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断罪者  作者: 天野悠午
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五章

 二〇〇九年十月二十六日正午過ぎ。アルファビジョンの事務所内。


 佐々木りおが遺体となって発見されてから数時間後。突然の記者会見が行われていた。


「―佐々木りおという女の子は、人気タレントの宿命と言いますか、毎日過密なスケジュールに追われていて、全くと言っていいほど女の子らしい日々を送らせてあげられなかった。本当はもっとお洒落をして街だって歩きたかっただろうし、好きな人とデートだってしたかっただろうし。そういうことを一切させてやれなかった。…今思えばそれが、我々の唯一の心残りです」


 無数のカメラのフラッシュを浴びながら、初老の男が涙を拭いながらそう答えた。アルファビジョンの社長、浦部完治だ。浦部の隣には、佐々木りおの専属マネージャーである神崎と、もう一人の男性スタッフが同席をしていた。


『犯人と思われる人物について心当たりはありますか?』


『最後にりおさんとお話しされた内容は?』


『りおさんの親御さんには何てお話しされたんですか?』


 何度も何度も質問を浴びる報道陣。浦部は一つ一つの質問を言葉を選びながらゆっくりと丁寧に対応をする。徐々に質問の手が少なくなっていき、最後の指名した一人の男性レポーターが強い口調で浦部たちに尋ねた。


『なぜ二十歳そこそこの若い女の子を真夜中の二時三時頃に一人でタクシーで帰したんですか? あなた方は舞台を終えた彼女と一緒に、その後食事をとってたんでしょう? これは完全に、あなた方の監督不行き届きじゃあないんですか!?』


 レポーターのその的を得た質問に、三人は俯いたまま何も答えることが出来なかった。



 ※



「そういえばりおちゃんって、昔一度ゴシップ記事に出たことあったよね?」


 重苦しい雰囲気をガラリと変えたかったのだろう。神崎は敢えて明るい声でりおに尋ねた。


「え…あぁ、あれね」


 しかし彼女にとっては触れられたくない過去のようで、分かりやすく眉間にシワを寄せて答えた。


「あ、その出来事については覚えてるんだね」


「うん、あれはホンッットに迷惑しました」


「ははは…まぁ芸能人の宿命だよ。これでマスコミから一流芸能人なんだと認めてもらったという証にもなるし。…で、実際その彼とはどうだったの?」


 何処まで本気なのか分からない表情で神崎は尋ねた。


「どうだったも何も…あれ? …どうだったんだろう。忘れちゃった…」


「なんか都合の良い記憶だねぇ」


 神崎は笑顔で言う。


「いや。ホントに記憶にないんですって」


 りおは慌てて首を横に振った。


「僕の記憶が確かならば、その記事が出た後、その件で社長と三人で話し合った時、君は『ただのでっち上げです』って頑に否定していたよね」


「そうでしたっけ? だったらただの噂だったんですよ。はいそうです。あれは事実無根の潔白です! はい裁判長、誓います!」


 力強くでも棒読みでりおは答えた。


「でも僕たちは死んじゃってるんだからもう時効でしょ。ホントのトコはどうだったの?」


 神崎はテーブルから身を乗り出し、まるでワイドショーのリポーターのようにマイクを持つ真似をした右手をりおの口元まで近づけた。


「だーかーらー、もう!」


 そう言いながら、差し出してきた神崎の右手をりおは両手で押し返した後、逃げるようにソファーから離れ、ベッドの辺りまで移動した。


「あ、でも、写真撮られたんでしたっけ? 私?」


 何かを思い出したようにベッドの手前で立ち止まったりおは、そう呟いた。


「うん。舞台で恋人役で共演した、久保田彰のマンション前で」


 りおはベッドに腰掛け、思い出せる限りの当時の記憶を思い出そうとした。


「確か、その日の撮影稽古で課題があって、次までにどうしてもその課題をクリアしなくちゃいけなくて、稽古後に二人で自主練をしたんです。で、その後に家が近くだったから車で送ってくれるって…」


「結構しっかり覚えてるじゃない。確かに記者会見でそんなことを言ってたよね?」


 神崎は笑顔を浮かべながら尋ねた。りおは更に話しを続ける。


「はい。で、まだ正直課題が不安だ。って私が話しをしたら、じゃあこの後、久保田さんの家でってことになって。だから別に何も疾しいことはないんです」


「いや。それ正直に話しても誰も信じないと思うんだけど…」


 目を細め神崎は答える。


「本当になにもないんですって…たぶん」


「たぶん?」


「久保田さんのマンションでなにがあったかは本当に覚えてないんです。これって、例の『記憶の欠如』ですよね。この後ひょっとしたら思い出すかもしれないけど、現時点ではそこまでしか思い出せない。でも私が記者会見でも社長にもマネージャーである神崎さんにも『何もなかった』って話しをしているんなら、私の性格からして絶対になんにもなかったんですよ。きっと…」


 こういう時のりおは絶対に相手の目を反らさない。それは、相手に信じてもらいたいからだ。そこは昔からブレていない。『私の性格からして』という自己分析も結構的を得ていることが多い。雑誌の対談で『自分のことをどう思いますか?』という質問があった時、りおは『信じて欲しいときは相手の目を見て話す』そう答えていたのを神崎は思い出した。


「りおちゃんがそう言うんなら、きっとそうだと思うよ」


 神崎は優しい口調でそう答えた。その直後、りおは何かを思い出したかのように、突然「あっ!」と声を上げた。


「何か思い出したのかい?」


 神崎が尋ねる。


「社長の泣いている顔…」


「え? あーさっき言ってたやつ」


「あれって、何かの会見で泣いてる時だ」


「…ということは、ひょっとして久保田彰との恋愛報道で社長が謝罪会見を開いた。そこでの涙の謝罪…」


 神崎は自分で言った推理に「いやいや…」と否定し、それを続けた。


「自分のとこのタレントとはいえ、恋愛報道の会見の場でいちいち泣く社長なんているわけないか…。第一その会見、僕は知らない」


 りおは目を細めじっと神崎の話しを聞いている。さらに神崎は推理は続く。


「社長が会見場で泣いている場面、それについては僕も『記憶の欠如』をしているのか全くもって思い出せない」


「ひょっとして、私が殺された時の会見ですか?」


 りおが言葉を挟む。


「だったらりおちゃんはその会見見れないでしょ」


「あぁそっか…」


「社長の会見の時の涙が事件の何かしらの鍵を握っている。そんな所だろうか。久保田彰が事件の真犯人という可能性…はないか。第一、彼は僕のことを知らない。この事件の犯人は僕とりおちゃんの両方と面識があって、且つ僕らに相当な恨みを抱いている人物のはずです」


「でも、神崎さんが私のマネージャーだということは久保田さんは知っているはずですよ。何度も稽古場にも来てくれてたし」


「―ということは、一応はその条件はクリアしてるのか…あとは殺害の動機…。あくまでりおちゃんと久保田彰との間に、恋愛関係があったということで考えれば、恋愛絡みの縺れ。例えばストーカーという可能性も出てくるのか…」


「いえ、それはないと思います」


 話しを制するようにりおが答えた。


「その部分の記憶がないって言っているのに、りおちゃんは恋愛関係が絶対になんて言いきれるの?」


「―はい」


 少し間を置いたあと、真面目な顔でりおは頷いた。


「それは何故?」


 神崎が尋ねる。


「私が彼に恋愛感情を抱いてないからです」


「現時点で好きじゃない…とかじゃなくて?」


「はい。今は好きではなくても、過去に彼と付き合っていたのなら、何かしらの情が私の中に残っているはずですよね? でもはっきり言ってそれがないんです。仮にですよ。仮に…久保田さんと一夜の関係があったとしても、その記憶が、情が少しもないなんて思えません」


「―確かに。それは一理あるかも。…ごめん。変なこと聞いちゃったね」


 りおの言葉が思ったよりも重かったのか、それとも言葉に押されたのか。神崎は素直にりおに謝罪した。


「いえ…」


 勢い余って立ち上がってしまったりおは、再びベッドにゆっくりと腰を下ろした。


「―というか、実は僕も久保田彰が犯人である可能性はないと思ってるんだ」


「え? 神崎さん何か知ってるんですか?」


 神崎は厳しく表情で頷いた後、ゆっくりと話し始めた。


「あぁ…さっきりおちゃんが死んで、その四年後に僕が殺されたって言ったよね? その間に、久保田彰は一般女性と結婚をして、実は二人の子供もいるんだ。僕が何かのキッカケで、久保田彰が犯人だと気付いてしまったのならともかく、そうではないのに僕を殺すメリットがまずないし、ましてや子供もいる父親が犯行を犯すなんて考えられない…」


「ということは…」


「―久保田彰はシロです」


「はぁ…」


 りおは力が抜けたように座っていたベッドに転がり込んだ。


「どうしたんだい?」


「犯人が久保田さんでなくて良かったー。って思う反面、じゃあ誰が一体犯人なのか、まだ手掛かり一つ見つけてないから。…なんか本当に犯人が見つかるかなって不安になってきちゃった」


「まだ時間はたっぷりあるからゆっくり探していこう。それに…」


「それに?」


「今までに話した人物の中に犯人がいないのであれば、確実にこれから話しをする人物の中に『真犯人』がいるはずです」


 りおはベッドから起き上がり、落胆した表情で神崎を見ている。


「ところで…」


 神崎が話しを切り出す。りおはそれに「ん?」と答える。


「久保田彰はさておき、りおちゃんって好きな人はいなかったの?」


 肩をすくめながら神崎は尋ねた。


「なんですか、突然!」


 恋バナを振られるのは嫌ではないようで、りおの表情はまんざらでもないようだ。


「いえ、僕らにも黙って、実は誰かと付き合ってたんじゃないかなって…」


「―正解!」


 人差し指を突き立てりおはそう答えた。神崎はその答えに目をキョトンとさせている。


「冗談ですよー。神崎さんの真似をしてみたかっただけですー」


 そう言うとりおはイタズラな笑みを浮かべた。

 自分の口癖を他の誰かが使う。なんだか小馬鹿にされているような、でも一方で、自分のことを分かってくれているような、そんな、複雑な気持ちになる。

 神崎は幾つかの過去の記憶を思い出した―。



 ※



 神崎の自宅のリビング。

 神崎直哉が兄の正哉と話しをしている。


「―正解」


 直哉がそういうと、『また出たな』と正哉が笑って答えた。


「何が?」


「お前の口癖だよ。「正解」って」


「あん? 口癖って…そんなに言ってねぇよ」


「いや、結構言ってんよ、それ」


 正哉が直哉の肩をポンポンと叩き笑いながら答える。


「そうか…?」


 自分の頭をポリポリと掻きながら直哉は呟いた。



 ※



 場所は渋谷のセンター街。神崎は一人の女性と一緒に歩いている。女性は白いニット帽にサングラスをしている。


「正解」


「はーい、またその口癖が出ましたー」


「ん?」


「私がなんか正しいことをしたら、神崎くん絶対に「正解」って言うよね」


「それ、前にウチの家族にも言われたことある…」


「じゃあ昔からなんだ。おっかしー」


 女は笑いながら、神崎の少し前を走り出す。


「おい、そんなに笑うことないだろ」


 そう言いながら神崎は女を追いかけた。



 ※



 さっきとは別の女性と、部屋のソファーで寝そべりながら話しをしている。


「―それで私がその上司に言ってやったの。あなたの言ってることは机上の空論に過ぎません。って…」


「正解」


 女の言葉に微笑みながら神崎はそう答えた。


「―ねぇ、近頃あなたよくこの言葉使うよね? 「正解」って」


 そう言いながら女は神崎のいるそばへと身を乗り出す。


「あぁ…昔からの口癖なんだ…」


 照れ隠しに目線を逸らしながら神崎はそう答えた。


「ふぅんそうなんだ。なーんか上からだね」


 女は意地悪く笑う。


「そうか? ごめん…」


「別に謝らなくてもいいわよ。あ、そうだ。そろそろお茶にしましょうか? 昨日実家からいっぱいさくらんぼが送られて来たからチェリーパイを作ったの…正解…でしょ?」


 神崎より早く女がそう答えると、二人はお互いを見合わせて笑った。


 ―正解。


 頭の中で何度も何度も、『正解』という言葉が神崎の脳裏を掠めた。


 正解。


 正解。


 正解。


 正解。


 正解…。


「やめろおおおおおー!!」


 神崎は大声で叫んだ。そこで我に返った。驚いたりおは、ずっと神崎の方を見つめている。


「ごめんなさい…」


 冗談なのに、と言いたげな表情で、りおは大きく目を見開いて答えた。


「はぁ…」


 ソファーに腰を下ろし神崎は深いため息をついた。その状態で神崎が小さな声で「ごめん…」と呟く。


「ううん。私の方こそ、ごめんなさい…」


 そんな神崎に向かい、りおは心配そうな顔で答えた。俯きながら神崎は腕時計を再び弄り始める。その様子を見ながら、りおは初めて神崎がしている腕時計の存在に気が付いた。

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