海底パイプライン(四百四十七)
小馬鹿にしながら笑う男。小役人には見えない。
一応パリッとした背広姿だが、ワイシャツの第一釦を外し、ネクタイもユルユル。高確率で虎雄の同類に違いない。
「連れて来たの『お姉ちゃん』じゃネェの? 何だ楽しみにしてたのになぁ」「すいません。気が利かなくて」「フッ。良いの良いの」
二列縦隊で並ぶ作業員をチラっと見て勝手にほざく。虎雄の言うことなんて、はなから聞く気が無いのだろう。軽く手を振って、詰め寄る虎雄を追い払う。目は『とっとと作業しろ』だ。
「一番汚れてるのをお任せ下さい」「あっそう。それじゃぁねぇって。何々? そう言えって、言われて来た?」「はい。あっ」
一度は換気扇を選ぶ素振りを見せたが、虎雄へ冗談交じりに問う。そしたら虎雄だって、思わず答えちまうものだ。男はポンと肩を。
「もうね、一番きったねぇのしか残ってないから。見てみ。お宅ら来たのビリだよビリ。一番遅く来ておいて、なーに言ってんの!」
見れば巨大換気扇の下に、ゴソゴソと動く影が。ここから見ると大きさの比率から『G』に見えなくも無いが、列記とした人間だ。いや掃除をしている奴らを『G』なんて言ったら、怒られちまうよ。
ただ、まだ『ゴシゴシ』に至ってはいないのは明らかで、換気扇がグルグル回っているのがその証拠。目を凝らすと、一、二、三、四。あら。確かに虎雄達を含め、既に五組が揃っているではないか。
「皆さんお早いんですね」「一時間前集合! これ、常識だから!」
五分前集合なら聞いたことあるが、そんな常識は聞いたことがない。普段から時間に煩い奴らにしても『流石にそこまでは』な雰囲気。前後左右で『一時間だと』『いやネーヨ』『そもそも今日は、何時集合だったん?』と、半笑いを交えて肩を揺らしている。
「じゃぁ、アレをやります」「近いねぇ」「んじゃコレ?」「ちっ。あのさぁ、一番最後に来てさぁ、他の班が予約したトコを指名したってダメだからね?」「予約してんですか?」「ちょっとさぁ。吉原の女の子だって、予約するんでしょ?」「いえあのぉ『フリーの娘』も居ますけど……」『パンッ!』「俺が言ってんのはそんな安っすいのじゃなくて、高い女のコト言ってんのっ!」「あぁはい」「予約してんのに割込んだらどうなるのっ!」「えっと、家の茶屋は三倍払って貰えばOKですけど」「……何だ。横入アリなのかよ。安っちぃトコだなぁ……」「今、皆そうっすよ?」「んな訳あるかっ!」『パンッ!』「帰ったらオヤジに良く聞いとけっ!」「ヘイ……」
クリップボードでバシバシ叩かれているのだが、若頭から言われた通り、ここは我慢するしかあるまい。ムカつくのは『連れて来た部下達』である。ニヤニヤ笑いやがって。四平、おめーもだ。
「じゃぁ、どれからやれば良いですか?」「んなモン、テメェで聞いて回れよ。一番遅く来た、やっすい組の人!」「ヘイ」「こんだけ人居りゃ、端から端まで走らせりゃ、直ぐだろっ! 直ぐっ!」
笑って言い放ち、追い打ちで『早く行け』と手を振った瞬間だ。
「ワンコッ! くっちゃべってねぇでお茶っ!」「へい。只今」
するとバスの窓越しに女の顔が。男は『ギョッ』としている。
「はぁ? テメェ犬の癖に、何偉そうに人間の返事してんだぁ? 犬なら犬らしくしろ!」「ワンワンッ! 直ぐにお淹れ致します!」
何だ? 男の上司って訳でも無さそう。男を『気の毒』と思う輩は皆無だが、男にもその自覚有りか。顔を伏せると、早々にバスの中へと消える。すると直後に女の怒号が。何々。こわーい。




