海底パイプライン(四百六十一)
報告した八百板屋が驚いている。一つは五所川原が振り向いたこと。珍しい顔を拝めた。滅多に驚かないのに口をあんぐりと開けて。
もう一つは『聞きませんヨー』な顔をしていた癖に、黒田が同時に振り向いたこと。ふざけやがって。
心臓の鼓動が落ち着いたら、突っ込みを入れてやる。
「今聞いたか?」「聞いた聞いた」「聞いてんじゃネェよw」「いや自分が『良いから』って言った癖にw」「まぁそうだがw」
和やかに突っ込みを入れ合う二人に、八百板屋も混ざりたい。
しかし五所川原の顔から笑みが消えた。黒田からも。
「どうします? 正直、どの辺まで水来るか、分かりませんけど?」
逆に八百板屋の顔には笑顔が。肩も竦めた。掌を水平にして、三段階の予想水位まで示す。が、どうしたら良いのかは分からない。
「いつ決壊したって?」「分かりません。決壊したとしか」「何処で?」「爺さん誰だい?」「板屋、良いから答えろ」「八百板屋ですよぉ。板屋って何処の材木屋ですかぁ」「分かったから。すまん」
三者三様。どうして癖が強い奴らが集まってしまったか。全員がフラストレーションを抱えている。黒田は『自分が早く逃げたい』と思っているし、決壊した場所、時刻から濁流が到達する時間と方向が判る。だから早く情報を仕入れたい。なのにセリが始まらない。
五所川原は自分の部下に『四文字苗字の奴のみ』が割り当てられるのが気に入らない。上司の『人材不足』とは、何を言わんや。
それに何だ。『板屋ってニックネームにしよう』って決めたろ?
急ぎのとき。急を要するときに、お互い『長い名前だと困るから』って。忘れたとは言わせない。
因みに五所川原のニックネームは『京子』が却下されて『隊長』に落ち着いた。『川原』にならなかったのには理由がある。
「私は『上流の方』としか聞いて無いですけど」「全然判らんな!」「そりゃ『決壊した』って言うんだから、上流は上流だろうなっ!」
八百板屋は何も考えていない。専門外の仕事は常に『指示待ち』である。だからあいまいみーでも何でもかんでも上長に上げて、自分に都合の良い指示が降りて来るまでは待機だ。バスは、無いけど。
「長ちゃん呼びます?」「誰?」「長宗我部ですよ。あの娘」
長宗我部のことはニックネームで呼びやがって。五所川原は軽くムカつく。しかも『良い』と許可を出したら、黒田と対等に話始めたではないか。今は問い詰めたりはしない、あぁ出来ない。
「おー良し良し。良く出来たぁ」「ワン!」「お座り」「ワン!」
長宗我部は『政府の犬』こと村松に対し、犬遊びを実施中だ。
コンクリート片がボール代わりとは、随分とまぁハードなお遊びで。拾って来た村松は、元気な鳴き声とは裏腹に汗だくである。
「長宗我部っ!」「なーにぃ? ねーさん!」「ちょっと来て!」「ホラ行くよポチ」「ワン!」「駆け足っ!」「ワンワンッ!」
多分長宗我部も『ニックネーム』について判ってない。もしかしたら『ニックという名前』と思っている節も。いやそれは無いか。
それより、いつの間にか村松に『ポチ』というニックネームを付けているのはどうなんだと思わざるを得ない。
「長宗我部、八百板屋に決壊のことは何て言ったの?」「あぁそれならポチに聞いてよ。ホラ」「ワンワンッ! ワンワワン? ワワワワンワンワ・ワ?」「あぁ、日本語で良いから。急ぎだから。ね」




