第2話 スギ、大地に立つ
ほどなくして件のサメ頭は日本全国に出現した。政府は混乱し何もできず、やむなく自衛隊が独自に動き、事態の収拾を図った。
そして、サメのワクチンを開発した研究所ではある真実に震えていた。
「山本君! これはどう見てもあのサメワクチンの変異体じゃないか! あのサメ頭から大量に見つかったぞ! あのワクチンがこの事態を招いているんだ!」
白衣を来た研究員が青筋を立てて開発者である山本を責める。
全国に出現したサメ頭だったがその個体の一部は捕獲に成功し、各地に存在する研究所に運び込まれていた。ワクチンを開発した研究所にも同様に。
「どう責任を取るつもりだ!?」
「責任? それをとるのは上司である貴方の通常業務だ。私はここで退職させてもらいますよ。アメリカに行ってこのワクチン……いやウィルスシャークを徹底的に研究しないと」
山本は何らかのデータが入っていると思われるusbメモリをひらひらと振る。
「しっかりと研究費用を出していればこうして技術者を失わずに済んだものを……まったく愚かとしか言いようがありませんな。お金を出してくれていれば、わざわざこんな風に作ることも無かったのに。ふふふふふ。ふっはっはっはっはっはっは!!」
高笑いを始める山本。だがその笑い声は長く続かなかった。
「ゴガァアアアアアアアア!!」
笑い声の響く研究室の中に、サメ頭がドアを破壊しながら入ってきた。
だがそのサメ頭は今まで見てきたサメ頭とは大きさが違う。具体的に言うと軽トラックほどの大きさになっていた。
「ひ、ひいいい!? どうしてここにサメが!?」
山本の上司は小便をまき散らしながら一目散に逃げていく。山本もそうするかとおもいきや……
「美しい……まさかこんな変異をおこすとは。やはりまだまだ研究と改良の余地がある。生物兵器の転用も出来る。素晴らしい! やはり私の研究は最高だ! アッハッハ────」
直後、山本は飛びかかってきたサメ頭によって食われた。残った山本の頭部は床に転がったが、その表情はどこまでも笑顔であった。
「ひぃぃぃぃ!!」
さて、次は山本の上司である。
研究室を破壊し迫り来るサメ頭から逃げねばならないのだ。幸いにしてサメ頭は頭部と胴体が発達はしているものの、それは通常のサメと変わらない。人間の胴体は既に見当たらない。
つまるところ、陸上での移動速度は大幅に落ちていた。
「人間様がサメなんぞに負けるか! 一段落ついたらお前らをおいしく頂く方法を考えてやる! 日本人らしくヒレから骨から何から何まで大事に食ってやるからな! お醤油垂らして生で食ってやる!」
上司は笑みさえ浮かべながら研究所の出口を目指してひた走る、そしてやっと太陽の光が差す出口にたどり着いた。
「はっはっは! ザマァみろ! 進化の結果がこのザマか! アッハッハ──」
上司の笑い声をかき消して、地面が揺れた。
「な、なんだ!?」
サメのものかと思い後ろを見るがそこにはじりじりと遅い動きで寄ってくるサメ頭がいるだけ。周りには何もない。
上司は恐る恐る下を見る。そこにはいつものコンクリートで舗装された通路があるはず。
だった。
「な、なんだこれはあっ!?」
下を見た上司は思わず後ろに下がろうとしたが、遅かった。
上司は凄まじい力を持つ何かに胴体を掴まれ宙に浮いたのだ。
「ぎゃあああああ!! た、助けてくれ! 助け……て……かはっ」
太陽に照らされてその全貌が見える。
今しがた息絶えた上司を掴んでいるのは巨大な木の根であったのだ。それが自由自在に動き回り、人間も道路も建物も構わず破壊していた。
だがそれはあくまで本体の一部に過ぎない。
付近にいたサメ頭達が空を見上げる。そこにあるのは空を黒く塗りつぶす雲のごとき巨大な樹冠、神話に語られる世界樹がごとき大木。
スカイツリーがなにするものぞ。その正体はエベレストよりも高く聳える巨大な1本の『スギ』の木であった。
「ゴギェェェェェ!!」
サメ頭達は突如現れたスギの木へと向かい、攻撃を始めた。