閃光となって大魔王の懐へと飛び込んだ。
彼女の手には、あらゆる物質を共鳴破壊する『高周波振動ブレード』が握られている。
しかし。
ガギィィィンッ!!
大魔王が軽く指先を動かしただけで、リズの全力の斬撃は、目に見えない強固な空間の断層に弾き返されてしまった。
「なっ……私の剣が、届かない!?」
「ククク……無駄な足掻きだ、虫ケラ共」
大魔王が嘲笑うように腕を振るうと、目に見えない衝撃波がリズを直撃し、彼女の小さな体が数十メートルも後方へと吹き飛ばされた。
「リズ!」
僕が慌てて【重力操作アプリ】で彼女の落下の勢いを殺し、地面に降ろす。
リズは口の端から血を流しながらも、悔しそうに大魔王を睨みつけていた。
「チクショウ……!父上の国を、これ以上好きにはさせぬ!」
将軍と共に前線に立っていたサクラが、決死の覚悟で愛刀を上段に構えた。
「ヤマト国抜刀術……桜花乱れ咲き!」
サクラの放つ無数の剣気が、桜の花びらのように大魔王へと降り注ぐ。
しかし、大魔王はそれを避けることすらせず、ただ冷酷な笑みを浮かべていた。
「人間よ。その程度の力で、この魔界の王に傷をつけられると思ったか」
大魔王の全身から放たれた瘴気の爆風が、サクラの剣気をすべて掻き消し、彼女の体を将軍ごと吹き飛ばした。
「ぐああっ!」
「父上!」
サクラと将軍が地面に叩きつけられ、トクガ軍の兵士たちから絶望の悲鳴が上がる。
あらゆる魔法を無効化し、物理攻撃すら届かない絶対的な空間支配。
これが、世界を終焉へと導く魔族の王の力。
(このままじゃ、全滅する……!)
僕は左腕の【天界の端末】を睨みつけ、脳内で何億通りものシミュレーションを走らせた。
シャルロットの炎も、ベアトリスの氷も、リズの剣も通じない。
僕の重力操作や空間切断ですら、大魔王の展開する多重次元断層の前には威力が減衰してしまう。
ならば、どうすればいい。
答えは一つしかなかった。
すべての力を、ただ一点に集中させるのだ。
「【天界の端末】、メインシステムのセーフティを全解除。リミッターを外せ」
僕の音声コマンドに対し、端末が警告音を鳴らした。
【警告:術者の魔力回路が焼切れる危険性があります。生体機能に深刻なダメージを……】
「構わない!ヤマト国の醤油と味噌を、そして僕の愛する人たちの未来を守るためだ!全部出せ!」
僕の咆哮と共に、端末から青白い光の奔流が吹き上がり、僕の全身を包み込んだ。
ミシミシと、僕の体内の魔力回路が悲鳴を上げ、毛細血管から血が滲み出す。
「アレン殿!?何を……!」
倒れていたサクラが、僕の異常な魔力放出を見て目を見開いた。
僕はフラフラとする足でサクラの元へ歩み寄り、彼女の手を、その愛刀ごと両手でしっかりと握りしめた。
「サクラ。君の言う通り、君の剣だけじゃあいつには届かないかもしれない」
「アレン殿……」
「でも、君は一人じゃない。僕がいる」
僕は彼女の黒曜石の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、優しく、しかし力強く微笑んだ。
「僕の持てるすべての科学魔法と演算能力を、君の刀にエンチャントする。君の剣技と僕の科学が合わされば、絶対に斬れないものなんてない」
サクラの瞳から、ポロリと一粒の涙が零れ落ちた。
「……うむ。某のこの命、貴殿の力と共に使い切ろうぞ!」
サクラが立ち上がり、刀を正眼に構えた。
僕は彼女の背中に回り込み、両手を彼女の肩に添え、端末のエネルギーを彼女の愛刀へと一気に流し込んだ。
「【空間断裂プログラム】、付与。【熱力学バフ】、付与。【絶対零度バフ】、付与。【重力加速】、付与……!」
シャルロットの炎、ベアトリスの氷、そして僕の持つすべての物理法則をハッキングするコードが、サクラの刀の刃に集束し、極彩色の光となって輝き始めた。
「なんだ、あの光は……?」
大魔王が初めて、警戒の色を見せて空から僕たちを見下ろした。
「行くぞ、サクラ!あいつの防御結界ごと、あのドス黒い空まで真っ二つに叩き斬れ!」
「承知ッ!!」
僕の力のすべてを受け取ったサクラが、地を蹴った。
【重力加速】のバフを受けた彼女の速度は、すでに音速を遥かに超え、光の筋となって大魔王へと迫る。
「小賢しいわァ!次元断層、最大展開!」
大魔王が幾重にも重なる目に見えない空間の壁を構築し、サクラを迎え撃つ。
しかし、極彩色の光を纏ったサクラの刀は、その空間の壁に触れた瞬間、抵抗すら許さずにすべてを融解し、凍結させ、そして切断していった。
「ば、馬鹿な……!俺の空間支配が、ただの剣撃に……!?」
大魔王の顔が、驚愕と恐怖に歪む。
「これが、ヤマト国の武士の魂と、我が主君アレン殿の力の結晶だァァァッ!」
サクラの全身全霊を込めた、神速の振り下ろし。
「ヤマト国抜刀術・神打……『桜花閃・次元断ち』ィィィッ!!」
極彩色の刃が、大魔王の巨体を真正面から捉え、脳天から股下までを完全に両断した。
ズバァァァァァァァァンッ!!!
世界から音が消え去った。
大魔王の肉体が左右に分かたれ、その内側から膨大な光の奔流が溢れ出す。
そして、サクラの放った斬撃波はそのまま大魔王を通り抜け、空を覆っていたドス黒い亀裂へと直撃し、瘴気の雲を文字通り『真っ二つ』に切り裂いて青空を呼び戻したのだ。
「ギィィィヤァァァァァッ……!!」
大魔王の断末魔の叫びが響き渡り、その巨体は光の粒子となって完全に消滅した。
ヤマト国を狂わせた真の黒幕が、僕たちの合体技の前に完全に討ち果たされた瞬間だった。
「……終わった、な」
僕は魔力回路の焼き切れによる激痛と疲労で、その場にガクリと膝をついた。
サクラもまた、刀を地面に突き立て、荒い息を吐きながら膝から崩れ落ちた。
「アレン殿……我ら、勝ったのだな……」
サクラがボロボロの顔をこちらに向け、太陽のように眩しい笑顔を浮かべた。
僕も痛みを堪えながら、彼女に向かって親指を立てて笑い返した。
「ああ。君の剣、最高にかっこよかったよ」
僕とサクラが、戦場の中央で互いの健闘を讃え合い、静かに笑い合っていると。
「おおおおおっ!!勝った!魔王が消え去ったぞォ!」
「サクラ姫様と、異国の勇者様の勝利だァァァッ!!」
トクガ軍の兵士たちから、地鳴りのような歓喜の叫びが沸き起こった。
そして、傷ついた体を家臣に支えられながら、将軍が僕たちの元へとゆっくりと歩み寄ってきた。
「父上……!」
サクラが慌てて立ち上がろうとするが、将軍はそれを手で制した。
「よい、そのまま休んでおれ。サクラよ、そしてアレン殿。お主らの放ったあの一撃、某の魂に深く刻み込まれたぞ」
将軍は僕の前に歩み寄り、一国の頂点に立つ者でありながら、その場に深く片膝をついて頭を下げたのだ。
「アレン殿。貴殿の奇跡の力と、我が娘への深い愛情がなければ、このヤマト国はとうに魔界の泥に沈んでおっただろう。トクガ家を代表し、心より感謝申し上げる」
「頭を上げてください、将軍様。僕はただ、美味しい和食と平和な日常を守りたかっただけですから」
僕が苦笑いしながら答えると、将軍は立ち上がり、ニヤリと豪快な笑みを浮かべた。
「ふはははっ!やはり貴殿は、底知れぬ器を持つ男だ。ならば、某も国の長として、そして一人の父親として、最大の誠意をもって応えねばなるまいな」
将軍が、全軍に聞こえるような大音声を張り上げた。
「皆の者、聞けい!このヤマト国を救い、我が娘サクラと共に大魔王を打ち倒した異国の英雄、アレン・ログレー殿!某は今ここにおいて、アレン殿を我が娘サクラの『正式な許嫁』とし、次期将軍の婿として迎え入れることを宣言する!」
「「「うおおおおおっ!!若君の誕生だァァァッ!」」」
兵士たちが槍を突き上げ、割れんばかりの祝福の歓声を上げる。
「へ……?」
僕の口から、間抜けな声が漏れた。
「ち、父上!?何を突然……某は、アレン殿の単なる付き人であって……!」
サクラが顔を真っ赤にして慌てふためくが、その黒曜石の瞳の奥には、隠しきれない喜びの色が浮かんでいた。
しかし、この世界における僕の『外堀』は、すでに別の国の王家と公爵家によって完全に埋め立てられているのだ。
案の定、僕の背後から、地獄の業火と絶対零度の冷気、そして鋭い剣気が同時に膨れ上がってきた。
「ち・ょ・っ・と・待・ち・な・さ・い・な!!」
シャルロットが炎の杖を掲げ、般若のような顔で将軍の前に進み出た。
「アレン様は、我が王国の次期王配であり、この私シャルロットの婚約者ですわよ!どこの馬の骨とも知れぬ国の将軍が、勝手に許嫁宣言など許しませんわ!」
「ええ!アレン様の隣は、すでに私たち三人のもので完全に埋まっておりますの!これ以上の抜け駆けは、公爵家の名において叩き潰しますわ!」
ベアトリスも扇子から氷柱を発生させ、サクラを鋭く睨みつける。
「アレンは私の幼馴染で、正妻は私なの!いくらサクラが頑張ったからって、アレンのことは絶対に譲らないんだから!」
リズも愛用の長剣を構え、僕の前に立ち塞がって徹底抗戦の構えを見せた。
「な、なんだと!?アレン殿には、すでに三人も妻がおったというのか!」
将軍が目を丸くして驚愕する。
「い、いいではないか!英雄色を好むと言うし、某は第四夫人でも構わぬ!父上が決めたことだ、某はアレン殿の妻となるぞ!」
サクラも顔を真っ赤にしながら、負けじとヒロインたちの前に立ち塞がった。
大魔王が消滅し、平和を取り戻したはずのヤマト国のトクガ城。
しかし、僕の平穏なスローライフは、四人の美少女たちによる国境を越えた血で血を洗う『正妻戦争』という新たな戦火によって、跡形もなく吹き飛ばされてしまったのである。
「誰か、僕の胃薬を錬成してくれ……」
僕は痛む魔力回路と胃を押さえながら、桜の花びらが舞い散るヤマト国の空の下で、一人虚しく天を仰ぐしかなかった。




