佐伯 直人②
直人視点です。
最近、美咲の様子がおかしい。
『ごめん直人、今日もマネージャーの仕事があって……』
『ちょっと体調悪いから、今日のデートはまた今度で……』
ここ数週間でそんな連絡が何度も届くようになった。
美咲は昔からサッカー部のマネージャーとして真面目に仕事をこなす人だった。
だから、忙しいのはきっと本当なんだと思う。
でも――。
「フフ……蓮君ったら冗談ばっかり……」
学校でも、美咲を見かける機会がめっきり減っていた。
廊下で見かけたと思えば、いつも蓮や部員達に囲まれて笑っている。
僕に向けていたはずのあの笑顔が……今は違う人達に向けられている。
それに僕は言いようのない寂しさを感じていた。
美咲に何度かそう言ってみたが……。
『マネージャーだから、蓮君達のケアもしないといけないの。ごめんね』
そのたびに、テンプレのようにこの言葉を返された。
そう言われれば、僕は納得するしかない。
マネージャーという仕事の性質上、部員全員をサポートするのは当然のことだ。
頭では分かっている……分かっているけど、胸の奥がずっとざわめく。
――美咲の心は今、どこにいるんだ?
僕自身も、部活に顔を出す回数が減っていた。
行っても、蓮達からの視線が冷たくて、居心地の悪さを感じてしまうからだ。
美咲と話せるかもしれないという期待だけを支えに練習に向かっても、彼女はいつも蓮達の輪の中にいて、僕とはほとんど話さなくなっていた。
なんだか美咲がどんどん僕から離れていく……そんな不安が胸を締め続けた。
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そしてある日の放課後、僕は蓮に部室に呼び出された。
部室に入ると、そこには蓮だけでなく、他の部員達も集まっていた。
全員が、冷たい目で僕を見ていた。
もうこの時点で嫌な予感はしていた。
「無能でブサイクなお前がいるせいで……俺達はどれだけ完璧な試合をしても世間の笑いものだ」
静寂を破った蓮の声には、これまでにない棘があった。
「これ以上、チームの名に泥を塗るな!身の程を知れよ、カス!」
周りにいた部員達も、次々に僕を罵り始めた。
「そうだよ、お前がいると士気が下がる」
「さっさと辞めろよ、迷惑なんだよ!」
罵声の嵐の中、僕はただ立ち尽くすことしかできなかった。
反論する言葉すら、喉の奥で凍りついたように出てこない。
「なぁ、美咲。お前もそう思うよなぁ?」
蓮が視線を向けた先には美咲がいた。
美咲が息をひそめていたのか……僕自身に余裕がないからか……。
僕はそこで初めて、美咲がこの場にいることに気付いた。
心臓が跳ねる。
美咲なら、きっと僕を庇ってくれる――。
それが僕に残された最後の希望だった。
たとえ本当にサッカー部を追い出されたとしても……彼女は僕についてきてくれる。
そう信じていた。
だけど……。
「うん……」
美咲は申し訳なさそうな顔で小さく頷いた。
「直人……聞いて。才能のない直人がどれだけ努力しても、意味ないよ。お願いだから……これ以上、蓮君達に迷惑を掛けないでよ」
「み、美咲?何を言ってるんだよ?」
理解が追いつかなかった……僕の聞き違いだと必死に思い込もうとした。
そんな僕に見せつけるように、蓮はいやらしい笑みを浮かべながら馴れ馴れしく美咲の肩に腕を回した。
美咲は嫌がる様子も見せず、それどころか女の顔になって蓮に体を寄せた。
「美咲はもう俺達のものなんだよ。まあ当然だよなぁ?お前みたいなブサイクな無能を好きになる女なんて存在する訳ねぇんだから」
「み、美咲……嘘だろ?」
僕の問いかけに、美咲は蓮に体を寄せたまま……申し訳なさそうな顔で答えた。
「私……やっとわかったの。やっぱり付き合うなら、顔も才能もある人の方がいいんだって。直人みたいなぶ……ブサイクと私じゃ釣り合わないって……。蓮君達は私のことを心から愛してくれる。私の体も心も、蓮君達のものなの。蓮君の言う通り、身の程をわきまえた方が良いよ」
「美咲……何を言ってるんだ? 僕達ずっと仲良くやってきたじゃないか!」
僕の声は、自分でも情けないくらい震えていた。
今まで信じてきたものが、目の前で音を立てて崩れていくのが分かる。
呼吸が早く……浅くなっていく……。
美咲が僕をブサイク呼ばわりするなんて……蓮達と愛し合っているなんて……何がどうなったらこうなるんだ?
「ごめん……私に非があることは理解してるつもり。だけどね?女が優秀な男を求めるのは、自然なことだと思わない?」
「……は?」
「そういう意味では、直人にも悪い所はあると思うんだ」
僕には美咲が何を言っているのか、全く理解できなかった。
頭が真っ白になって……何も考えられない。
「直人が蓮君達のように顔も良くて才能もあったら……こんなことにはならなかった。そこはどうか、反省してほしい」
「美咲……」
「別れましょう……直人。そして大人しくこの部室から出て行って?あなたが今できることはそれだけだよ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は膝から崩れ落ちた。立っていることすらできなかった。
「そういうことだ。さっさと消えろ、ブサイク!」
蓮の声が、部室に響く。
周りの部員達も、僕を見下すような目で笑っていた。
「さよなら……"佐伯君"。今までありがとう」
美咲の最後の一言が、深く胸に突き刺さった。
かつて「直人」と呼んでくれたその口から出た他人行儀な呼び方……。
それが何よりも僕達の終わりを物語っていた。
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その日のうちに、僕はサッカー部を退部した。
監督には「自主的に辞めたい」とだけ伝えた。
「そ、そうか……」
監督は少し驚いた様子だったけれど、それ以上は詮索せず、静かに退部届を受け取ってくれた。
僕のような無能が1人いなくなることなんて……どうでもいいんだろう。
監督は何も知らないようだが、蓮達のことを心底信用している監督には何を話しても意味はないだろう。
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その帰り道……もう歩く気力すらない僕は途中にある公園のベンチに腰を下ろした。
それと同時に、頬を涙が伝って地面に落ちていった。
――どうしてこうなったんだろう?
――これから、どうしたらいいんだろう?
何度考えても、答えは出てこなかった。
夜になっても僕はベンチから動けず、ただ泣くことしかできなかった。
そんな自分がひどく惨めで情けなかった。
――こんなんだから……美咲にまで見捨てられたのかな?
僕の心が冷たい何かに包まれようとしていた。
その時――。
「こんなところで一人で泣いて……どうかしたのか?」
不意にかけられた声に顔を上げると、隣に一人の女性が腰を下ろしていた。
「先輩……」
「家に帰る途中でベンチに座る佐伯君が見えたから、気になってな」
それは同じ学校の先輩――女子サッカー部のキャプテンを務める、高瀬凛先輩だった。
普段は物静かでクールな印象の彼女の顔が、今は柔らかく朗らかに見えた。
「私で良ければ話を聞くぞ?」
優しい言葉を掛けられ……最初は戸惑って、うまく言葉が出てこなかった。
でも凛先輩の穏やかな眼差しに、少しずつ心の中のものが漏れ出していった。
蓮達に罵られたこと、退部を強要されたこと、
そして美咲に裏切られたこと――何もかも吐き出したいという僕の弱い心に抗えず、胸の内を全てさらけ出してしまった。
「そうか……」
全てを聞き終えた凛先輩は、静かに口を開いた。
「おかしな連中だな。君の顔の何が悪いのか、私には理解できない」
そう言って、蓮達のことを小さく笑い飛ばした後……僕に優しい眼差しを向ける。
「それに、君には素晴らしい才能があるじゃないか」
「同情はやめてください」
僕はつい、そう返してしまった。
今の僕には、そんな言葉すら素直に受け取れなかった。
「同情じゃない。君は知らないだろうが、私は君の練習や試合をよく見ていた」
「僕を?」
「家も近所だし、同じ学校のサッカー部同士だからな。男子の練習や試合を見る機会もそれなりにあったんだ。
君も元彼女も気付いていなかったみたいだが……君には、試合の状況や選手の能力を分析する力がある」
「分析?」
僕は思わず聞き返した。
「前の練習試合でも失敗こそしたが、君が神谷君にパスしようとしたのは正しかった。だがあの状況でそれに気付ける人間はそういない」
「そんなこと……」
「それだけじゃない。君は自分だけじゃなく、他の選手の長所や短所もよく見ている。
以前だって、神谷君に練習方法を提案していただろう?
たまたま近くを通った時に聞こえたんだ」
「えぇまあ……結局、採用されませんでしたけど」
「それは彼らが君の才能を理解していないからだ。
元彼女も、君の良さをちゃんと分かっている人だと思っていたんだが……こんなことになってしまって非常に残念だ」
凛先輩の言葉は静かに……でも確かに僕の中に染み込んでいった。
それでも自分に才能があるなんて……信じることができなかった。
俯いたままの僕に、凛先輩が問いかけてくる。
「佐伯君はこれからどうするんだ?」
「わかりません……もう何もわからない……」
正直な気持ちだった。
何もかもが離れていってしまった今の僕に……この先何が待っているのか、イメージすら湧いてこない。
それがたまらなく恐ろしくて、僕の足をすくませていた。
「そうか……だったら、女子サッカー部のマネージャーをしてみないか?」
「マネー……ジャー?」
思いがけない提案に、僕は少しだけ顔を上げた。
「そうだ……。知っていると思うが、私達女子サッカー部は、正直言って結果を残せていない。毎日努力を積み重ねているが……それぞれの個性を伸ばすことができていないんだ」
凛先輩は立ち上がると、僕に手を差し伸べた。
「だから佐伯君……君の力を貸してほしい。マネージャーとして、私達を支えてくれないか?」
絶望のどん底に沈んでいた僕は、少しの間考え込んだ。
自分に本当に才能があるなんて、まだ信じられない。
マネージャーになったとしても、凛先輩や女子サッカー部に迷惑を掛けるだけかもしれない。
そんな思いから一瞬、凛先輩から目をそらそうとしてしまったが……。
「どうかな?」
――真っすぐに僕のことを見てくれる凛先輩の期待に応えたい。
どん底に沈んでいた僕の心に、小さな希望が灯った。
『身の程をわきまえろ』
美咲や蓮の冷たい言葉に押しつぶされていた僕は……。
『私達を支えてくれないか?』
凛先輩からもらった小さな勇気に背中を押され、僕は差し伸べられた彼女の手をそっと取った。
次話も直人視点です。
ようやく半分終わりました。




