四章
しばらくの間、りおと神崎はそれぞれ個々に犯人の手掛かりについて考えてみることにした。その方が、りおの失われた記憶が何かを思い出すかもしれない。そう神崎が提案をしたのだ。
「何か新しいことを思い出したら何でもいいから教えてください」
そう言うと神崎は、そのままソファーにもたれ掛かかったままピクリとも動かなくなった。そのままずっと目をつむっているので、正直眠っていても分からない状態だ。きっと疲れてるのだろう。と、りおは思った。というか、そもそも死んでる人間に疲れなんてあるのかな? などと考えながら、まずは自分の身近にいる人たちのことをもう一度片っ端から思い返した。
―家族。そういえば私には弟がいたな。でも弟の名前も顔もちっとも思い出せない。お母さん元気かなぁ。でもやはり、りおは母親の顔すら思い出せずにいた。
―ファンの人達。色んなタイプのファンの人がいたなぁ。何故だかファンの人たちの顔はりおの脳裏に不思議と浮かんできた。
ファンの人かぁ…。
「ファンの人?」
突然神崎が目を開きそう呟いた。どうやらりおの独り言が聞こえたようで、ソファーにもたれ掛かっていた重い腰を上げ、じっとりおの方を見つめている。
「りおちゃん。失礼なのは百も承知なんだけど、ファンの中の誰かが僕たち二人を殺したって線は考えられないかな?」
「ファンの人が…ですか?」
「そう。例えば、りおちゃんのファンの中で熱烈なファンっていうか、強烈なファンの人っていたでしょ? なんて言ったっけ? …そう。ファンニバルだ!」
『ファンニバル』とは、『ファン』と、佐々木りお(リオ)の『カーニバル』の言葉を掛け合わせて作られた造語で、りおの熱烈なファンという意味だ。朝の連続ドラマが始まり、佐々木りおという女優が一躍全国区で知れ渡るようになるに連れ、『ファンニバル』、『ファンニバル現象』という言葉が使われ始めたのだ。
「確かにファンニバルって言葉は使われてたけど…でもだからってファンの人がそんなことを…」
「りおちゃん、エビちゃんって覚えてる?」
りおの話しを遮るように神崎が尋ねた。
「エビちゃん? エビちゃんって、あの『ミッドナイトステーション』のエビちゃん?」
「正解。りおちゃんが初めてラジオのパーソナリティを務めた番組、『ささりおのミッドナイトステーション』。その番組でよくハガキを投稿してくれたエビちゃんだよ」
「神崎さん、まさかエビちゃんのことを疑ってるの?」
冷たい目をしてりおは尋ねた。
「いやいやいや、あくまで念のためだよ。アイドルのファンって自分の生活を犠牲にしてまで応援する熱狂的信者の人って多いでしょ?」
「あーそれって偏見。そんなのごく一部の人だって。しかもエビちゃん女の子だし。でも男の人でも基本みんな普通の人ばかりですよ。温かく見守ってくれてるって言うか、マナーも良いし。それに私、アイドルじゃありませんから」
「そりゃ失敬」
悪びれもせず、あくまで冗談が過ぎたみたいな反応で神崎は軽く会釈をした。
「まぁ確かに、毎週毎週何十枚もよくハガキを送ってくれるなぁとは思ってたけど、でも実際会ったこともないし…」
りおは言葉に少し間を置いた後、突然思い出したように「あ…ごめん、あるわ」と答えた。
「そう。一度だけ会ってるんだよ。あの番組で」
ソファーから立ち上がり神崎は話しを続けた。
「確か放送百回目を記念した公開放送のイベントの時に。ちなみに僕もその時に彼女と会ったよ」
「その時確か、十五、六歳ぐらいだったよね、その子。大きな黒ぶちの眼鏡を掛けててすごく大人しそうな印象だった。とても人を殺すような子には思えない」
「また…」
神崎は半ば呆れた様子で呟く。
「だって…」
りおは口を尖らせて答える。
「いいですか? 人を見た目で判断しちゃダメです。物事を客観的に考えてみてください。こんなに毎週毎週ハガキを投稿して、ラジオの公開放送だって観に来てくれる子ですよ。りおちゃんの舞台にだって当然観に来ているはずだ。そういえばあの子って何処に住んでいたんだっけ?」
「え?…何処だっけ…確かえっと…」
「―広島です」
答えが出ないりおに業を煮やした神崎は、先に正解を答えた。
「あ、さすが敏腕マネージャー。よく覚えてたね?」
神崎を指差して、りおが言った。
「あれだけ君がラジオで『広島県にお住まいのペンネームエビちゃん』って紹介してればそりゃあ覚えるよ」
「あはは、そうだよね」
「だったら、その子も残念ながら容疑者の一人だ」
神崎はりおをじっと見つめ、真顔で答えた。
「それはそうと、そう言えばあのイベントの日以降、急にぱったりハガキが来なくなったよね」
「…うん」
りおがコクリと頷いた。
「りおちゃんのことだから放送中に、うっかり悪気なくエビちゃんを傷付けるような発言をしたんじゃないの?」
イタズラな笑みを浮かべながら神崎は尋ねる。
「え? 全然心当たりがない。でももしかしたら言ってるかもしれない…」
りおは苦笑いを浮かべそう答えた。
「ところで、なんであの子のペンネームってエビなんだっけ? 確か名前がなんとかって言ってたような…」
「イベントであの子に聞いたじゃない。ペンネームの由来ってコーナーで。確か本名が磯野えみちゃん。…あ、そうそう。確か、笑顔が美しいって書いて『えみ』って読むんだ。『笑美=エビ』だって。あと顔が海老に似てるからって…」
「りおちゃん…それはひどいですよ」
軽蔑の眼差しで神崎は呟いた。
「いやいやいや、本人がそう言ったんだって!」
慌てた様子でりおが否定する。
「冗談ですよ。僕もあのイベントにいたんでちゃんと分かってるよ。でもよくそんなことまで覚えてたね」
「毎週何十枚もハガキを送ってくれて、リスナーの女の子の中だったら一番読んでた子だもん。そりゃ覚えてるよー。エビちゃん今元気にしてるかなぁ…」
りおは遠い目をして呟いた。
「僕たちが死んでから何年経ってるか分からないでしょ? ひょっとしたらエビちゃん、すでに結婚して幸せに暮らしてたりして」「あ、そーかもねー。そうだといーなぁ」
嬉しそうな表情でりおは答えた。神崎はそんなりおをじっと見つめ改めて尋ねた。
「改めてもう一度聞きます。イベントで始めて会った時、エビちゃんに酷い対応をしたとかしてない?」「それは神崎さんだって見てたでしょ? 私そんなことしてた?」
「いや。とても感じの良い対応でした」
「でしょー」
「じゃあ逆に、何か期待させるようなことを言ったりとか?」
「え?」
「例えば、あなた可愛いから将来絶対女優になれるよ。いつか一緒にお仕事しよ。みたいな」「んー覚えてないけど、それはたぶん言わないと思うよ」
「それは何故?」
「何故って…私正直だから。その子すっごく素朴な感じがしたから。おとなしそうだなって…。きっと芸能界には向いてないと思う…私みたいな苦しい思いもしてもらいたくないし。あ、でもそういえば一言だけ…」
りおは何かを思い出したのか、改まった口調で話しを続けた。神崎はそれを黙って聞いている。
「彼女、一言だけ、とてもか細い声で聞いてきたの。『りおちゃんみたいになるにはどうしたらいいですか?』って」
「それで、りおちゃんは何て答えたの?」
静かな口調で神崎が尋ねた。
「え…無理だって」
その言葉を聞くと、神崎は目を丸くした。
「え? いやそれちょっと酷くないですか?」
「いや、別にそういう意味じゃなくって。でもなんでそういう風に言ったんだろ、忘れちゃった」
「受け取り方によっては、それ誤解されてもおかしくないよ」
「そうかなぁ…」
「そうだよ。自分の好きな人から『私みたいになるのは無理だ』って言われてしまい、 それでショックの余り殺人を犯す。うーん。動機としてはなくはないかも。 うん。十分あり得る」
神崎は腕組みをして一人で納得をしている。
「そんな風には受け取らないよ、たぶん」
りおは優しい口調で反論した。
「エビちゃん幸せになってくれてたらいいなぁ…」
と言った次の瞬間、りおは明らかに落ち込んだ表情を浮かべ「はぁー」と溜息を付いた。
「なんか結局、容疑者候補は上がってもその人たちを疑うって無理だよ、やっぱ…。みんな私の中で大好きな人達なんだもん」
「情を捨て、客観的に物事を見て、そして全てを疑うんです」
「うーん。でも難しいよ、やっぱ…」
弱々しい声でりおは答えた。
「りおちゃんはその犯人によって自分の人生や夢を全て断たれたんですよ。まだ実感が沸かないのかい?」
「そうなんだよね。私、もう家族にも友達にも会えないし、舞台でも、テレビや映画でも、自分を表現することが出来ないんだよね。仮に運良く犯人を見つけ出したとして、その人に呪いをかけたとしても、それでももう私たち、元の世界には絶対に戻れないんだよね?」
力のない声でりおは呟いた。神崎には何て声を掛けて良いか言葉が浮かばなかった。ただ小さな声で「そうだね」としか答えられなかった。
「―やっぱつらいわ」
りおの目には涙が浮かんでいたが、神崎に悟られないようくるりと向きを変えた。
神崎は腕時計を触りながら、再び過去を思い出した―。
※
二〇〇八年八月。快晴。
りおがパーソナリティを務めるラジオ番組の、放送百回目を記念した公開イベント。『ささりおのミッドナイトステーション 100回記念だよアミーゴ全員集合!』が野外で行われていた。会場には、パーソナリティの佐々木りおと、いつもアシスタントをしてくれている、アニーゴと呼ばれている放送作家の男がトークを繰り広げている。マネージャーの神崎は、そんなりおの姿をステージの袖口からずっと優しい目で見守っていた。
「―では、次のコーナーに行きましょう。次のコーナーは、『あなたのペンネームの由来を教えてちょうだいのコーナー!』毎週ハガキを書いてそれを送ってくれてる、貴重なアミーゴのみんな。…あ、今日ここに来てくれてる人たちには説明の必要はないと思うけど、付き添いで来てくれたお友達や恋人、お父さん、お母さんもいるかもしれないから一応説明をすると、この番組のリスナーやハガキ職人のみんなを、私は全てお友達だと思っているので、それを総称して『アミーゴ』と呼んでいます。なので、私の横にいるアシスタントのこのお兄さんは、みんなのアニキ分でもあるので、『アニーゴ』と呼んでるんですよ。あぁ長かったぁ…」
台本の中に挟んで入れたりおのアドリブの解説に、会場にいるお客さんはドッと一斉に笑い出す。アニーゴもその笑いに便乗して、会場に向かって何度も会釈を繰り返している。
「そんな私の大好きなアミーゴのみんな。なんでそのペンネームにしたのか? その他にどんな候補があったのか? 一度決めたら中々変更し辛いそのペンネーム。そんなペンネームを決めた理由を今日来てもらったアミーゴの何人かに聞いてみちゃったりしたいと思いまーす!」
りおとアニーゴの二人が煽るように拍手をすると、会場のお客さんも釣られて拍手をし始めた。
りおはアニーゴが差し出したボックスの中に右手を深く入れ、回しながら中に入ったボールを取り出した。そのボールには小さな文字が書かれていた。
「じゃあまずは、いつもハガキを送ってくれる、常連アミーゴのレンゲさんです。レンゲさーん。良かったら手を上げてもらえますかー!」
りおがそう言うと、二十歳代ぐらいの細身で長身の男性が、恥ずかしそうに手を上げた。
「はい。じゃあレンゲさんに拍手ー!」
会場のお客さんが一斉にレンゲさんに向かって拍手を送る。
「レンゲさんはじめましてー。いつもハガキを送ってくれてありがとうございます。よかったらステージに上がって来て下さーい」
スタッフの女性がレンゲさんを誘導をする。レンゲさんは緊張した面持ちでステージに上がる。客席からは何故だかレンゲコールが起こり始めた。
ステージに上がったレンゲさんにりおとアニーゴは笑顔で握手をした。
「では改めましてレンゲさん。レンゲさんはなんでレンゲさんというペンネームにしたのか良かったら教えてください?」
りおがマイクをレンゲさんの口元に近づけた。
「あ…えっと、ま…前に、ラジオでりおちゃんがラーメンのスープを掬うやつをレンゲじゃなくてスプーンって言ってたでしょ?」
りおが「うんうん」と優しく相づちを入れ、大勢のお客さんの前で緊張しているレンゲさんをさりげなくフォローした。
「み…みんなからFAXやメールで、『それはレンゲって言うんだよ』ってかなり言われてて、そ…それでレンゲにしました」
レンゲさんがそう答えると、会場から大きな笑い声が起こる。
「あーあれですね…。はいはい。よく覚えてますよー。人間恥ずかしめに合うとそういうことは絶対に忘れませんね。みんなにも言っておくけど、あれからはきちんとレンゲって覚えてますよー」
りおの答えに再び会場から大きな笑いが起こる。
「では次の質問です。レンゲさん以外に他のペンネームで何か他に候補ってありましたか?」「いえ、レンゲしかないって思ってたので、他の候補はなかったです」
三度会場からは笑いが起こる。
「今日は本当にありがとうございました。みんなもう一度レンゲさんに大きな拍手をお願いしまーす!」
会場からの拍手が落ち着いたのをみて、りおはタイミングよく次のリスナーを紹介した。
「じゃあ続いては…この人。エビさん。エビさーん、いますかー?」
りおが何度か大きな声で呼びかけても、返事は一切なかった。会場全体もザワザワとし始める。
「エビさーん。いないのかなー。もし今日遊びに来てくれてたら手を上げてもらってもいいですかー」
りおの呼びかけに、しばらくしてから一人の男性が手を上げた。
「すみませーん。ここに手を上げてる娘がいまーす」
客席にいる一人の男性がそう言うと、その隣に小学生くらいの女の子が小さく手を上げていた。
さっきと同じスタッフに誘導され、その女の子はステージに上がってきた。黒ぶちのメガネを掛け、髪は『ちびまる子ちゃん』のまるちゃんみたいなおかっぱ頭をしていた。まるで黒ぶちのメガネを掛けたまるちゃんがそのままTVの世界から飛び出したような女の子だった。
りおが握手を求めると、極度の緊張からか、その女の子はうつむいたまま、まるで小動物のように小さく震えていて、その手はとても冷たかった。
「こんな小さな女の子が勇気を出してステージに上がって来てくれましたー。みんな拍手で迎えてあげましょー」
りおがそう言うと、さっきのレンゲさん以上の拍手が会場を包んだ。
「もしよかったらだけど、年齢は今幾つなの?」
「…です」
その声がとても小さく聞き取り難かった。
「ごめん。もう一度教えてくれる?」
改めてりおが優しい口調で尋ねる。
「…十六歳です」
さっきよりも声を一段張り上げ、女の子が答えた。
「え? ごめんなさい。私てっきり小学校の高学年ぐらいかと思っちゃった」
りおの答えに。アニーゴも同調する。りおの前に現れたその女の子は、小学生と間違えられてもおかしくないほど、身長も中学生の平均身長よりずっと小柄で、体の線も華奢だった。
「じゃあ早速エビちゃんに質問するね。エビちゃんは何でそのペンネームを付けたのかなぁ。この会場にいるアミーゴのみんなに教えてあげてください」
りおはすっとエビちゃんにマイクを向けた。エビちゃんは何かを考え込むように、しばらくうつむいたままピクリとも動かなかった。会場全体が不安になるほどの時間を要した後、その子は小さな声で何かを呟いた。再びその声が聞き取れなかったりおは、会場のアミーゴに向かって人差し指を立て『静かに』というポーズをとり、改めて「もう一度答えてもらっていい?」と尋ねた。
エビちゃんは大きく深呼吸をして、改めて「エミという名前だから…」と小さく口を開いてボソボソと答えた。相変わらず聞き取り難い小さな声だったが、さっきよりも会場が静かになった分、りおは何とかその声を聞き取ることが出来た。
「じゃあエミちゃん。どうしてエミちゃんの名前からエビちゃんになったの?」
今度はりおが先に『静かに』というポーズを取ったあとで、エビちゃんに向かってマイクを差し出した。
「エミを漢字で書くと、笑美って読むから…」
再び深呼吸をした後、か細い声でそう答えた。りおはそこで気付いた。この娘は大きな声を出さないんじゃなくて出せないのだと。エビちゃんの口の中には歯列矯正の器具がはまっていた。それを見せたくなくて、気付かれたくなくて、この娘はうつむいたまま口を大きく開かないのだと。りおは、あえてそこには触れずに話しを続けた。
「え? どういう漢字を書くのかなー?」
「笑うという字に…美しいって…書きます」
「笑顔の笑に美しい…。笑美。エビ。あーそれでエビちゃんなのかぁー、なるほどー。いい名前だねー。両親に感謝しなきゃだ」
「…あと」
エビちゃんはさらに何かを言いたげだった。りおは「ん?」と優しい表情で尋ねた。
「学校であたしの顔、海老に似てるってみんなに言われるから…」
エビちゃんの発言に、りおの顔が一瞬強ばったが、すぐに笑顔に戻り、「たぶん可愛い小エビちゃんに似てるってことだよ、きっと」とすかさずフォローを入れた。
「じゃあエビちゃん。他にペンネームの候補ってあったかな?」
りおが尋ねると、今度は早い口調でエビちゃんが答えた。
「…りおです」
「え?」
今度は声は聞こえたが、その答えに耳を疑ったりおが改めて聞き返した。
「りおという名前になりたかったです」
エビちゃんがうつむいたままそう答えた。
「えー、私と同じ名前になりたかったんだー。ありがとう。でも笑美ちゃんもとっても素敵な名前だと思うよ。今日はその素敵な名前を付けてくれたお父さんお母さんと来たのかなぁ?」
りおが尋ねると、エビちゃんは弱々しい声で「一人で来ました」と答えた。
「え? エビちゃんってこの辺に住んでるんだっけ?」
「…広島です」
その答えに、会場全体が驚きの声で包まれた。
「広島から東京までって、すごいねー。私なんかよりもずっと大人だ。私都内の駅ですら迷子になるのに…」
りおがそう言うと、大きな笑いが沸き起こった。
「じゃあエビちゃんありがとうー。みんなエビちゃんにもう一度大きな拍手をしまーす」
会場は再び大きな拍手に包まれた。ここで会場の前列にいるADから『新曲紹介をお願いします』とスケッチブックで書かれたカンペがりおの目に入った。
「あ、じゃあここで一曲聞いて頂きましょう。来月九月の二十五日に発売されます、私の新曲で『誓い』です」
曲が流れている間、りおはエビちゃんをステージ袖の階段まで誘導をした。
「エビちゃん、今日は本当にありがとうね」
りおが優しい口調でそう言うと、エビちゃんは何かを言いたげな表情でモジモジと体をくねらせていた。りおが「どうしたの?」と尋ねると、「…りおちゃん…になるにはどうしたらいいですか?」と振り絞った声で尋ねた。
「え? 私みたいに。うーんそうだなぁ…いや無理だと思うよ」
りおの回答にエビちゃんは驚き、眼鏡の奥の小さな瞳が少しだけ大きくなった。
「私は私。エビちゃんはエビちゃん。この世界に私もエビちゃんもたった一人しか存在しないんだから、エビちゃんにしかない魅力を早く見つけて、そこを伸ばして頑張ればきっとやりたい夢が叶うと思うよ」
そう言い終わったタイミングで袖口から神崎が、息を切らしながら慌てた様子で現れた。
「僕がエビちゃんを客席まで連れて行くから、早く曲が終わった後の準備をして!」
「はーい。じゃあエビちゃんこの後も楽しんでね。あと気をつけて帰るんだよ」
大きく手を振り、慌ててステージに戻るりお。エビちゃんは呆然としたままだ。エビちゃんは神崎に連れられ、座っていた自分の席に戻る。りおは曲が終わろうとするギリギリでステージに戻ってきた。
「はーい、佐々木りおの新曲で『誓い』でしたー。ではでは、次の常連アミーゴさんはだれでしょう。はい、…いちごバナナさんでーす。いちごバナナさーん、いらっしゃいますかー?」
りおは右手を真っすぐにのばし、会場の中からいちごバナナさんを探した。




