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第35話 ナノマシンが繋ぐ奇跡の生還。将軍の咆哮と大逆転の果てに降臨する、空を割る絶望の影

トクガ城の最深部、厳重な警備が敷かれた寝所は、静寂と死の匂いに支配されていた。

布団に横たわる将軍の顔色は土気色に染まり、その全身からはドス黒い瘴気が止めどなく溢れ出している。


魔族の放った未知の呪毒。

それは、魔力という概念で構成された微細なウイルスの集合体であり、宿主の生命力を喰らって増殖する悪質なプログラムだった。


「この世界の回復魔法が『生命力の底上げ』である以上、それを餌にするこの呪いを治せるはずがない。だが、僕の科学魔法なら話は別だ」


僕は左腕の【天界の端末】を操作し、将軍の胸元に手をかざした。

僕の手のひらから、無数の見えない光の粒子……【医療ナノマシン】が放たれ、将軍の体内へと侵入していく。


ホログラム画面には、将軍の血管や細胞組織の立体図が投影され、黒いウイルスの群れがナノマシンによって次々と物理的に破壊・浄化されていく様子がリアルタイムで表示されていた。


「エラーコードの消去を確認。細胞の修復プロセスへ移行」


僕は額に滲む汗を拭うこともせず、端末の演算に全神経を集中させた。

城の外からは、法螺貝の音と、サクラたち最強の乙女たちが繰り広げる激しい戦闘の音が、地鳴りのように響いてくる。


彼女たちが前線で命を懸けて時間を稼いでくれているのだ。

僕がここで失敗するわけにはいかない。


「もう少しだ……!すべての魔力ウイルスを、根こそぎデリートしろ!」


僕が端末の出力を限界まで引き上げると、ナノマシンの光が将軍の体を内側から青白く照らし出した。



シューゥゥゥッ……!

将軍の体表を覆っていた黒い瘴気が、断末魔のような音を立てて霧散し、完全に消滅した。

同時に、ホログラム画面の『生体反応アラート』が、危険域を示す赤色から、正常を示す緑色へと切り替わった。


「終わった……」


僕が深く安堵の息を吐き、端末をスタンバイモードに戻した、その時だった。


「……う、む……ここは……」


土気色だった将軍の顔に赤みが戻り、その重い瞼がゆっくりと開かれたのだ。


「おおおおっ!!将軍様が!将軍様が目を覚まされたぞ!」


寝所の隅で固唾を飲んで見守っていた家臣の老人が、涙ながらに床に平伏した。

将軍はゆっくりと体を起こし、自らの手を見つめ、そして僕の方へと視線を向けた。


「貴殿は……見慣れぬ顔だな。某は確かに、オダトの放った呪いに倒れたはずだが……」


「初めまして、将軍様。僕は王立魔法学園から来たアレン・ログレー。サクラの付き人です」


僕が名乗ると、将軍は驚いたように目を見開いた後、深く力強く頷いた。


「サクラの……そうか。我が娘が連れてきた異国の勇者殿か。貴殿が、某の命を救ってくれたのだな」

「礼は後でたっぷり頂きます。最高級の醤油で。ですが、今はまだ外で戦が続いていますよ」


僕が城の外を指差すと、将軍の眼光が、病み上がりとは思えないほど鋭く、猛禽類のような戦の覇者のそれへと変わった。


「爺!某の具足を持て!これより陣頭に立ち、オダトの愚か者どもにトクガの恐ろしさを叩き込んでくれる!」

「ははぁっ!!直ちに!」


将軍の奇跡の生還に、家臣たちの顔から絶望が消え去り、闘志が猛烈な勢いで燃え上がっていった。



一方、その頃のトクガ城正門。


「ハァッ!シィッ!」


サクラは将軍の甲冑を鳴らしながら、押し寄せる反乱軍の波の先頭で刀を振るい続けていた。

彼女の周囲には、無数の魔族足軽たちが斬り伏せられ、山のようになっている。

しかし、倒しても倒しても、敵の数は一向に減る気配を見せない。


「くっ……キリがないな。だが、某は一歩も退かぬ!」


サクラが息を荒らげながら、さらに刀を構え直した。

城壁の上から弓矢を放つトクガ軍の兵士たちも、疲労の色が濃くなり始めている。

戦力差という物理的な壁が、徐々にサクラたちの体力を削り取り、防衛線が押し込まれようとしていた。


「おい見ろ!トクガの姫の動きが鈍ってきたぞ!」

「今だ!一気に押し潰し、城門を打ち破れェ!」


反乱軍の足軽たちが、勝利を確信して狂気的な歓声を上げた、まさにその瞬間だった。


ギギィィィィンッ!!


トクガ城の巨大な正門が、内側から重々しい音を立てて開け放たれた。


「何事だ!?」


サクラが驚いて振り返る。

開かれた門の中から姿を現したのは、数名の家臣を従え、威風堂々たる大鎧を身に纏った一人の初老の武将だった。


「父、上……!?」


サクラの刀が、震える手からこぼれ落ちそうになる。

将軍はサクラの横に並び立つと、数万の反乱軍を見据え、腹の底から響くような大音声を張り上げた。


「逆賊オダトの犬共よ!このトクガを呪いで呪い殺したつもりであったか!某はここにおるぞォ!」


その咆哮は、反乱軍の歓声を一瞬にして掻き消し、戦場全体に雷鳴のように轟いた。


「しょ、将軍様だ……!」

「嘘だろ!?呪いで死んだはずじゃ……!」


反乱軍の兵士たちの足が、恐怖と混乱でピタリと止まる。

逆に、トクガ軍の兵士たちの士気は、文字通り限界を突破して天を突いた。


「おおおおおっ!!将軍様がご健在だァァァッ!!」

「我らが将軍様を舐めるなァ!逆賊共を一人残らず叩き出せェェェッ!」


死を覚悟していたトクガ軍の兵士たちが、怒涛の勢いで城門から打って出た。

東西南北の門を守っていたリズ、シャルロット、ベアトリスも、反乱軍の混乱を見逃さなかった。


「今だよ!一気に押し返す!」


リズの高周波ブレードが、敵の陣形を中央から引き裂く。

シャルロットの炎とベアトリスの氷が、逃げ惑う反乱軍の退路を容赦なく塞いでいく。


「父上……本当に、ご無事で……!」


サクラが涙を浮かべて将軍を見上げると、将軍は豪快に笑って娘の頭を撫でた。


「よくぞ一人で持ち堪えた、サクラ。お主の連れてきた異国の勇者殿が、某の命を繋ぎ止めてくれたのだ。さあ、反撃の狼煙を上げよ!」


「はっ!!」


サクラが再び刀を構え、将軍と共に敵陣へと突撃していく。

圧倒的な数の暴力で押し切ろうとしていたオダト家の反乱軍は、将軍の復活と最強の乙女たちの追撃によって完全に戦意を喪失し、武器を捨てて算を乱して逃げ出し始めた。


「よし、勝敗は決したな」


僕は本丸のバルコニーから戦況を俯瞰し、ホログラム画面の敵の生体反応が急速に城から遠ざかっていくのを確認した。

圧倒的な大逆転劇。


トクガ軍の兵士たちが勝鬨を上げ、サクラと将軍が勝利の笑みを交わしている。

これでヤマト国の動乱も、終わりの兆しが見えた。


僕がそう確信し、端末をオフにしようとした、まさにその時だった。


ピピピッ……!ピピピピピピピピピピピピッ!!


僕の左腕の【天界の端末】が、これまでに聞いたこともないような甲高い、そして絶望的な警告音を鳴らし始めたのだ。


「なんだ……!?この異常な数値は……!」


ホログラム画面に表示されたのは、逃げ惑う反乱軍の背後、ヤマト国の空そのものから発せられる、規格外の『魔力波長』と『瘴気濃度』だった。

僕の体が、本能的な恐怖で粟立つ。


「みんな!空を見ろ!退がれェェェッ!!」


僕が【念話通信アプリ】で全軍に退却の怒号を飛ばした瞬間。


バリィィィィィィンッ!!!


ヤマト国の澄み切った青空が、まるでガラスが割れるようにドス黒く亀裂を入れたのだ。


「な、なんだあれは……!」

「空が……割れた……!?」


勝鬨を上げていた兵士たちが、恐怖に顔を引き攣らせて天を仰ぎ見る。

割れた空の向こう側から、ドロドロとした真っ黒な瘴気が滝のように流れ出し、逃げ遅れた反乱軍の兵士たちを瞬く間に飲み込んで消滅させていく。


そして、その黒い泥の滝の中から、一つの『影』がゆっくりと降臨してきた。

それは、人間の形をしてはいたが、背中には漆黒の巨大な翼を生やし、頭部には禍々しい山羊のような角が生えていた。


王都の地下水路で戦った魔族など、単なる雑兵に過ぎなかったと理解させられるほどの、圧倒的で絶対的な『死』のプレッシャー。


「ククク……愚かな人間共よ。我が与えた力を持っても、トクガの城一つ落とせぬとはな」


影が嘲笑うように呟いた声は、空気を震わせ、僕たちの脳内に直接響き渡った。


「あれが……大名たちを唆し、ヤマト国を狂わせた元凶……!」


サクラが将軍を庇いながら、震える手で刀を構え直す。


「大魔王……魔族の首魁か」


僕はバルコニーの欄干を強く握りしめ、空に浮かぶ絶望の化身を睨みつけた。

大魔王が軽く指を弾くと、眼下に広がっていた大地が一瞬にしてドス黒い炎に包まれ、ヤマト国の美しい自然が灰燼に帰していく。


奇跡の大逆転と勝利の歓喜は、たった一瞬にして、世界を終焉へと導く完全なる絶望へと塗り替えられてしまった。


「さあ、余興は終わりだ。この島国ごと、魔界の餌食にしてくれよう」


大魔王の残酷な宣告が、凍りついた戦場に木霊する。

僕と最強の乙女たち、そして将軍家の姫君による、ヤマト国の存亡を賭けた本当の最終決戦が、今、絶望の空の下で幕を開けようとしていた。

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