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海底パイプライン(四百三十八)

 脅したのは虎雄じゃない。黒沢の方。自らを『神だ』と名乗る男の髪を鷲掴みにし、首が折れんばかりに引っ張ったから堪らない。

 この『堪らない』は、堪らん最中に『堪らなくなった』ことが堪らないを表し、堪るのか堪らないのかについて実際はどうでも良い。


「ノーノータップタップ。カミダ・イスキー。カミダイスキー!」「何言ってんだテメェ。コロシテクレェだぁ?」「チガウデショォ」

 神ではなく『神田カミダ』であるアピールが続くも、黒沢の殺意を変えるには至らないようだ。更に必死になってアピールを。

「ニホンゴで、神田カンダの神に神田カンダの田で神田カミダ」「はぁ?」「伊助イスケの伊に伊助イスケの助で伊助イスケデース」「ニャロォ。全然説明になってネェじゃねぇかっ!」「オォノォ。ワタシ説明シィタノニィ」

 外人らしき変なアクセントの日本語で、この場を何とか乗り切ろうとしている。しかし黒沢に手を出した時点で『何とか』も『乗り切る』も有り得ない。つまり『何ともならない』が正しい。


「結局の所、神田伊助かぁ?」「チガイマース。神田伊助ト書イテェ、カミダイスキーと言いマース」「ほぉ。ここは『上級国民しか来られない場所』らしいが?」「ソレナラワラターシ、陸軍の秘密部隊で顧問の仕事ォ、シテイマース」「陸軍ねぇ?」「上級国民? デスカァ?」「階級は」「カピターン。キャプテン。タ」『ガッ!』「大分ペーペーじゃねぇかっ!」「エェ、大尉ジャダメアルカ?」「ダメダメ。嘘でも『大佐カーネル』位名乗れっ」『ガッ!』「アイ! じゃぁカーネルで」「じゃぁって何だっ! 今直ぐ昇進させてやろうかぁ? えぇえぇっ?」「アァチョットマッテェ。ソレデモ『ルーテナント・カーネル』止まりアルヨォ。ヤメーテ!」

 相変わらず酷い日本語である。外国人を殆ど見掛けない東京で、良いお手本が不足していたのもあろう。気の毒に思う他は無い。


「ペラペラ喋るなぁ。要するにテメェは、『スパイ』なんかぁ?」

 髪から手を離し、目の前で『グー』からの『チョキ』で迫る。

「ノォノォノォノォ。スパイチャイマンネンアルヨ。あっ、今のは判り易く英語で言いましタァ。ロシア語だとぉ、ニエットニエット」

 度胸があるのか、単にふざけているのか。少なくとも酒は抜けていないのは確か。やはり目の二つ三つ潰しておく必要がありそうだ。


「つまり『スパイ』なんだな? 何処だ。帝政ロシアか?」

 言葉遣いで誤魔化そうにも『見た目』からしてロシア人である。しかしカミダイスキーは、確信を持って首を横に振り始めた。

 まるで『何を言っているんだ』と言わんばかりに。


「ワターシ『スパイ』じゃなくて『二重ふたえスパーイ』デース」「それを言うなら『二重にじゅうスパイ』な」「あぁ、ソートモ言う」「そうとしか言わねぇんだよっ!」『バシッ』「アイ! ダカラホラ『日本の味方』アルヨ! ダイジョーブアルゥヨッ!」「どの辺が大丈夫なんだっ! もう良いや。ちょっと殺しとくか」

 スッと取り出したるはアーミーナイフ。流石に酔いも冷めたか。


「ダメダメアルヨ。暴力反対。キル良クナイ。アッ今ノモ判リ易イヤフニ英語デ言ツテミマシタァ。ロシア語ダトォ、キルはウビーチ。『殺す』も『ブッコロース』も『ウビーチ』。判リ易イデショウ?」

 どうでも良い説明。どうでも良い命。実は『三重のスパイ』であるカミダイスキーは、ここで命を落としてしまうのだろうか。


「結局テメェは何処のドイツだっ! 実は『KGBでした』なんじゃネェだろうなぁ?」「違う違うミーはGRUグルーヨォ。あっ」

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