海底パイプライン(四百五十五)
『もしかして『嫌な予感』がしているのは、俺だけなのか?』
黒井は首を傾げた。周りは平穏そのものである。クレーンのフックに乗っかり『落ちたら痛そうだなぁ』と思しき高さで揺れている男も、実に楽しそうにしているではないか。
声を合わせてファンを引き抜こうとするのに夢中で、その後どうなるかなんて、一切考えていないような。
『ゴギギッ』「もうちょい。取れるぞっ!」「せーのっ! せっ!」
一旦ファンの上部が大きく揺れて、それからゆっくりと下半分が動き出す。しかし『ゆっくり』と言うのはあくまでも『見た目』であって、やたらデカい物体だからそう見えるだけ。実速度はかなり速いと見た。全然関係ない所に居る黒井だが、思わず身構える。
『キィイィインッ!』「ヤヴァイッ! 離れろっ!」「止めろっ!」
だから言ったのに。言ってないけど言ったことにして。
こうなると黒井だって、黙って見ているしか出来ない。
軸から外れた巨大なファンが、クレーンにぶら下がったまま揺れ始めたからだ。こうなることを予想して、クレーンをファンと九十度の角度にしたのかもしれないが、所詮アウトリガーを出していないクレーンなんて、踏ん張り力が不足するに決まっている。車体ごと大きく揺れたかと思ったら、反対側のタイヤが浮いたではないか。
「倒れるっ!」『バッシャアァアァッ!』「うわぁあわぁっ!」
現場はカオスだが、幾つか説明を加えねばならぬだろう。
大きく揺さぶられたクレーンが何とか転倒を免れ、吊り下げられたファンが再び換気扇本体へと向かっている最中であった。換気扇上部の汚水配管を修理していた奴が事態に驚き『ガンッ!』とやっちまったのだ。おまけにぶら下がってしまって配管がポッキリ。
さっきの十倍はあろうかと思しき汚水が降り注いだのだ。
「逃げろっ!」「やってられっかっ!」「飛べ飛べっ!」
黒井と同じように、換気扇の上に乗っていた奴らまで空中に飛び出していた。行先は『帰って来たファン』だ。もし現場で『飛べ』と言われても御免だが、汚水を被って溶けるのも御免とばかりに。
一人は下まで落っこちてしまったが、後の三人はファンにしがみ付いた。一瞬『助かった』と思ったに違いないが、それも束の間である。息つく間もなく、今度はファンが回転し始めたではないか。
クレーンに固定していたワイヤーなんて、当に切れてしまっている。辛うじて残っているワイヤーを中心として、重力に従うのみ。
「うわぁあぁっ!」『ブチッビョーン!』『ドンッ! ドッドン!』
叫び声もワイヤーが切れる音で掻き消された。『いやぁクレーンのワイヤーが切れたときって、こんな音がするんだ』が素直な感想。
四平が良く聞く『ゲームオーバー音』と似てるっちゃ似てるが、今の音を間近で聞いた奴は、人生がゲームオーバーであろう。この瞬間『あと二機ある』と余裕をかます勇者は居ないだろう。
地面に落ちたファンは、飛び跳ねながら回り続けている。『何で』とか『何処へ』と尋ねる間もなく、ファンは黒井の前を通り過ぎた。
そしてフラフラと倒れそうになりながらも、本部のバスへと向かっている。そして『当たるんだろうなぁ』との予想は、大体当たる。
『バキッ! メリメリメリィ』「スゲェ!」『キキキィ。ダーン!』
一部不謹慎な発言もあったが、真っ二つになったバス。装甲車なのだが、段ボールのように真っ二つ。その上にファンが倒れたとなれば『グチャッ』とこれまた物凄い音。誰も聞いちゃいないだろう。
因みにだが黒井の発言である。後で現場監督に言っておこっと。




