佐伯 直人③
直人視点です。
女子サッカー部のマネージャーになった翌日……。
「では行くか!」
授業を終えた僕は教室から出ると……高瀬先輩に突然手を掴まれ、やや強引に女子サッカー部の部室に連れて来られた。
同意したこととはいえ、いきなりのことで僕の頭はパニックだった。
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「みんな、新しいマネージャーの佐伯君だ。よろしく頼む!」
「あ、えっと……佐伯直人です。 よろしく……」
高瀬先輩がそう紹介してくれると、部員達は興味津々といった様子で僕を見つめた。
「佐伯君? 男子サッカー部にいたんですよね?」
「なんか色々あったって噂で聞きましたけど……」
部員達からの好奇の目に、僕は思わず縮こまってしまう。
「過去の詮索はするな。 今は今度の練習試合のことを考えろ!」
高瀬先輩からの鶴の一声で、部員達はそれ以上何も言わなくなった。
「よし、じゃあ早速練習を始めるぞ!」
高瀬先輩の号令で、部員たちはすぐに動き始めた。
僕はマネージャーとしてボールの準備や給水の手配――いろんな雑務をこなしながら、高瀬先輩に頼まれた通り、部員1人1人の動きを注意深く観察することにした。
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選手としての高瀬先輩を含めた部員達の動きは、はっきり言うとかなり悪い。
トラップは大きくばらつき、パスの精度も安定していない。
連携プレーもおざなりで、お世辞にも上手いとは言えなかった。
だからと言って、無能という訳じゃない。
それぞれの選手の得意なプレーと練習メニューが噛み合っていないだけだと僕は思った。
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練習が終わった後、僕は自分の感じたチームの良い点や改善点をまとめたメモを高瀬先輩に見せた。
「高瀬先輩。 これ、僕なりに気づいたことをまとめてみたんですけど」
僕のメモにじっくりと目を通すと……高瀬先輩は一瞬目を丸くした後、ゆっくりと頷いた。
「これは……素晴らしいな。よく見ている。私が気づいていなかった点まで指摘されている。
この分析をもとにして、私達に合わせた練習メニューを組んでくれないか?」
「はっはい!」
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僕は高瀬先輩の期待に応えようと……数日かけて、チーム全員の特徴を踏まえた練習メニューを組み立てた。
トラップが苦手でも足の速い選手にはスペースへ走り込む練習を増やし、そのスピードを生かせるようにする。
パス精度の高い選手には、周囲を見る癖をつけて攻撃の起点になってもらう。
そして高瀬先輩には得点力を生かせるよう、ゴール前での動きを重点的に練習してもらう。
1人1人違うので全員分作るのはすごく大変だったけど、不思議な充実感が僕に疲労を感じさせなかった。
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「みんな、佐伯君が練習メニューを組んでくれた。 今後はこれに従って練習を行う!」
僕の配った練習メニューを部員みんなは半信半疑な感じで見ていた。
はっきり言って、僕も自信がある訳じゃない。
「皆さん、頑張ってください」
平静を装っていたけど、不安で胸が押しつぶされそうだった。
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僕が組んだメニューで練習を始めた初日は、目に見えるような変化はなかった。それでも部員たちは文句1つ言わず、真剣に取り組んでくれた。
そして日を追うごとに少しずつ、確かな変化が現れ始めた。
トラップのミスが減り、パスの精度も上がり、連携も少しずつ噛み合うようになってきた。
「佐伯君のメニュー、なんか調子いい気がするね?」
「トラップが安定してきたの、自分でも分かる!」
みんなからそんな声を聞くたびに、僕の胸は温かくなった。
誰かの役に立てているという実感が、こんなにも心を満たしてくれるなんて知らなかったな。
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マネージャーになってから1か月ほど過ぎた頃、高瀬先輩達は最近力をつけてきたと評判のチームと練習試合を行った。
これまで何度対戦しても、1点も取れずに負け続けていた相手だ。
はっきり言って、周囲からは試合としてではなく……見世物程度にしか思われていなかった。
「やった……決まった!」
試合終了目前、高瀬先輩がゴールを決めた。
その瞬間、部員達は歓喜の声を上げた。
僕も嬉しくてつい、子供のようにはしゃいでしまった。
結果だけ見れば負けだけど……その1点には、高瀬先輩達が積み重ねてきた練習の成果が確かに宿っていた。
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それからさらに1か月後……また高瀬先輩達は練習試合に臨んだ。
次の相手は蓮達ほどではないけど、強豪と呼ばれる女子サッカーチームだ。
前回の試合以上に、高瀬先輩達への期待の目は周囲から向けられていなかった。
そして試合結果は3対2、またしても高瀬先輩達の敗北だった。
だけど勝敗以上に、これまで弱小チームと揶揄されてきた高瀬先輩達が、強豪チーム相手に2点も奪ったという事実が周囲に確かな成長を感じさせていた。
「あのチーム、あんなに強かった?」
「すごく良い試合だったわ……思わず見惚れちゃった」
「一瞬、ウチらが負けるかと思った……」
高瀬先輩達を見下していた観客達や相手チームから驚きの声が上がり、サッカー関連のSNSにも高瀬先輩達の話題が広まり始めていた。
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さらにその1ヶ月後、強豪と名高い蓮達の男子サッカー部と女子サッカー部の練習試合が開催されることになった。
男女の垣根を越えてサッカーを楽しもう――そんな趣旨で企画された、学校と地域のサッカー協会による交流イベントだ。
対戦カードを決めるSNS投票で選ばれたのは、強豪として知られる男子サッカー部と、最近力をつけていると話題になっていた女子サッカー部。
つまり――蓮達と、高瀬先輩達だ。
「えぇ!!」
これを部室で初めて聞いた僕は驚きのあまり転びそうになった。
「なんで佐伯君が1番驚いてるの?」
なんて部員の子からツッコまれて、なんか恥ずかしくなった。
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『さすがに蓮達には勝てないだろう?』
『最近、調子良いみたいだけどさぁ……無理じゃね?』
『言っちゃなんだけど……やっぱり女の子がスポーツで男に勝てる訳ないよ』
成長自体は認められつつあったものの、みんな蓮達の勝利を疑っていなかった。
僕だけは違うと言いたいけど、否定しきれないのが本音だ。
だけどそれ以上に、高瀬先輩達なら何かすごい奇跡を起こしそうだと言う期待の方が強かった。
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試合当日……。
グラウンドへ向かって歩いていた僕の前に、蓮が立ちはだかった。
「よう、ブサイク。俺のチームから追い出された負け犬が今度はザコ女共のペットか? 随分出世したなぁ」
蓮の口元には、いつもの見下したような笑みが浮かんでいた。
あの日の部室で受けた罵声が一瞬フラッシュバックする。
膝が震えそうだけど、僕は必死に堪えた。
「ぼっ僕のことはどう思ってもいい。だけど、高瀬先輩達をバカにするのはやめてくれ」
自分でも驚くくらい、はっきりとした声が出た。
蓮達の元にいた頃の僕なら、ただ俯いて醜態をさらすだけだった。
でも高瀬先輩たちが積み重ねてきた努力を……何も知らない蓮に踏みにじられたくなかった。
その気持ちが言葉となって、口から出てきた……そんな感じだった。
「なんだその口の利き方は……ブサイクの分際で」
苛立った蓮が僕に掴みかかろうとした時、高瀬先輩が駆けつけてきた。
「そこで何をしている?」
高瀬先輩の姿を見た瞬間、蓮は僕から視線を外し、今度は彼女に向かって見下すような笑みを浮かべた。
「これはこれは、高瀬先輩じゃないですか。ブサイクの躾くらいちゃんとしといてくださいよ」
「……」
高瀬先輩は蓮の挑発に一切乗ることなく、僕の手をぐいと掴んだ。
「もうすぐ試合だ。早く行くぞ」
そのまま蓮に背を向け、高瀬先輩は僕を連れてグラウンドに向かおうとする。
だが蓮はいやらしい目つきで、高瀬先輩の体を舐め回すように見つめていた。
「良い尻してますねぇ、先輩。その尻を俺に差し出してくれるなら、今回の試合は手加減してやっても良いですよ?」
あまりの下劣な物言いに、僕は反射的に声を上げようとしたけれど、それより早く、高瀬先輩が振り返らないまま冷ややかに言い返した。
「そうか。 なら、そちらが観客達にその汚い尻を晒すと言うのなら、手加減してやっても良いぞ?」
「あぁ!? 調子に乗ってんじゃねぇぞ、ザコ女!」
怒りをあらわにする蓮を完全に無視して、高瀬先輩は僕を連れてグラウンドへと歩き続ける。
その背中は、微塵も揺らいでいなかった。
「高瀬先輩……」
僕が思わず声をかけると、高瀬先輩は前を向いたまま静かに言った。
「佐伯君、君の役目は私達を支えることだ。それだけは忘れないでくれ」
その一言で僕の胸の中でぐらついていたものが、すっと定まっていくのを感じた。
「はっはい!」
そうだ……今の僕は高瀬先輩達を支えるマネージャー。
今は自分の役目を果たすことだけを考えなくちゃ。
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試合開始5分前……グラウンドには、多くの観客が詰めかけていた。
ユニフォームに着替えた蓮達と高瀬先輩達が、それぞれのベンチ側に整列する。
「蓮くーん! 頑張れー!」
「みんなカッコいい!!」
観客席から飛び交う声援は、そのほとんどが蓮達に向けられたものだった。
当然と言えば……当然かもしれない。
「女の子なんだから、手加減してやれよー」
「あんまりジロジロ見るなよ~。 セクハラでレッドカード出されるぞ~」
蓮達への声援に混じって高瀬先輩達を嘲笑う声も上がっていた。
そんな心無い声が耳に届いても、高瀬先輩たちは表情一つ変えなかった。
感情を乱すことなく……ただ静かに、試合への集中を高めていく。
――全ては試合で見せる。
口を開かなくてもみんなの強い気持ちが伝わってくる。
「……」
対して蓮達は相変わらず余裕の笑みを浮かべて高瀬先輩達に視線を向ける。
――勝敗なんて決まっている
高瀬先輩達を見下す声が、僕の耳元で囁かれているみたいで気分が悪かった。
けれど、あいつらは知らない。
これまで高瀬先輩達がどれだけ頑張ってきたか……。
弱小チームと周囲から見下されても、ひたむきに汗を流し続けてきた。
何度失敗しても……何度負けても……誰1人諦めずにボールを追いかけ続けてきた。
そんな高瀬先輩達の努力を知っているからこそ、はっきりと言える。
――高瀬先輩達は、絶対に弱くない。
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審判が両チームの選手を集め、試合前の最終確認を行う。
高瀬先輩は静かにピッチの中央に立ち、まっすぐ前を見据えていた。
「それでは試合……開始!!」
ピィィィ!!
試合開始のホイッスルが、グラウンドに鋭く鳴り響いた。
次話は美咲視点です。 それと元々6話構成の予定だったのですが、物語の流れを考えて7話構成にします。




