海底パイプライン(四百五十八)
「えぇえぇ……」「早く行けっ! 片付けろっ!」
勝手に決めてやがる。それでも大人しく従うのは、作戦全体を見渡しているからに他ならない。軍隊に於いて『危険な任務』であろうが、それが自分の務めならば立ち向かうまで。
いや既に退役済だが。しかし志まで後ろに追いやった訳じゃ無い。
「こっちの班は、順調なようだな」「まだ始まったばかりですよ」
秘めたる決意を五所川原は知る由も無かった。腕を組んで換気扇を見上げている黒田に声を掛けた。如何にも現場監督っぽいし。
ニッコリ笑って謙遜しているが、それを素直に『笑顔』と受け取る程、五所川原は鈍くない。コイツは怒鳴り散らそうが何をしようが、全く意味を成さない気がする。『俺に文句を言うな』の圧か。
「こっちは水漏れの心配は無い?」「えぇ。管無しを確認済です」
だから五所川原は上を指さし、『水の心配』をするしかなかった。
すると黒田も直ぐに上を指さし、腕を前後に大きく振って報告。周りを含め『全て問題ない』をアピールだ。つけ入る隙も無い。
それもそのハズ。五所川原は知らないだろうが、黒田は栄えある帝国陸軍の少将として函館作戦を立案し、指揮した男である。申し訳無いが、部下の人数一つ取っても五所川原と比べるべくもない。
当然のことながら、命を賭した作戦に就く者の顔を『しっかりと覚えているか否か』の差だってあるだろう。それは使い捨ての駒と見るか、軍神と崇めるかの差と置き換えても良い。
「安全な水道水は確保しているのか?」「えぇ。あちらから」
見れば青いバケツを持って来る男が。黒田と目が合って会釈した。
五所川原も納得して頷くしかない。ここはご存じの通り、雨に濡れたら溶ける世界である。しかし雨水も水道水もパッと見は見分けが付かない。蛇口から出た直後は『水道水だ』って判るかもしれないが、その後が問題だ。法律で『安全な水は青色のバケツに入れてね♪』と定められているのも頷ける。勿論、罰則は無いが。
「大将、これで足りますかね?」「おぅ、済まんね。ありがとう」「あのぉ、足りなくなったら直ぐに仰って下さい」「悪いねぇ」「いや悪くなんてないですよ。水道、あそこにしか無いんですから」「だとしてもさぁ」「いやでも、うちの現場で怪我でもされたら困りますから」「それはそうなんだけどなぁ」「えぇ。ですから幾らでもお持ちしますんで、どうぞ遠慮なく」「そうかい。じゃぁ、そうさせて貰うよ」「ハイ。水道代はどうせタダなんで」「アハハッ!」
男は黒田に何度もお辞儀を。しまいには敬礼までして振り返る。
そりゃそうだろう。隣の班は『レッド・ゼロ』の現場なのだから。
「おい赤山っ!」「へい?」「大将は止めろw」「えー、ハイw」
呼び止められたのは五番隊隊長の赤山である。強面の顔が、幾ら『ニカッ』と笑ったとて、かえって不気味ってもん。周りが引く。
しかし赤山とて気を利かせたつもり。何故なら黒田の呼称は『大佐』と決まっている。それを『怪しいねーちゃん』の前では危険と判断し、咄嗟に『大将』としたのだから。
因みにだが、赤山自身は函館作戦に参加はしていない。ブラック・ゼロとの合同演習で、黒田に手も足も出なかっただけだ。
「知り合いか?」「いえ? さっき会ったばかりで」「ほう……」
五所川原にしてみれば『信じられない光景』に違いない。
隣同士の班がこんなに仲が良いなんて。いつもギスギスしていて、トラブルが絶えなかったはず。故に出来たのだ。生きの良い奴をチョイスして、危険な任務に放り込むことが。惜しげもなく。




