海底パイプライン(四百五十四)
黒田は笑いながら換気扇を指さした。端から端まで何度も。
ご懸念の『ドミノ倒し』とめでたくなるには、換気扇の並びが良くない。そりゃそうだ。別に倒して遊ぶためではなく、海風をアンダーグラウンドに送り込む、又はアンダーグラウンドの空気を外に送り出すために設置されているのだから。海に向かって横一列に。
これでドミノ倒しになるんだったら、物理法則を無視しているとしか言いようがない。寧ろ、やれるモンならやってみろ。
「でもさぁ」「良いから上行け。競争してるってことも忘れんな?」
言い訳が多くても、仕事には熱心な黒井である。諦めてロープの端を持ち、いや無理矢理持たされ、側面の梯子に手を掛けた。トントンと登り始めれば当然のように高度が増す。
少し上った所で気が付く。これ、高さ二十メートル位無いか?
「ホントに上まで行くのか?」「行くに決まってんだろ!」
だとしたら『安全装備』位、用意しとけと言いたい。大体ヘルメットも無しで、防護カバーもない『只の梯子』を二十メートルも上がる馬鹿が何処に居るんだ。あぁ、ココに居たわ。
「ちょっと待て」「何だ。高所恐怖症か?」「ちげーわっ!」
黒井は叫びつつ右足を梯子に引っ掛けた。そうして両手が自由になると、手に持っていたロープを梯子に巻き付けてから腰へ結ぶ。
これで万が一梯子から落っこちても、下まで一気に落ちることはないだろう。こーゆー風に使うなら、カナビラの一つも持って来いよ。て言うか下の奴ら、ちゃんとロープ握ってんだろうな?
「おい、クレーンの登場だぞ?」「ホントだ。何すんだ?」
下を見れば、ロープを握って明後日の方向を見ているではないか。
目線の先を追えば、黄色い車体のクレーン車がのそのそとやって来て、黒井がしがみ付いている換気扇の前を通過した。そして隣の換気扇の前で直角に位置付けして止まる。汚水を被った換気扇だ。
「見てないで良いから、ロープ握っててくれっ!」「あぁ了解」「離すなっ!」「あぁ?」「ちゃんと持ってろよぉ」「大丈夫だ。誰か握ってるって」「ざけんなっ! こっちは命が掛かってんだぞっ!」「またまたw」「落ちそうになったら、しっかり握ってやっからよ」
もっともらしく言っているが、全員揃って上の空である。クレーンに夢中で。原因は『サーカスが始まったから』なのだが。
黒井は溜息をつき、クレーン作業を横目に見ながら梯子を登り始めた。それにしても雑な作業をしているではないか。時折聞こえる『ヨシッ!』の意味とは。先ずはアウトリガー出そうな。
『ヨシッ! 上げろっ! 良いぞ。もうちょい。ちょい右。OK!』
黒井は『嘘ッ』と思いながら換気扇の上にまで辿り着く。
隣でも丁度、クレーンのフックに足を掛けた男が、換気扇のセンターに辿り着いた所だ。そこで上からぶら下がって来た男と力を合わせ、ワイヤーを取り付けている。もしかして『換気扇のファンを外そう』としている? いやいや、絶対そんな手順じゃないよね?
『ヨシッ! 良いぞ引けぇえぇっ!』『ブルンッ。ギギギギギィ』『ゆっくりぃ。ゆっくりぃ。良いぞ外れて来た。そのままぁ』
マジで外そうとしているらしい。換気扇の修理は『専門業者が来る』と聞いていたのだが、お前らは誰だ。日立でも三菱でも東芝でも無いだろ。川重? いやそれも無さげ。仮にメーカーの下請けだとしても、もうちょっとマシな恰好をしてるだろうし、ヘルメットは付けているだろう。換気扇のファンが『ゴキッ』と鳴って揺れる。




