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辺境伯家三男、アプリで魔法を再定義する。 ~「賢者」認定されたけど、これ「スマートウオッチ」ですから!  作者: のびろう。
第四章 王都学園(二年生編)、あるいは未知の転生者と波乱の武闘会
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第19話 剣聖の流儀と理不尽なる時間遅延。死闘の果てに散る黄金と、賢者の臨界点

王都選抜武闘会、準決勝。

闘技場を包み込む観客の歓声は、これまでにないほどの異常な熱を帯びていた。


闘技場の中央で向かい合うのは、Sクラスの代表である『剣聖』リズと、謎の転生者である黒髪の少年ジン。


「さあ、始めようか。お前もあの二人の女みたいに、一瞬で終わらせてやるよ」


ジンがポケットから手を抜き、気怠げな三白眼でリズを見下す。

シャルロットとベアトリスを無傷で圧倒したその異次元のステータスを前にしても、リズの碧眼に揺らぎは一切なかった。


「アレンの作ってくれた魔法を馬鹿にして、二人を傷つけたこと、絶対に許さないから」


リズが愛用の長剣を静かに中段に構える。

試合開始を告げる銅鑼の音が、闘技場に鳴り響いた。


ドンッ!!


音を置き去りにするような爆発音と共に、ジンが闘技場の石畳を蹴り砕いて突進してきた。


「まずは一撃!」


ジンが無造作に振り上げた手刀が、リズの首筋に向かって凄まじい速度で迫る。

人間の動体視力では決して捉えられない、ステータスバグによる理不尽な暴力。

しかし、リズの体はジンの攻撃が届くよりも早く、水が流れるように半歩だけ横へずれていた。


「なっ!?」


空を切ったジンの手刀が、虚しく風を切り裂く。


「遅いよ」


リズの冷たい声と共に、黄金色の閃光が下から跳ね上がった。

ジンの胸元を鋭く切り裂く剣撃。


「チィッ!」


ジンが間一髪で後ろに飛び退いたが、その学園指定の制服には斜めに一筋の亀裂が入り、薄っすらと血が滲んでいた。

闘技場が、そして観客席がどよめく。


これまで誰一人として触れることすらできなかったジンに、リズが開始数秒で明確なダメージを与えたのだ。


「てめえ……!ただのモブキャラの分際で、俺のカンストした敏捷性を上回っただと!?」


ジンが信じられないものを見るように目を剥く。


「カンスト?モブ?あなたが何を言ってるのか分からないけど、あなたの動きは単調すぎるのよ」


リズが剣の切っ先をジンに向け、静かに言い放った。

観客席から見守る僕の左腕で、【天界の端末】がジンの異常な数値を弾き出し続けている。


確かに、ジンの筋力と敏捷性のパラメータは、この世界のシステム限界値を突破した異常な数値だ。

だが、彼には『経験』が決定的に欠如していた。

ゲームのコントローラーで操作しているかのような、ただ数値の暴力に任せた直線の動き。


体重の乗せ方も、呼吸の読み合いも、フェイントの掛け方も知らない、ただの素人の暴れ方に過ぎない。

対するリズは、五歳の頃から僕のサポートを受けながら、辺境の森でAランクの凶悪な魔獣たちと命がけの死闘を繰り広げてきた本物の戦士だ。


殺気の動き、筋肉の僅かな収縮、視線の誘導。

幼い頃から体に叩き込まれた実戦経験の差が、絶対的なステータスの差を完全に埋め、凌駕していたのである。


「舐めるなァッ!」


激昂したジンが、力任せの連続攻撃を仕掛けてくる。

右から、左から、上から。


暴風のような手刀と蹴りの雨あられがリズを襲うが、彼女は剣の腹でその威力を巧みに受け流し、最小限の動きで回避していく。


「大振りすぎる。重心が浮いてる。攻撃の後に必ず右肩が下がる」


リズは相手の攻撃を捌きながら、冷徹にジンの隙を分析していた。

そして、ジンの大振りの回し蹴りをしゃがんで躱した瞬間、彼女の反撃が牙を剥いた。


「シッ!」


短い呼気と共に放たれた神速の三連撃。


「ぐあああっ!?」


ジンの両腕と太腿から鮮血が舞い散る。

彼のバグった防御力をもってしても、リズの剣気と完璧な刃筋による斬撃を完全に防ぐことはできなかった。


「クソッ!クソゲーが!なんでNPCごときが俺を圧倒してやがる!」


ジンが血を流しながら後退し、ギリッと歯を食いしばる。


「これで終わりよ!」


リズが勝負を決めるべく、極限まで姿勢を低くして地を蹴った。

剣聖の奥義、音速を超える一撃必殺の刺突。


ジンの完全に無防備な心臓に向かって、リズの剣が真っ直ぐに吸い込まれていく。


(勝った!)


観客席の誰もが、そして僕自身も、リズの勝利を確信した。

ジンの目が見開かれ、死の恐怖に顔が歪む。

しかし、彼の口元が、最後に卑劣な笑みの形に歪んだのを、僕は見逃さなかった。


「……ッ!」


ジンが懐に隠し持っていた、小さな砂時計のようなアーティファクトを砕いた。

その瞬間。

世界が、バグったように『飛んだ』。


僕の【天界の端末】に、致命的なエラーコードが赤く表示される。


【警告:局所的な時空間の連続性が欠損パケットロスしました】

【対象座標の時間がコンマ五秒遅延ラグしています】


「え……?」


リズの必殺の刺突は、確かにジンの心臓を貫いたはずだった。

しかし、剣が捉えたのは、まるで通信不良の映像のようにノイズ混じりにブレた『残像』だった。


コンマ五秒の時間遅延。


前世のオンラインゲームで、悪質なプレイヤーが使用する不正ツール『ラグスイッチ』と全く同じ現象。

リズが放った渾身の刺突は、時間のズレによって完全に空を切り、彼女の体は無防備な状態で前方へ流れてしまった。


「残念だったな、モブ女。ラグ(遅延)はゲームの仕様だぜ」


リズの完全な死角。

コンマ五秒の遅延を利用して背後に回り込んでいたジンが、嘲笑うように囁いた。


「しまっ……!」


リズが反射的に剣を盾にしようと振り返るが、もはや間に合わなかった。


ドゴォォォォンッ!!


闘技場に、鈍く重い打撃音が響き渡った。

ジンの全力の蹴りが、リズの無防備な背中を無慈悲に打ち据えたのだ。


「あ、ぁ……っ……」


リズの口から苦悶の息が漏れ、彼女の黄金色の髪が宙を舞う。

剣聖の強靭な肉体であっても、完全な死角からの不意打ちは致命傷だった。

リズの体が闘技場の石畳に叩きつけられ、何度も転がり、やがて動かなくなった。


「勝者、ジン!」


審判の宣言が下るが、闘技場は熱狂どころか、凄惨な結末に静まり返っていた。


「リズさんっ!!」


「そんな、リズさんが負けるなんて……!」


観客席で祈るように見ていたシャルロットとベアトリスが、悲鳴を上げて立ち上がる。


「はっ!結局はシステムに踊らされるだけの雑魚キャラが。俺のチート装備の敵じゃねえよ」


ジンが倒れ伏すリズを見下ろし、唾を吐き捨てるように言った。

その言葉が、僕の思考を完全に冷却した。


僕は無言のまま観客席のフェンスを飛び越え、闘技場へと降り立った。

静まり返る闘技場の中を歩き、倒れているリズの傍らに膝をつく。


「……アレン、ごめんね。私……最後の最後で、変な感覚がして……」


薄れゆく意識の中で、リズが僕の服の袖を弱々しく掴んだ。


「喋らなくていい。君は最高の剣士だった。あんな不正なツールを使わなければ、あいつは絶対に君に勝てなかった」


僕は【細胞活性化アプリ】を起動し、リズの背中のダメージを急速に修復していく。


「あとは、僕に任せておけ。ゆっくり休んでくれ、サキ」


僕が前世の名前で囁くと、リズは安心したように小さく微笑み、意識を手放した。

駆けつけてきた医療班にリズを預け、僕はゆっくりと立ち上がった。


闘技場の反対側では、ジンが退屈そうに首を回しながら僕を見ていた。


「お前が次の相手か?確か、あの女の幼馴染の裏ボスキャラだったな。せいぜい俺の経験値になってもらうぜ」


ジンが余裕の笑みを浮かべて挑発してくる。

僕は左腕のスマートウォッチのホログラム画面を展開し、冷え切った声で告げた。


「お前がこの世界をゲームだと思っているのは勝手だ。だが、僕の大切な人を傷つけ、卑劣なバグラグスイッチを使ったこと。その罪は、万死に値する」


僕の周囲の空気が、異常な魔力密度によってミシミシと悲鳴を上げ始める。


「決勝戦。お前の持っているそのふざけたステータスも、呪いのアイテムも、すべて根こそぎ消去デリートしてやる。二度とこの世界を舐められないように、底辺から物理法則を教えてやるよ」


王都選抜武闘会、決勝戦。

それはもはや試合などではなく、システムを弄る愚か者に対する、賢者による絶対的な処刑デバッグの始まりだった。

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