第30話 水平線の彼方からの急報と将軍家の姫君。戦火に包まれるヤマト国と、最強パーティの東方遠征宣言
常夏のプライベートビーチでの極上のバカンスを終え、僕たちは公爵家の馬車で王都へと帰還した。
日焼けした肌と、楽しかった思い出の余韻。
しかし、あの夕暮れの海で目撃したヤマト国の特徴的な船影が、僕たちの心に小さなさざ波を立てていたのも事実だった。
王都の巨大な城門をくぐり、公爵邸へと向かおうとした矢先、僕たちの馬車は王属騎士団の伝令によって引き止められた。
「アレン伯爵!並びに王女殿下、公爵令嬢!国王陛下が至急、王城の謁見の間へ参るよう仰っております!」
伝令の騎士の顔は青ざめ、ただならぬ事態が起きていることを物語っていた。
僕たちは顔を見合わせ、そのまま馬車の行き先を王城へと変更した。
謁見の間に足を踏み入れると、そこには重苦しい空気が漂っていた。
玉座に座る国王の顔は険しく、周囲を固める近衛騎士たちも緊張の面持ちだ。
そして、部屋の中央には、見慣れない異国の装束を身に纏った数人の男たちが、ボロボロの姿で平伏していた。
彼らの着物には血の滲んだ包帯が巻かれ、長旅と激しい戦闘の過酷さを物語っている。
「お父様、一体何事ですの?」
シャルロットが前に出ると、平伏していた男たちの一人が顔を上げた。
その男の視線が、僕の背後に控えていたサクラを捉えた瞬間、彼の目に大粒の涙が溢れた。
「おおっ……!サクラ姫様!ご無事であられましたか!」
「爺!それに皆も……なぜこのようなボロボロの姿で王都に!?」
サクラが驚愕の声を上げ、男たちに駆け寄った。
「……姫様?」
リズが目を丸くしてサクラを見る。
「サクラさん、あなた、ヤマト国の王族だったのですか?」
ベアトリスも扇子を口元に当て、驚きを隠せない様子だ。
僕もサクラがただの留学生ではないとは思っていたが、まさか一国の姫君だとは思わなかった。
「す、すまぬ!身分を偽っていたわけではないのだが……某はヤマト国を統治する『将軍家』の末娘なのだ」
サクラがバツの悪そうに視線を逸らしながら答えた。
ヤマト国は、この国のように中央集権の王制ではなく、各地の有力な『大名』たちがそれぞれの領地を治め、そのまとめ役として将軍家が存在するという、僕の前世の歴史によく似た統治システムを持っているらしい。
「そんなことはどうでもよい!サクラよ、ヤマト国の使節団から信じ難い報告がもたらされたのだ」
国王が重々しい口調で口を開いた。
「お主の祖国は今、国を二分する未曾有の『内乱』の真っ只中にあるというのだ」
「内乱……!?父上と将軍家の権威がありながら、大名たちが反旗を翻したと申すか!」
サクラが血相を変えて、平伏している家臣の老人に詰め寄った。
「はっ……。数ヶ月前より、各地の有力大名たちが突如として理性を失い、強大な力と狂気を纏って将軍家に牙を剥いたのです」
老人が血を吐くような悲痛な声で語り始めた。
「彼らの背後には、得体の知れない『黒い靄』が漂っておりました。その靄に取り憑かれた大名や配下の武士たちは、痛みを感じぬ化け物と化し、罪もなき民の村を次々と焼き払っております」
「黒い靄……魔族か!」
僕が思わず声を上げると、老人は深く頷いた。
「いかにも。アレン伯爵とお見受けいたします。姫様からの文にて、貴殿が王都の地下でその靄の化け物を討ち果たしたことは聞き及んでおります」
どうやら、サクラは僕たちの戦いの記録を故郷へ送っていたらしい。
「将軍家も必死に防戦しておりますが、魔の力を得た反乱軍の勢いは凄まじく、もはやヤマト国は戦乱の世へと逆戻りしてしまいました。我々は将軍様の命を受け、姫様をこの安全な異国へ逃がすため、そして可能ならば貴国の援軍を乞うために、決死の覚悟で海を渡ってきたのです!」
老人が床に額を擦りつけ、声を上げて泣き崩れた。
謁見の間に、重く冷たい沈黙が降りた。
魔族の残党が、今度は海の向こうのヤマト国で大名たちに憑依し、国全体を巻き込んだ戦争を引き起こしている。
王都の地下水路で討ち漏らした魔族の種子が、はるか東方の地で最悪の花を咲かせてしまったのだ。
「……爺、大儀であった。父上も、兄上たちも、皆あの国で命を懸けて戦っておるのだな」
サクラが静かに立ち上がり、腰の刀の柄を強く握りしめた。
その背中は微かに震えているが、彼女の黒曜石の瞳には、決して揺るがない武人としての、そして将軍家の姫としての覚悟が宿っていた。
「サクラ……?」
リズが不安そうに声をかける。
サクラは僕たちの方を振り向き、深く、深く頭を下げた。
「アレン殿。シャルロット殿、ベアトリス殿、リズ殿。短い間であったが、貴殿らと共に過ごした学園の日々は、某の生涯の宝だ。特にアレン殿の作ってくれたあの美味なる飯の味、決して忘れはせぬ」
サクラの声には、別れの響きが込められていた。
「国王陛下。某はこれより、使節団の船に乗ってヤマト国へ帰還いたします。将軍家の娘として、民を見捨ててこの安全な地でのうのうと生き延びるわけには参りませぬ!」
サクラの決死の宣言に、家臣の老人が「姫様、なりませぬ!」と叫ぶが、彼女の意志は固かった。
「たった一人で帰って、あの魔族に取り憑かれた大名の大軍を相手にするつもりか?」
僕が静かに問うと、サクラは悲壮な笑みを浮かべた。
「某の剣がどこまで通用するかは分からぬ。だが、大和撫子の誇りにかけて、必ずやあの黒い靄を斬り裂いてみせる」
彼女はそう言って、再び踵を返そうとした。
しかし、その細い腕を、僕の手が強く掴んで引き止めた。
「アレン殿……?」
サクラが驚いて振り返る。
僕は彼女の腕を引いて僕の隣に並ばせ、国王と使節団の老人たちを真っ直ぐに見据えた。
「サクラ。君は僕の大切な『付き人』だろう。主君である僕の許可もなく、勝手に死に場所を探しに行くなんて許さないよ」
「な、何を言っておるのだ!これは某の祖国の問題だ!貴殿らを巻き込むわけには……!」
「巻き込まれるんじゃない。僕が自ら首を突っ込むんだ」
僕がはっきりと告げると、サクラは目を見開いて絶句した。
「あんなに美味しい醤油と味噌を生み出したヤマト国を、魔族なんかの遊び場にされてたまるか。それに、僕の目指す究極のスローライフには、ヤマト国の安全な食材流通ルートが絶対に不可欠なんだ」
僕の無茶苦茶な理屈に、背後で控えていた三人のヒロインたちがクスクスと笑い声を上げた。
「アレン様ったら、相変わらず素直ではありませんわね」
シャルロットが優雅に歩み寄り、僕の左腕に腕を絡ませた。
「ええ。ですが、アレン様がヤマト国を救うと決めたのなら、私たちも当然お供いたしますわ」
ベアトリスも扇子を広げ、僕の右側に並び立つ。
「サクラはもう私たちの友達だもん!友達のピンチを見過ごすなんて、剣聖の名が泣くよ!」
リズが愛用の長剣を抜き放ち、力強く宣言した。
三人の最強の乙女たちによる、鉄壁のヒロイン協定と圧倒的な絆。
「お主ら……」
サクラの目から、今度こそ堪えきれない大粒の涙が溢れ出した。
「だが、一国の内乱だぞ!?相手は魔族の力を得た何万という軍勢だ!貴殿ら四人だけでどうにかなる相手では……」
「どうにかするさ。僕の現代科学チートと、この最強のパーティを舐めないでほしいな」
僕は左腕の【天界の端末】を起動し、ホログラム画面にヤマト国の簡易マップを投影した。
「陛下。僕たち四人を、ヤマト国への『特命全権大使』および『魔族討伐の特務部隊』として派遣する許可を頂きたい」
僕が国王に向かって堂々と要求すると、国王は数秒間目を丸くした後、愉快そうに豪快な笑い声を上げた。
「はっはっは!さすがは我が王国が誇るアレン伯爵だ!一国の内乱すらも、たった四人で鎮圧してのけると言うか!」
国王が玉座から立ち上がり、力強く頷いた。
「よかろう!アレン・ログレー!並びに三人の乙女たちよ!ヤマト国へ向かい、かの地に蔓延る魔の影を斬り祓い、将軍家を救ってみせよ!王国の威信にかけて、貴殿らの遠征を全面的に支援する!」
「はっ!」
僕たちが一斉に頭を下げると、使節団の老人たちは信じられないものを見るような顔で僕たちを見つめ、やがて床に伏して号泣し始めた。
「おおお……!神よ、仏よ!異国の地に、これほどまでに頼もしい勇者様たちがおられたとは……!」
サクラもまた、僕の服の袖をギュッと握りしめ、涙と笑顔の入り交じった顔で僕を見上げていた。
「アレン殿……かたじけない。この御恩、某は生涯かけて……いや、来世までかけてお返しいたす!」
「来世は重いな。まずはヤマト国で、最高に美味い本場の刺身と天ぷらを奢ってくれ」
僕が笑って答えると、サクラは「うむ!」と力強く頷いた。
こうして、王立魔法学園の夏休みは、単なるバカンスでは終わらなくなった。
僕たちは王都の地下で討ち漏らした魔族との完全な決着をつけるため、そして美味しい和食の国を救うため、はるか東方の島国『ヤマト』へと向かうことになったのである。
未知の風土、魔族に取り憑かれた戦国武将たち、そして新たなトラブルの予感。
僕の最強の科学魔法と、愛する乙女たちのチート装備が火を吹く、壮大な東方遠征の幕が、今ここに切って落とされた。




