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海底パイプライン(四百六十二)

 目が点になっている。村松を優しく嗜めたのは黒田だ。実はこの中で、一番逃げたがっているだけかもしれないが。いや、そうだな。

 見た目ポンポンと軽く肩を叩いているようで、実は相当痛い。


「だから今日の作業は中止して、早く撤収しようって言ったんすよ」「分かったから。わーかったから。君、名前は?」「ポチって付けてやりましたけど」『ギロリ』「転生前の名前は?」「村松です」

 黒田も大概である。長宗我部が口を挟んだ瞬間の目は凄かった。

 しかし直後に『転生前』と聞くなんて、『今は犬である』と認めたようなものだ。ポケットからビーフジャーキーでも出すか?


「ホラ、どの辺が決壊したんだ? コレが荒川、で、コレが元隅田川だとして、現在地はココ。どの辺?」「あぁ、えっとこの辺だと」

 ポケットに手を突っ込んだまま、足で地面に線を引く。つま先で現在地を示しら、短い脚を伸ばす。出来上がった東京の地図、北方一帯を足でグルグルと示したのだ。良く決壊する場所である。


「いえ、そんな方じゃなくて、この辺ですね」「堀切? だとぉ?」「あぁ、そんな地名を言っていたような気g」「冗談じゃネェぞ!」

 一人プリプリと怒り始めた黒田に、他の者はポカンとするのみ。

 どうやら『深刻さ』が判っていない。『決壊』と聞いて黒田が予想したのは、元隅田川の最上流となる旧岩淵水門付近である。


「やばいのか?」「さぁ? 隊長は?」「私が知る訳無いだろ」

 人工地盤が完成してからと言うもの、東京都はアンダーグラウンドを『遊水地』と見なしてきた。その面積は広大である。渡良瀬遊水地に匹敵するであろうか。故にか気軽に決壊させる傾向にある。


「でも、しょっちゅう水来てんですよね? この辺」「まぁな」

 また、これは噂に過ぎないが『アンダーグラウンドの大掃除』なんて話も。朽ちてしまった建物を押し流す。なんてことではなく、違法に作られた麻薬工場やテロ組織の拠点を水浸しにしてやろうという親切心である。台風なんて来た日には、もう嬉々として『溢れさせているんじゃネェか』と、疑いたくなるのも解るだろう。


「ほら、換気扇だって台座に乗ってんだし、こん位なのでは?」

 因みにだが、黒田が足で示した旧岩淵水門付近であれば、今居る東陽町近辺。だと思うが、元隅田川の東岸は割と安全である。

 浅草辺りまで水に浸かるだろうが、浅草寺は人工地盤上に有るし、世界遺産の寛永寺は上野の山の上、同じく世界遺産の江戸城だが、神田川より南まで水が行くことも無かろう。


「爺さん爺さん、考え込んでないで何か知ってんなら教えてくれよ」

 しかし堀切だと話が違って来る。そもそも決壊したのが元隅田川の東岸であり、東陽町の真北。濁流が真っ直ぐにやって来る。何しろ海抜ゼロメートルに加え、大小様々な河川跡があるのだから。

「早くて一時間。遅くとも三時間」「飯食う余裕位はありそうだな」「八百板屋ぁ、こんなときにお前は……」「村松、いつの報告だ?」

 呑気な奴は放置だ。勝手に流れてしまえ。とは口にしないけど。

 あくまでも『思っているだけ』で。悪魔だからね。

「三十分前でしょうか」「ヨシッ。お前バイクだったな。逃げろ」「ハイッ! お疲れさんしたっ!」「ちょっ、ポチィ!」「速ぇ」

 村松はバイクに跨ると直ぐにエンジン始動。障害物をビュンと飛び越えてコケた。直ぐに起こして一目散に走り去る。振り返らずに。

「俺達も直ぐに逃げるぞ」「水はどの辺まで来るんだ?」「ん?」「この辺まで? 精々この辺か?」「いや、大体五メートルだな」

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