魔女は、たしかに復活しつつある……ようだ
当然ながら、ガーデンパーティはお開きとなった。怪我はなくとも魔物の襲来(と私の迎撃っぷり)に怯えて倒れてしまった招待客を、別邸の客室を急遽解放しフル回転させて救護しつつ……という状況の中、私はイヴェット様に詰められていた。
もちろん、王太子殿下とその側近たちも同席している。
「なんて無茶をするの! まさかお前があんなことをするなんて、怪我をしたらどうするつもりだったの!」
「ええと……すみません、私もここまで自分が仕上がってるとは思わず……」
「お前はただの平民の娘のはずでしょう!? いったい何をしたら騎士以上の働きをすることができるの!」
「まあまあイヴェット。誰にも被害が及ばなかったのは、彼女のおかげなのだからね」
「――わかっておりますわ。でも、令嬢なのに、あんな――」
イヴェット様は本気で私を心配してくれているようだった。同時に、私が魔物をほぼソロ討伐してしまったことをかなり訝ってもいるようだった。
王太子殿下は、珍獣……というより、使える何かを見るような目で、おもしろそうに私を見ている。「おもしれー女」枠を振り切って、別な何かに昇格してしまったような気がする。
「ユーグ、お前も同じことができるか?」
「正直、難しいかと。アルザン嬢はもともと身体強化も得意のようでしたし、剣の腕もめきめき上達していましたが、まさかこれほどとは――」
王太子殿下に問われて、剣術の講義を共に受けているユーグも呆れ半分感心半分を隠さずに返している。
ヒロインの持つポテンシャルまかせの、無茶な鍛練をやっていた甲斐があるというもの……と言ってもいいのだろうか。
「いやその、今まであんまりうまくできなかったんですけど、いざとなったらできちゃったというか、私、本番に強いタイプだったんだなというか」
「今まであんな動きができるような訓練をしていたと言うの!?」
「ええと、していたというか、その、皆さんに被害が出たらヤバイなって、必死だったんです」
イヴェット様が信じられないという表情を浮かべる。
普段は高位貴族らしい微笑を浮かべていてあまり表情を読ませないのに、めずらしいほど表情が現れている。
「つまり、魔法の使える者であれば訓練次第で可能ということか? 一考の余地があるな」
「――殿下、普通は騎士でもあんな動きはできないものです。そもそも相当の魔力量がないと持続できませんしあれほどの力は出せません」
ユーグは感心から呆れに振り切ったようだ。
王太子殿下は「いいこと思いついた」という笑みを浮かべている。まさか騎士団に私の真似ができるよう訓練させることを考えているのだろうか。ユーグに無茶言うなと言われているのに。
私の場合はヒロイン補正のおかげで魔力は十分だし、ついでに多少の無茶もできてしまっているだけ……だと思う。くれぐれも騎士の皆さんに無茶ぶりはしないでほしい。
「それにしても、なぜこんなところに魔物が出たのでしょうか」
それまで黙って考え込んでいた、リシャール・ド・オットンヴィルが深刻そうな表情で疑問を述べた。
高位貴族の別荘が建ち並ぶ一大観光地であるこの地域に、もともと魔物は少ない。いや、魔物が少なく風光明媚ゆえに観光地としてここまで発展したのだ。
現在は多くても年に一、二度の頻度で、ごく弱い魔物だけが出没する程度のはずだった。そして目撃報告があればすぐに領兵が出動して調査のうえ狩ってしまうから、バカンスに来た貴族が魔物と遭遇するようなことはまず無いと言っていい。
ましてや、あの鳥型魔物のような中の下クラスが別荘地まで出張ってくるなんて、今回が初めてだろう。
「よくない力……不浄な何かを感じましたね」
パスカル・サン・ベルヴィットが窓の外へと視線を向ける。神祇省長官の子息らしく、魔女の力には敏感ということなのか。
「魔女、ですわね。キトリー、そうでしょう?」
「え」
イヴェット様が納得したように呟いて、私を見た。
遅れて、王太子殿下はじめ皆が私に注目する。
「“災厄の魔女”が現れる予兆だということか? キトリー、何を知っている?」
王太子殿下がにこやかに尋ねる。圧が強い。
私が確認するように目を向けると、イヴェット様が頷いた。すべて話しなさい、という無言の圧が、イヴェット様からも感じられた。
後日、場を設けるから王太子殿下に私自身から報告しろ……とたしかに言われてはいたが、まさかここがその「場」であるのか。
イヴェット様がにっこりと微笑んでもう一度頷く。私は観念することにした。
「――ということなんです」
つい先日イヴェット様にした話を、私はもう一度ここで話した。
なんでかリュシアン王弟殿下に似ているイズミちゃんのことと、“災厄の魔女”が復活するという話だ。「どうしてだか、この状況を物語として知っていた」という設定もそのままである。
「アルザン嬢には未来視の魔法能力でもあるのかもしれませんね」
フィリベール・ジャンドゥレが魔法使いらしい見解を述べる。
そんな魔法能力というものがあるのか。
「で、でも魔女のこと以外は全然わからないんですけど……?」
未来視なんて、そんなご大層な能力で定義されても困る。単に乙女ゲー転生したから知ってるだけなのに。
「まさか……アルザン嬢は魔女に対抗するために鍛えているのか?」
ユーグが気づいたように顔を顰める。もちろん、私がヒロインである以上、魔女との戦いは必須なのだから、戦うつもりだ。
「君ひとりでどうにかなる問題ではないだろう?」
「それは、もちろんそうですけど……でも、故郷が焼かれるかもしれないので……あ」
「キトリー?」
ふと気づいてしまった。
魔物襲撃イベントは、ゲームシナリオ中にちょこちょこ挟まれてくる。もちろん首謀者は魔女だ。魔女は自身が完全に動けるようになるまで、魔物に国のあちこちを襲撃させるのだ。
「もしかして、私、これで魔女に目を付けられたってこと?」
「キトリー?」
「あの変な声って、つまりそういうことだよね?」
イズミちゃんに相談したい。きっとイズミちゃんならもっとあれこれ細かいことまで、私がこれからどうすればいいかも含めて一緒に考えてくれる。
だってイズミちゃんはサポートキャラだから。
私だけじゃいろんなこと見落としてそうだし……今すぐイズミちゃんに相談して、これからの方針を決めたい。
――そこにコツコツとノックの音が響いた。
「イヴェットお嬢様。フィストロフ前侯爵夫人がお会いしたいとのことです」
「そう……では、客間にお通しして、すぐにお伺いしますと伝えて」
「わかりました」
侍女さんから伝えられて、イヴェット様が私を一瞥してから、そう応える。
そこに、王太子殿下が「私もお会いしたい」と告げた。
「王太子殿下も同席することも伝えてちょうだい」
「はい」
数分後、私はイヴェットお嬢様のお供として、フィストロフ前侯爵夫人の待つ客間にいた。もちろん、王太子殿下はイヴェット様の隣にいるし、一緒に運ばせた王子様の肖像画も、梱包を解かれて椅子に立てかけられている。
王太子の側近たちは別室で待機だ。さすがに大所帯で押しかけるのは憚られる。何か情報があれば、後で共有するということだろう。
侯爵閣下は不在だ。いろいろ忙しい身でもあるし、自身の別邸も念のため確認をすると戻ったらしい。道中と別邸の安全を確認できたら、改めて夫人を迎えにくるのだとか。
ここは安全なのか……と首を傾げたら、魔物を一撃必殺の私がいるのだから安全に決まっているだろうと、そう王太子殿下に言われてしまった。
王太子殿下の私の扱いが、やっぱり変化している。
夫人からはなんやかやと魔物騒ぎでのねぎらいの言葉をいただいた。
「なつかしいわ……」
王子様の肖像画をじっと見つめた後、夫人はほうっと吐息を漏らした。
五十年前、王子様の婚約者だったころもきっと儚げな美人だったんだろうと思わせる、そんな悩ましげな吐息だ。
少し前に身罷られた前侯爵閣下が、この別邸に夫人を来させたがらなかった理由が、よくわかる。
「――当時のわたくしは、この方……リュカ様のことがほんとうに大好きで、だから、急に亡くなられたと聞いて、とても信じられなかったの」
懐かしそうに、けれど、間違いなく過去の思い出として、夫人は王子様のことを語る。
もう五十年という月日が過ぎた今、夫人の中で王子様のことは「少女時代の美しい恋の思い出」として昇華されているのだろう。
「だって、亡くなるほんのひと月前、元気なリュカ様にお会いしていたのよ? それなのに、急な病に倒れたうえ、すぐにお隠れになるなんて……」
病気に倒れてほんのひと月じゃ、そりゃ未練もたっぷりだよなあ――なんてことを考えながら、私は肖像画を見つめていた。
前世では、この世に未練を残しているから幽霊として彷徨うことになるのだと聞利いたけれど、イズミちゃんはやっぱり王子様の幽霊で、婚約者だった夫人のこととか心残りが多すぎて迷っちゃったのだろうか。
――でも、五十年前じゃなくて、なんで今? しかも、夫人のいるところじゃなくて、学園の噴水で地縛霊になってるの、おかしくない?
「キトリー」
それとも、ゲームでも、泉の精霊は過去に夭逝した王子様の霊……ようせいなだけに! みたいな設定でもあったんだろうか。
「キトリー」
「あ、はい!」
肖像画をガン見しながら自分の考えにふけってしまった私を、イヴェット様が呼び戻した。
「キトリー、お前が会ったという精霊の話をしてちょうだい」
「――え?」
意識を戻したとたん言われた言葉にぎょっとして、私は思わずイヴェット様を見つめてしまう。
「大伯母様、聞いてくださる? このキトリーが、リュシアン殿下そっくりの精霊に会ったと言うのです」
「まあ……精霊?」
そんな、突拍子も無い言い方、と思う間もなく、しばし目を瞬かせた前侯爵夫人から改めてじっと見つめられて、焦ってしまう。
「そっ、そっくり、たしかにイズミちゃんはそっくりですけど――」
「精霊はイズミちゃんとおっしゃるの? リュカ様は前王妃様によく似て傍目には儚げな見目のお方だったのよ。本当に精霊になってしまわれたとしても……違和感はないわねえ」
ふふ、と笑う前侯爵夫人。気にするところがずれてやしないだろうか。
とはいえ、王太子殿下も私に注目しているし、ここで話さないという選択はない。私は大きく深呼吸する。
「イズミちゃん……じゃなくて泉の精霊が、この肖像画の王子殿下と同一人物かはわかりません。何しろ、記憶がないって言うので……。
だから、私が知ってる泉の精霊のお話をします」
念のために魔女と乙女ゲームの話は伏せて、夜中に眠れなくて噴水に行ったらというていで、私はイズミちゃんとの交流の話をする。
貴族ばかりの学園で魔力持ちの平民としてどう立ち回るべきか相談したとか、イヴェット様にサロンへ誘われた時にも相談に乗ってもらったとか、精霊なんだからと魔法の訓練につき合ってもらったこととか……そんな、世話好き精霊のおかげでうまくここまでやってこれたと、ちょっといい話風に語る。
「もし泉の精霊が王弟殿下なのでしたら、あれこれ、貴族の風習とかにも詳しいのは納得ですね」
うんうんと頷きながら聞いていた前侯爵夫人は、「リュカ様は、昔からとても面積見のよい優しいお方だったわ。たしかに、よく似ていらっしゃるのね」と、また懐かしそうな表情で目を細める。
「あの……フィストロフ前侯爵夫人は、泉の精霊にお会いしたいですか?」
夫人の、リュシアン殿下を懐かしむ様子に、思わず尋ねてしまう。
イズミちゃんの元婚約者だったかもしれない人だ。イズミちゃんの未練の元かもしれない人でもある。イズミちゃんだって、覚えていたらきっと会いたいと思うんじゃないだろうか。
――王弟殿下の没後、夫人がちゃんと幸せに生きてきたのだと知ったら、もしかしたらイズミちゃんは成仏していなくなっちゃうかもしれないけれど。
「そうねえ……」
「あの、泉の精霊には、月の明るい夜に学園の噴水に来れば会えるんです。今は全部忘れちゃったっていうけど、夫人に会えば、もしかしたら……」
「リュカ様なのかどうかはともかくとしても、一度、お会いしてみたいわね」
夫人はにっこりと微笑んだ。
恋しくて会いたいというよりも、昔の、ちょっと切なくて懐かしい思い出を思い出すような、そんな表情だった。





