小川 美咲①
美咲視点です。
私の名前は小川美咲。
サッカー部のマネージャーで、同級生の直人とお付き合いしている。
お互いにサッカー好きという共通点から、直人とは相思相愛の関係だ。
直人はサッカーが上手いとは言えず、顔が整っている訳でもない。
だけど努力家で、とっても優しい。
だから私は……直人が好き。
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強豪校との練習試合から数日後……。
直人は相変わらず落ち込んだ様子を見せていたけれど、朝練はしっかり頑張っているし、少しずつだけどトラップの精度が上がってきていると思う。
私はそれが嬉しくて、今日も部活が終わったら褒めてあげようと思っていた。
「えっと、ここはOK……」
そして放課後……私は、いつものように部室の隅で、部員たちのユニフォームの洗濯リストをチェックしながら、次の練習試合の給水ボトルを準備していた。
放課後の部室には、油と汗の混じったような、サッカー部特有の匂いが染み付いている。
マネージャーになって1年経ったけど、未だにこの匂いには慣れない。
「よう、小川。 今も真面目にやってるな」
不意に声をかけられて振り返ると、そこにはキャプテンの神谷蓮君が立っていた。
練習を終えたばかりなのか、まだ少し息が上がっている。
「あ、お疲れ様です」
私は特に気にも留めず、いつも通りの丁寧な口調で会釈をした。
神谷君はキャプテンだし、部員全員に気さくに声をかける性格だということは知っている。
「小川ってさ、いつもこうやって黙々と仕事してるよな。俺、実はそういうところ、結構いいなって思ってるんだ」
「そう……ですか? マネージャーとして当然のことをしているだけです」
「いや、当然のことをちゃんとやり続けられるのって、マジですごいことだと思うぜ。それに――」
神谷君は少し距離を詰めて、私の顔を覗き込むように言った。
「小川ってさ……よく見ると可愛いよな。 俺、前から気になってたんだ。 俺の物になれよ」
「えっ!? な、何言ってるんですか!?」」
その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
頭の中で何度も神谷君の言葉が繰り返し響き、じわじわと顔が熱くなっていく。
でも――
「す、すみません。私、直人と付き合っているので……」
私はできるだけ丁寧に、でもはっきりと断った。
神谷君は一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐに笑って両手を上げた。
「あー、そうだったな。悪い悪い、変なこと言って」
神谷君はそう言うと、そのまま何事もなかったかのように部室を出て行った。
「なっなんだったの?今の……」
1人残された部室で、私はしばらく呆然としていた。
心臓がまだ、どくどくと音を立てている。
「なっ何、ドキドキしてるのよ……」
直人以外の男の子なんて知らない私にとって、あのまっすぐ言葉はある意味毒だった。
告白なんて直人にしかされたことないし、男の子に免疫なんて全然ない。
だから胸が高鳴るのはそのせいだと頭ではわかっているのに、なぜか頬の熱は引かなかった。
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それからも神谷君は私に言い寄るようになった。
『今日も可愛いな、小川』
『小川のことばかり考えて、なかなか練習に身が入らないんだ』
もちろん私は軽く流していた。
すると今度は、神谷君以外の部員達からも親しげな声を掛けられるようになった。
『小川さん、一緒にお昼食べませんか?』
『今日、放課後時間ある? ちょっと2人きりで相談したいことがあって』
最初のうちは、そのたびに丁重にお断りしていた。
私には直人がいる……それは揺るがない事実だったから。
でも、彼らは強引に迫ってくるわけじゃない。
若干親しげだけど、みんな普通に接してくるだけ。
だから私も、あまり強く拒絶することはできず……。
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『小川ってあんまり話さないイメージだったけど、話すと結構面白いな』
『そ、そうですか? 神谷君こそ、遊んでいるイメージだったのに……サッカーの話をすごく真面目に話してくれるから驚きました』
『ひでぇ……』
『フフ……ごめんなさい』
気づけば私は、神谷君と笑い合う時間が増え……他の部員達との談笑も心から楽しむことができるようになっていった。
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神谷君達は、直人とは何もかもが違った。
整った顔立ち……鍛え上げられた体……自信に満ち溢れた雰囲気。
それでいて1人1人、タイプの違うイケメン達。
やったことはないけど、まるで乙女ゲーの主人公になった気分だ。
神谷君達の何もかもが私の中の小さな警戒心を緩ませていき、心の中で眠っていた私の”女”の部分を刺激していく……。
――いけない。私には直人がいるじゃない!
心がグラつくたびに私はそう自分に言い聞かせた。
直人を想う気持ちは確かにこの胸にある……でも神谷君達からの好意を心地よく感じている自分もいた。
「私……一体どうしちゃったの?」
私は私のことがわからなくなった。
いや……そうじゃない。
わかっていたけど、わかったらダメだと自分の心を抑えていたんだ。
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だけどある日の放課後……私の心が大きく変わる出来事が起きた。
部活が終わって部員たちが帰った後の部室に、私は1人で片付けをしていた。
「美咲、まだ残ってたのか」
そこへ帰ったと思っていた神谷君が戻って来た。
「あ、はい。ちょっと片付けが……」
神谷君は部室の椅子に腰を下ろすと、いつもよりも真剣な声色で言った。
「美咲……」
「えっ?」
唐突に下の名前を呼ばれた私は思わず仕事の手を止めて、神谷君の目を見た。
「俺さ、美咲のことがマジで好きなんだ。 ブサイクと付き合っているのはわかってるけど……俺、諦めきれないんだ」
その声には、これまでのような軽さはなかった。
まっすぐに私を見つめる瞳に、私は息を呑んだ。
告白なんて……直人にしかされたことなかったけど……直人とは違う嬉しさが私の心をくすぐる。
直人のことをブサイクと呼ばれたのに……不思議と怒りは湧かなかった。
「神谷君……」
「そんな他人行儀な呼び方するな。 蓮って呼んでくれよ」
いつも上から目線な神谷君から出た小動物のように弱々しい声……。
そのギャップに胸が締め付けられる。
「蓮……君……」
「美咲……そういう優しい所も、好きだぜ?」
「……」
不意に立ち上がった蓮君に手を握られた。
その瞬間、積み重なっていった感情が私の中の最後の理性を崩壊させた。
チュッ!
ふと気が付くと……私は自分から、蓮君と唇を重ねていた。
直人とは違うもっと温かい何かが体の中に流れて来る。
驚いたのは最初だけで……すぐに蓮君に身を委ねた。
「やっぱりな。蓮、先に動いたか」
その直後、部室の扉が開いて、他のチームメイト達が入って来た。
「美咲さん、俺たちも同じ気持ちですよ。ずっと美咲さんのこと見てました」
「蓮のついででもいいからさ。 俺達とも仲良くしてくれよ」
イケメン部員達に囲まれて、私は頭がくらくらするような感覚に陥った。
私だけに向けられる特別な視線……そこには純粋な私への想いを感じられた。
蓮君達は私のことが好き――
ずっと理解していた事実を、私の心がとうとう認めてしまった。
しかも蓮君達は……平等に接してほしいと懇願してくる。
あまりに非現実的な状況に、一瞬夢だと思ってしまうが……蓮君に握られた手から伝わる温もりが、現実だと証明してくれる。
「私……私は……」
全ての理性が押し流された私には……彼らの想いを拒絶することはできなかった。
いや……拒絶したくない!
「蓮君……みんな……こんな私でよければ……」
私は蓮君達の想いを受け取り、止まらない感情のままに……私は罪悪感はあったものの……蓮君以外の部員とも唇を重ねてしまった。
今まで味わったことのない高揚感に、頭の中が真っ白になっていく。
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蓮君達に愛されながら私は思った。
――こんなに素敵な人たちに愛されている私は、価値のある女の子なんだ。
そんな自分の変化に、罪悪感がないわけじゃなかった。
でも蓮君達からの愛情に浸っているうちに……その罪悪感さえも、薄れていってしまった。
――直人……ごめんなさい。 私、直人の所に戻れないかもしれない。
次話は直人視点です。




