佐伯 直人①
主人公の直人視点です。
ピッ!
グラウンドに響くホイッスルの音が、やけに遠くに聞こえた。
「直人、行けるか!?」
ベンチから声をかけてくれたのは監督だった。
僕は、慌ててユニフォームの裾を整える。
僕の名前は佐伯直人。
県内でも強豪として知られる高校のサッカー部に所属している、高校二年生だ。
今は同じく県内屈指の強豪校との練習試合に臨んでいる。
「はっはい!!」
緊張でつい声は裏返ってしまうも、気合は入っていた。
うちのチームは前半、キャプテンの神谷蓮たちの活躍で何とか同点に持ち込んでいた。
そして後半、僕は途中出場としてピッチに立つことになった。
蓮は僕たちのチームのエースであり、キャプテンでもある。
長身で整った顔立ち、女子からの人気も高く、サッカーの実力も僕とは比べ物にならない。
攻撃も守備も完璧で、みんなが頼りにしている。
「チッ!」
僕がグラウンドに入った瞬間、蓮は舌打ちし……他のチームメイト達も露骨に嫌な顔をする。
応援席ですら、僕に目も向けない。
誰も僕に期待していないんだ。
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ピッチに立った瞬間、景色が変わる。相手選手のスピードは想像以上だった。
「テツ! こっちだ!」
「蓮、パス!」
蓮達はまるで僕が存在していないかのように、試合中はずっと無視を続けている。
パスもなければ声すらもかけられない。
僕は完全に戦力外としてしか見られていなかった。
だからと言って、僕は何もしないわけにはいかない。
とにかく必死にボールを追いかけた。
すると、運良く僕の足元にボールが転がって来た。
だけど僕の実力では攻めることはできない。
僕は周囲を一瞬見渡した。
「……!」
右側にいる蓮。その周囲を固める相手選手たちの間に、ほんのわずかな隙ができている。
今なら、あそこを通せる。
蓮の足元にパスさえ届けば、そのまま一気にゴール前まで運べるはずだ。
「――っ!」
だけど、見えていることと実際にできることは違った。
パスを出そうとした足がもつれ、ボールは無情にも相手選手の足元へ転がっていく。
そのままカウンターを許してしまった。
失点にこそならなかったものの、チーム全体の流れを大きく乱してしまった。
「役に立たないブサイクだ……」
僕を罵る声が聞こえた気がした。
気のせいだと思いたかったけど、たぶん気のせいじゃない。
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結局、僕は何もできないまま試合は蓮のスーパーゴールと、他のチームメイトの連携プレーによって、2対1という勝利を収めた。
ピー!!
試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、味方も相手も、みんなが蓮たちの元に駆け寄っていく。
「すげぇよ蓮!! さすがだな!」
「副キャプテンのあのスルーパスやばかったよ!」
歓声の中心には、いつも蓮たちがいる。
そして、その周りには黄色い声援を送る女子マネージャーやサッカー部を応援に来た女子生徒たちの姿もあった。
「蓮くん、かっこよかったです!」
「今日もナイスゴールでしたね!」
僕はその輪から少し離れた場所で、一人、荒い息を整えていた。
誰も僕のところには来ない。それどころか――
「おいブサイク! 呑気に休んでないで、これ捨ててこい!!」
蓮はそう言って、僕に空のペットボトルを投げつけてきた。
その様子を、周りはクスクスと見て笑っている。
監督が試合を見に来ていた校長を話をしていて不在なのをいいことに……。
「わかった……」
チームに貢献できていない僕は黙って従うしかなかった。
無能な僕にできることなんてゴミを捨てるくらいだから。
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ペットボトルをゴミ箱に捨てた後、僕はベンチに座り込んで俯く。
体中から流れる汗が地面にぽたぽたと落ちていく……。
情けなさで、顔を上げることすらできない。
「直人、お疲れさま」
その時、聞き慣れた優しい声が耳に届いた。
「美咲……」
「来るの遅れてごめんね? 仕事がなかなか終わらなくて……」
顔を上げると、そこにいたのはタオルと飲み物を持った小川美咲だった。
彼女は僕の恋人であり、サッカー部のマネージャーでもある。
誰にも期待されず、罵られるだけの僕にとっては誰よりも近くで、僕のことを見てくれているたった1人の味方だ。
「ほら、汗すごいよ。拭いて」
美咲はそう言って、タオルを僕の首にかけ、スポーツドリンクのボトルを差し出してくれた。
「あ、ありがとう……」
我ながら情けない声でお礼を言いながら、僕はボトルを受け取った。
喉はカラカラだったはずなのに……飲み物よりも先に、涙腺のほうが緩みそうになる。
「僕……今日も、全然ダメだった。何度もミスもしたし、全然追いつけなかったし……足、引っ張っただけだった」
自分を責める言葉が、次から次へと口からこぼれ落ちる。
美咲はそんな僕の隣にそっと腰を下ろすと、静かに首を横に振った。
「そんなことないよ」
「でも……」
「後半のあのパス、覚えてる? 相手のディフェンス二人引きつけてから出したやつ。あれ、直接シュートにはつながらなかったけど、ちゃんとチャンス作ってたよ。副キャプテンが決めたゴールの前のプレーだって、あそこで直人が相手を引きつけてなかったら、あんなにスペース空かなかったと思う」
「美咲……」
美咲の言葉に、僕は思わず顔を上げた。
「私、ずっと見てるから分かるよ? 直人の良いところも、直さなきゃいけないところも全部。だからさ、周りの言うことなんて気にしないで! たくさん練習して、いつかみんなを見返してやろうよ!」
美咲はそう言って、ふわりと微笑んだ。
それは傷ついた僕の心を何よりも温かく包み込んでくれた。
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そしてサッカー部の反省会を終えた僕と美咲は2人並んで帰路についた。
夕暮れの空はオレンジ色に染まっていて、2人分の影が長く伸びている。
「直人のトラップ、ちょっと足元から離れすぎてたよね。
相手のプレスが速いときは、もっとコンパクトに止めた方がいいと思う」
「え、そんなとこまで見てたの?」
「当たり前じゃん! 私、直人専属マネージャーだよ?」
美咲は得意げに胸を張ってそう言った。
僕のプレーの良いところも、改善すべきところも、誰よりも正確に把握している。
それがたまらなく嬉しくて、同時にちょっとだけ照れくさかった。
「あのさ、美咲。明日休みだけど、時間あったら……朝、一緒に練習付き合ってくれないかな? 今日の改善点を見直しつつ、もっと練習したくて」
「もちろん!」
美咲は即答してくれた。
休みの日まで僕のために時間を使ってくれる。
それはとてもありがたかったけど、どこか申し訳ない気持ちもあった。
「……なあ、美咲」
「なに?」
「美咲はさ、本当に僕と付き合ってていいの?」
「えっ?」
「僕は顔も別に良くないし、サッカーだって全然上手くならない。今日の試合だってあんな様だったでしょ?
美咲はさ……本当は蓮みたいな、才能もあって顔も良い男の方が良いんじゃないのか?」
僕はふと、胸の奥に押し込んでいた小さな不安を口にしてしまった。
僕は幼い頃から顔がブサイクなことがコンプレックスで、よく顔のことを周りから言われていた。
今だって、蓮やチームメイトからは『ブサイク』と影で呼ばれている。
なんか自分で言っていて、情けなくなってきた。
「なにそれ……」
美咲はそれを聞くと、一瞬目を丸くして、それからきゅっと眉を寄せた。怒っている顔だった。
「え……」
「私は直人が好きだから付き合ってるの。顔とか才能とか、そんなの関係ない!」
美咲の声は、いつもより少し大きかった。でも、その声には確かな真剣さがこもっていた。
「私はね、努力している直人が好きなの。今日だって、あんなに強い相手に必死に食らいついてたじゃん。ミスした後も、諦めないで最後まで走ってたじゃん。私、ずっとそれを見てきたから分かるよ。直人はちゃんと頑張ってる。それを誰かに役立たずなんて言われたって、私にとっては全然関係ない」
まっすぐに向けられた言葉に、胸の奥が熱くなる。情けなくて、悔しくて、それでいて――誰よりも救われた。
「次また同じこと聞いてきたら、本気で怒るからね!」
「うん。変なこと聞いてごめん」
試合が終わってからずっと重かった気持ちが、少し軽くなったような気がした。
「……そうだよな。僕には美咲がいるもんな」
サッカーの才能なら、蓮たちには到底敵わない。
顔なんてもっとダメだ。
でも――僕には、誰よりも僕のことを支えてくれる美咲がいる。
そう思い直した時、ふと反対側の歩道を歩いていた蓮の姿が目に入った。
蓮はこっちを見ていた。
いや――僕じゃない。
その視線は、隣を歩く美咲に向けられているように見えた。
「……?」
けれど、美咲は何も気づいていないように僕の隣で楽しそうに笑っていた。
やがて歩いているうちに蓮の姿も見えなくなり、僕も気にすることなく美咲と笑い合った。
その笑顔を見ているだけで、今日の嫌なことなんて全部どうでもいいと思えた。
次話は美咲視点です。




