真実(たぶん)の追及
ここまで、加筆やら修正やらしまくっているので、既存部分読了済という方にも読み返してもらった方が良いかなと思います
あれから数日。パーティの日はもう明日に迫っている。
私は家政頭のクレアさんから途切れることなくあれこれ雑用を言いつけられ、コマネズミのように働いている。
もちろん、ひっそり剣術と魔法の鍛練をすることは忘れない。日々の小さな積み重ねあってこそ、乙女ゲームヒロインのレベルは上がるのだから。
もっとも、剣術の鍛練といっても剣を持ち込むことはできないので、棒きれで型の練習をしたり、いざというときのイメトレどおりに動けるかを試してみたりが関の山だけど。
ちなみに、ゲームとかアニメみたいな動きができないかなと試してみたりもしているが、こちらはなかなかに難しい。魔法と組み合わせないとイメージどおりにはいかないのだが、その制御とかバランスとか難しいのだ。当然ではあるが。
イヴェット様はあの時のことを少し気にしているようで、何かというと私の故郷やら両親やらの話を尋ねるようになった。
とはいえ、辺境の田舎ゆえに特筆すべき話題は少なく……代わり映えのない話ばかり返すことになってしまうのだけど。
「はあー、イズミちゃんに会いたいなあ」
夏休みはあと半月と少しを残すほど過ぎた。
窓の外は夏らしい鮮やかな青い空だ。しばらくは夏の嵐もないだろうと、誰かが言っていたことを思い出す。
いよいよ明日はパーティである。その準備が、これほどたいへんだとは知らなかった。貴族のパーティって、食事と場所を用意して飾り付けるだけじゃないんだとしみじみ実感した。
「キトリー、ちょっと来てちょうだい」
明日使う食器を確認していたら、数人の使用人を連れたイヴェット様が現れて、私を呼んだ。はい、と返して、すぐにその後に続く。
向かったのは、二階の端の、普段使っていないこまごました調度を置いてある部屋だった。
「大伯母から手紙が届いたの。ここに置いている絵を送ってほしいって」
「絵、ですか?」
「ええ。急な話になったのは、手紙の到着が遅れてしまったせいね。
以前話したと思うけれど、大伯母の元婚約者だった当時の王子殿下――国王陛下の弟君にあたる方だから、正確には、王弟殿下であらせられるリュシアン・デュ・ヴァルドヴィス殿下の肖像画なの。それほど大きくはない絵よ。前侯爵閣下と結婚した際に一枚だけ残したものが、この別邸にあるのですって」
手でおおよその大きさを示して、イヴェット様が言う。
ただ、どれがそうなのかがわからないので、ひとつひとつ確認しながら探す必要があるのだ。
「明日のパーティにはフィストロフ侯爵閣下もお招きしているから、その時にお渡しできるよう、準備しないといけないのよ。キトリーも手伝ってちょうだい」
「でも、私が見てわかるんでしょうか」
「殿下おひとりの肖像画なの。王家特有の金の髪に深い紫の目の若い姿で正装されているそうだから、見ればわかると思うわ」
「はい」
部屋の鍵を開けて、絵画をまとめて置いてある場所に向かう。
絵はもちろん、額縁も高価なので、ひとつひとつ油紙と布で丁寧に梱包されてるのを、ひとつひとつ解いて確認して梱包しなおして……で探していくから、手間と時間のかかる作業だ。
だいたいの大きさがわかっているだけマシだけど。
全員で黙々と絵を解いて確認して再度梱包して……と作業を続ける。
額装された絵は意外に重い。手が滑って落とすような事故があってはまずいから、基本ふたり一組で作業を進めていく。
「あれ――?」
ようやくそれらしい絵を見つけて覗き込んだ私が思わず声を上げると、一緒に作業をしていた使用人が「こちらのようですね」と頷いた。
でもこれ、二十そこそこくらいの男性で、やわらかそうな金髪に深い紫の瞳と涙黒子で……この人どこかで見たことがあるどころか、どこからどう見ても――
「イズミちゃん? 色ちょっと濃いけどイズミちゃんだよね? なんでイズミちゃんの絵がここにあるの?」
「キトリー? いずみちゃんというのは何のこと? この方を存じ上げている……わけはないわよね?」
大きく目を見開いて絵を凝視していた私は、ハッと顔を上げる。
いつの間にか使用人に呼ばれたイヴェット様が、すぐ横から一緒に絵を覗き込んでいた。
「その、存じ上げてというか――」
「キトリー?」
私の視線はうろうろと落ち着かず、絵とイヴェット様を交互にさまよってしまう。この絵の男性を見知っているのかと問われても、イヴェット様の胡乱な視線があっても、私は絵を見てしまうのをやめられない。
「この方を見知ってるわけじゃなくて、私が知ってるのは王子様じゃなくてイズミちゃんで、イズミちゃんは精霊で、でも、なんで王子様がイズミちゃんの顔してるのか、わからなくて――」
私は動揺のあまり、頭に浮かんだことをそのまま垂れ流してしまった。
イズミちゃんはただのサポート役の泉の精霊なのに、どうしてもう亡くなった王子様と同じ顔なのか――どこからどう見ても、色合いは絵のほうがちょっと濃いけど、それは人間か幽霊かの違い故と思えば説明はつくし、何より顔立ちも描かれている表情もイズミちゃん本人としか思えない。
亡くなった王子様が“泉の精霊”になったのか。でも、イズミちゃんの背景設定にそんな事情は書かれてなかったはずだし、さっぱりわからない。
単に、私が、亡くなった王子様の亡霊を“泉の精霊”だと信じこんでいただけということだろうか。なんであの泉に地縛っているのかわからないけれど、私は精霊だと早合点した亡霊相手に、夜な夜な攻略相談をしていただけなのだろうか。
そしてそもそもの話、ゲームでサポキャラ“泉の精霊”は声だけの存在だったのだ。姿があること自体がおかしいだろう。
サポキャラじゃなくて王子の亡霊なら、しかるべきサポートなんてあるわけがない。攻略が進まなくても当たり前じゃないか。
* * *
「――では、その“泉の精霊”とかいうものについて、お話しなさい」
結局、イヴェット様の追求を免れることはできなかった。
見つけた絵は梱包を解いたまま運ばれて、今、目の前に立てかけられている。
明るい光のもとで見ると、雰囲気はちょっと違ってもやっぱりイズミちゃんにしか見えなかった。
人払いまで済ませて言葉を待つイヴェット様に、私は小さく溜息を吐いた。
「信じてもらえるかわからないんですけど……」
「それは話を聞いたわたくしが判断することよ。まずは言ってみなさい」
「はい」
観念した私は、腹を括ってこれまでのことを話だす。
もっとも、前世でゲームがどうこう言っても理解できるかは不明なので、「なぜかはわからないが今の状況を物語と知っていたので、泉にいたこの顔の幽霊っぽい存在を泉の精霊だと思い込んでいた」という説明に変えてはいるが。
ついでに、魔女の復活の話もしてしまう。ここに及んで“災厄の魔女”を隠していてもしかたないんじゃないかと思ったからだ。
なお、私がヒロインだとかいう話はしていない。さすがに恥ずかしすぎる。
「あの、イヴェット様?」
「一考の余地はあるわね」
だが驚いたことに、イヴェット様が私の話を荒唐無稽すぎると一蹴してしまうことはなかった。
「この話は、殿下にも共有するわ」
「え」
「王家が関わっているなら、わたくしの判断だけでここで止めてしまうことはできなくてよ」
「でも、まずはお父上の侯爵閣下にお話してご判断いただくとか――」
ふ、とイヴェット様が笑った。
「“災厄の魔女”がお伽噺などではなく過去も現在もたしかに存在していることくらい、王家に近い貴族であればたいていの者が知っているわ」
「そうなんですか?」
「ええ」
私は目を瞬かせる。前世の記憶が戻る以前の私は“災厄の魔女”なんて大昔の何かを誇張したお伽噺でしかないと考えていたのに、高位貴族の間では実在すると知っていた……ということは、私の知らない何かがあるということか。
前世で設定資料集も結構読み込んでて、私はこの世界のことを全部知ってると自負してた。なのに、それでも知らないことが?
「後日場を設けるから、お前が直接、このことを殿下に話しなさい。その時に、お前もなぜ魔女がお伽噺でないかを理解できると思うわ」
思わずゴクリと喉が鳴ってしまう。
ここは単なる乙女ゲーム世界で、私はヒロイン転生をしてしまっただけだと考えていた。故郷のことがあるけど、魔女の倒し方は知ってるし、私がヒロインなんだから攻略さえすれば絶対倒せるのだと確信してた。
だから必死に攻略しなきゃいけないけど、魔女が本格的に活動を始める前に私がヒロイン役を全うできさえすれば、皆丸く収まって八方大団円だと考えていた。
もしかしてそれだけでは済まないのだろうか。
ゲームの設定集にすら書かれていなかったことがあるのだろうか。
イズミちゃんはサポキャラじゃなくて、本当に五十年前亡くなってしまった王子様の亡霊で、どうしてかあの泉に地縛霊になっているだけで、イヴェット様の大伯母様だという前侯爵夫人と会ったら、忘れてること全部思い出して昇天しちゃったりするんだろうか。
――もしかして、イズミちゃんは消えちゃう?
* * *
今夜も、月は煌々と輝いていた。
夏の夜空は高く澄んで、天の真ん中に月は大きく輝いている。
「キトリーはうまくやっているかな?」
噴水の水音を聞きつつ、月を見上げつつ、“イズミちゃん”は呟いた。
相変わらず自分が何者であるかは判然としないが、彼女の「イズミちゃん」という呼びかけは結構気に入っていた。
本当に、キトリーの望むような精霊であればいいのに、と。
ふ、と小さく息を吐いて、視線を落とす。
噴水から澄んだ水が流れ落ち、小さなせせらぎとなって庭園を流れていく。
“イズミちゃん”は、自分がキトリーの言うような「精霊」ではないと確信していた。なぜこの噴水の泉のそばにしかいられないのかはわからない。おまけに、自分のことなど何も覚えてはいない。
けれど、自分が「精霊」なんかじゃないということだけはわかっていた。
ただ、「イズミちゃん」と呼びかけてはあれこれ話すキトリーの訪いがいつの間にか待ち遠しくて、毎晩話を聞くのも楽しくて、キトリーが無邪気に自分を「泉の精霊」だと信じているから、否定することができなくなっていた。
きっと、夏休みが終わって学園に戻ってきたら、またあれこれと話をしにここを訪ねるはずだ。待ち遠しい――早く、また話がしたい。
そう考えて、“イズミちゃん”はふっと小さく笑った。





